ユノは親友まるちゃん宅にいた。
ファミリーレストランの深夜バイトの後、ピザをおごるからと、一方的に押しかけてきたのだ。
ぐるぐる頭を、ユノ自身に代わってまるちゃんに整理してもらうのが目的だった。
(訪問時間として午前6時は、早いのか遅いのか...推しに狂うあまり体内時計が狂っているまるちゃんに、時間という概念はない)
キコキコキコキコ~ン。
これでもかとチャイムを鳴らしてようやく、ドアの向こうからまるちゃんが顔を覗かせた。
「サンキュ」と言って、ユノの手から持ち帰りピザの袋を引き取った。
まるちゃんは万年コタツの天板に大量の缶バッジを広げ、これらをOPP袋に収納する作業に没頭していたようだった。
(※推し缶バッジの傷防止、サビ防止のため。
ぴったりサイズのOPP袋を探すのも、れっきとした推し活の1つだったりする。収納ボックスにずらりと並んだ様を愛でる)
「朝めしの前に、こいつを片付けないといけないんだ」
「オッケ」
ユノも白手袋をはめ、大量のカードをクリアファイルに収納する作業を手伝った。
(※推しカードに指紋をつけたらいけない。OPP袋に入れた上で、専用ファイルに整然と収めてゆく)
「マッチングアプリは止めたんだ?」
「ああ、あれね」
リアル彼女を作りたいと、まるちゃんはマッチングアプリを利用すると意気込んでいたが、その後の報告がなかった。
「自分らしく生きることにした。
あの時は血迷っていたんだ」
「だよな~。
俺、びっくりしたもん」
「3次元はエロビだけで十分だ!」
「そうだそうだ!
周囲からキモいと思われても、好きなものは好きなんだ。
好きを貫け!」
とユノは、同性であるチャンミンを思い浮かべながら言った。
「ユノに相談してきた奴は、その後どうなんたんだ?
俺んとこに来たのは、その話がしたかったんだろ?」
ユノは、教師に片想いをしている人物から恋愛相談を受けているという相談を、まるちゃんにしていた。
(先生に片想いをしている人物とはユノ自身であることは、まるちゃんに内緒にしている)
「まあ...そんなとこだ。
俺じゃ手に負えなくて」
「連絡先を教えてもらえたのか?」
「それが...連絡先は未だ聞いていないみたいなんだ」
チャンミンの言動のいちいちに胸いっぱいになってしまい、「教えてください」のお願いまで達せずにいた。
つい数時間前、ラフな格好をしたチャンミンと彼の生活圏内でばったり遭遇したというのに、チャンスを逃してしまっていた。
「なんで?」
「だよなぁ」
「トロいなぁ。
ぼやぼやしてっと、先生とやらを盗られてしまうぞ~」
「それは困る」
女性教習生の何人かが、ハートになった目でチャンミンを追っていることを、ユノは知っていた。
「よし、と。
朝めしにしよう」
グッズたちは収まるべきところに収まり、ユノはコタツの上にピザとフライドポテトを広げ、まるちゃんは茶葉から丁寧に紅茶を淹れた。
朝食の用意が整い、二人は揃って「いただきます」と手を合わせた。
「実はそいつ...せんせの住所を知っているらしんだ」
「えっ!
それって、職員室か事務所なんかに忍び込んで住所を...って?」
「んなことするかよ、犯罪じゃん」
「じゃあ、尾行したとか?」
「す、するかよ!」
「だよな。
いくら好きだからって、尾行はNGだ」
まるちゃんはピザの咀嚼を止めると、平静を保つのに必死なユノを横目でチラ見した。
(ドキ)
「どうして先生の住所を知ってるんだ?」
「それが、本人はどうしても教えてくれないんだ」
「そりゃそうさ。
とてもとても、ユノには教えられない経緯だったんだよ」
「どんな?」と、ユノはずいっと身を乗り出した。
『尾行』ワードが図星だったユノは、その他のまるちゃん説に興味が湧いてきた。
「そいつは先生んちに連れ込まれたんだ。
『送っていくよ』って、下心満載の先生にさ。
そいつは先生のことが好きだから、スケベな手を振り払えない。
で~、いろいろやっちゃうわけ。
つまり〜、尻をね。
目覚めたら...朝!
...これも犯罪だね」
「ば、馬鹿野郎!
せんせがそんなことするわけないじゃん!」
ここまで言われてしまったらもう、とぼけていられない、全力で否定してしまった後でハッとした。
気色ばんだユノに、まるちゃんはあっけにとられていた。
「...へぇ。
ユノはその先生をよく知ってるんだなぁ?」
(どき...)
「そ、そりゃあ。
俺、先生の講義を取ってるからさ(だいたい本当のことだ)」
「ふ~ん」
(バレたかな...。
相談者などいない、相談者イコール俺なのだ)
ユノは固唾を飲んで、まるちゃんの視線にじっと耐えた。
(今日もまるちゃんはイケメンだった)
「まさかのまさかだけど、ひとつ確認しておくけど。
そいつ、先生の家に押し掛けたりはしていないだろうな?」
(どっき~ん)
3日に1度はチャンミン在住のマンション参りをしているとは、口が裂けてもまるちゃんに言えない。
「いいこと考えたぞ!」
突然、まるちゃんが手を叩いた音にユノは飛び上がった。
「何!?」
「そいつがウジウジしてるんなら、ユノが動けばいいじゃん」
「どういうこと?」
「2人は男同士なんだろ?」
「うん。
(チャンミンせんせは男、俺も男だ。世間的にレアケースだ)」
「ところで、どっちともゲイ?
好きになった奴がたまたま男だった、っていうパターン?
それとも、片方だけゲイ?」
「えっと...3つ目。
片方だけゲイ...噂によると」
ユノは答えた...男にフラれて泣きじゃくるチャンミンを思い出して。
(俺は女の子が好きだし、これまで付き合ってきた子も全員、女の子だ)
「先行き困難そうな恋だなぁ...」
「そ、そうなのか!?」
「ああ。
そいつがウジウジして、電話番号ひとつ訊けないでいるのも分からんでもない。
学生側がゲイだと、困難度はアップするね。
ストレートの先生に拒否られたらショックだろう?」
「...確かに」
「その逆パターンを考えてみよう。
ストレートの学生に告白されたりなんかしたら、ゲイの先生は二の足を踏むね」
「どうして?」
どこかでチャンミンに告白せねばと考えていたユノだったから、この言葉は無視できない。
「これまで先生は、ストレートの男を好きになった経験はいくつもあると思うんだ。
付き合ったこともあるかもしれない。
本気で好きだったのに、『やっぱり、女の方がいい』とか言って、フラれたこともあると思う。
ストレートの学生から告白されたら、二の足を踏むね。
いずれ、離れていくだろうって」
「心変わりなんてしないよ。
俺...じゃなくて、そいつは男に恋をするという発想が全くなかったんだ。
ひとめ惚れだったと話していた。
『なんだ、男じゃん。
でも、男同士でも恋ってできるじゃん』
って、男とも恋愛可能だということを知って、嬉しかったんだと思うよ」
「......」
まるちゃんはうつむいて語るユノをじぃっと見つめていた。
「それならば、先生に真っ直ぐな気持ちを伝えるしかないね。
大人である分、先生は沢山の辛い恋を経験しているだけに、ストレートから告られても疑心暗鬼になるばかりで、真に受けてくれないだろうね。
それは傷つきたくないから、慎重になるんだ。
それでも、気持ちを伝え続けるんだ。
...プロポーズする勢いでさ」
「さすがまるちゃん...凄いね」
ユノの黒目がちな眼が、キラキラと輝いた。
「俺を舐めんなよ。
俺がゲームの中で何人の女子を落としてきたか知らないだろう?
...隠れキャラで男子もいたりするんだ。
その男子は暗い過去を抱えてる設定で、一筋縄ではいかなかった...落とすのが大変だったなぁ」
「俺は、そいつの代わりに何をしてやれる?」
「ユノが代わりに連絡先を教えてもらうんだよ。
つまり、恋の仲立ちさ」
「いいねぇ!」
ユノは自分自身の恋のキューピッドになることになったのだった。
(つづく)
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