(33)チャンミンせんせ!

 

 

「かんぱーい!」

 

2人はウーロン茶のグラスを合わせると、深夜の即席飲み会が始まった。

 

ユノは今の状況...好きな人の部屋で膝突き合わせてテーブルを囲む...に夢心地だった。

 

「テレビ、付けましょうか?」

 

「ううん。

このままがいいです」

 

(雑音はいらぬ)

 

「こんなものしかありませんが」と、チャンミンは冷蔵庫から常備菜を出してくるとテーブルに並べた。

 

「うわっ、せんせって料理上手なんですね」

 

「やっぱり、同棲っぽい...」と、ぽやぽやしかけたところ...。

 

(『あの』男にも、メシを作ってやったりしたのか!

くっそ~、悔しいなぁ)

 

と、嫉妬の炎が心に点った。

 

「夕飯を食べ損ねていたんです。

俺が買ってきたものもどうぞどうぞ」

 

ユノは床に置いたビニール袋から、アメリカンドッグにフライドポテト、フランクフルトを取り出した。

 

「せんせ?

腹が痛いんですか?」

 

ユノは先ほどから、胃のあたりをさするチャンミンが気になっていたのだ。

 

失恋と仕事の悩み、始末に困り果てていたユノへの想い...これらがミックスしたものが、チャンミンの胃袋をキリキリ苦しめていた。

 

チャンミンはユノと出逢ったことで、前の恋を引きずらずに済んだつもりでいても、少なからず失恋ダメージを受けていたのだ。

 

「え...うん、ちょっとね」

 

「大丈夫ですか?

脂っこいものばっかですみません」

 

(お腹の調子がよかったとしても、揚げ物ばかりはキツイ。

ユノは若いなぁ...。

それに引き換え、僕はおじさんだぁ)

 

「俺、これ貰いますね」

 

ユノはフランクフルトにマスタードをたっぷりかけた。

 

「!!」

 

チャンミンの視線は、ユノの口元にロックオンされた。

 

ユノが今まさにかぶりつこうとしているそれ...スパイスのきいたミンチがみっちり詰まって皮が張り裂けそうな、大きく太いフランクフルト!

 

赤茶色の表面は、油でてらてらと光っている。

 

先端は腸皮が茶巾絞りになっている。

 

色といい、形状といい、サイズといい...チャンミンが連想してしまったものは、ご存知のものである。

 

ユノの真っ白な犬歯が突き立てられ、ぱちんと弾け飛んだ肉汁が、ユノの唇を汚した。

 

(ぼ、僕は何を想像しているんだ!)

 

ユノはチャンミンの強張った表情に気づくと、第2口目の大口を閉じた。

 

「すみません!

せんせはフランクフルトの方がよかったすか?

確認せずに食べちゃて...。

“半分こ”しますか?」

 

ユノは「あ~ん」と、食べかけのフランクフルトをチャンミンの口元に寄せてみた。

 

ぱくり。

 

フランクフルトは、反射的に開いたチャンミンの口内へすっぽり挿入された。

 

(嘘でしょ)

 

ダメ元でした「あ~ん」のジョークに、まさかチャンミンがのってくれるとは予想もしなかった。

 

ところがチャンミンは、フランクフルトを咥えたまま、一向に歯を立てようとしない。

 

(お口にツッコまれたアレ...みたいだ)

 

イケナイ想像から逃れられないチャンミン。

 

「...せんせ。

俺の食べかけなんて嫌っすよね。

失礼っすよね。

すみません...」

 

ユノはチャンミンの口に挿入していたフランクフルトを抜くと、すかさず噛みついた。

 

(せんせと間接キッス)

(僕は何を妄想していたんだ!?)

 

チャンミンが、ユノを見ていられなくなって視線を落とした先に、ローテーブル下に雑に置かれた買い物袋があった。

 

袋から顔を出していたものに、チャンミンは目を剥くこととなる。

 

ちょうどその時、ユノは立ち上がり手洗いの場所をチャンミンに尋ねた。

 

尿意をずっと我慢していたが、そろそろ限界だったのだ。

 

「どうぞ。

向かって左のドアです。

洗面所はその向かいです」

 

「お借りしま~す」

 

トイレのドアがが閉まる音を確認するなり、チャンミンは買い物袋の中を覗き込んだ。

 

 

 

「ふうぅ~」

 

ユノは用を足しながら、チャンミン宅のトイレを観察していた。

 

清潔優先で、マットは敷いておらず、ホルダーカバーもないが、独身男のトイレはこんなものだろう(もとはあったが、前の男と別れた時に全て処分した)

 

ユノは棚上げにしていた件について思案し始めた。

 

(俺がせんせんちを知っている理由を、いずれ聞かれるだろう。

なんて答えようか。

尾行してたことを、認めちゃおうっかなぁ。

...それは難しいな。

せんせの別れ話の真っ最中を、目撃してしまったところの説明から入らないといけない。

せんせの恋人が男だってことを、既に俺が知ってることになるのか...。

今のタイミングでそれを知らせてしまって、いいのか!?)

 

ユノは雫をよくきり、下着を上げた。

 

(でも...いいや。

知らせてしまおう)

 

つじつま合わせで大汗かくのはもう嫌だった。

 

 

 

つい先ほど、チャンミンが驚愕したのは雑誌のタイトルだった。

 

(メンズファッション雑誌と経済系新書はいいとして...問題はこれだ)

 

チャンミンはトイレの気配を窺うが、水洗の音は未だしない。

 

『水着男子の搾りたて感汁100%...。

ミルクがなければ絞ればいいじゃない、新人ノンケAV男優の性感帯チェック...。

飛距離んぴっく開幕...。

特大付録はグラビアメイキングDVD...』

 

それは、ユノが適当に買い物かごに入れた雑誌...成人雑誌だった。

 

(ユノ...どういうつもりなんだ?

根っからなのか、僕を意識してなのか...。

判断に迷う案件だ...)

 

チャンミンの手はわなわなと震えていた。

 

「!」

 

聞えてきた水洗の音に、チャンミンはその雑誌を袋の中へ素早く戻した。

 

 

 

チャンミンから質問される前に、ユノが口火を切った。

 

「なぜ、せんせの家を俺が知っているか...疑問に思ってますよね?」

 

「あ...うん、そうですね」

 

いつその質問をしようか、チャンミンはタイミングを見計らっていたのだ。

 

「どうして、知っているのですか?」

 

何かしらの手段で、住所を突き止めたのだろうことは予想できるが、その手段が気になっていた。

 

「えっと...たまたまです。

誰かに聞いたとか、個人情報を探ったとか...そんなことは一切してません」

 

「たまたま?」

 

「正真正銘の偶然です」

 

「僕の住所を見てしまったとか?

このマンションに出入りするところを見てしまったとか?」

 

ユノは深呼吸をして、真実を語り始めた。

 

「俺が入学する前の話です。

せんせを見かけたんです。

DVDレンタルの店です。

その頃は、せんせがせんせだなんて、知りませんでした」

 

行きつけのレンタルDVDショップといえば、あそこしかなかった。

 

「あの店は俺のバイト先にも友だちんちにも近いんで、たまに寄ることがあるんです。

春になったばかりで、雨が降っていて、すげぇ寒かった日です。

そこで、せんせを見かけたんです」

 

ここまで聞いても、それがいつの話なのか、チャンミンには特定できなかった。

 

「普通だったら、見ず知らずの者に注目なんてしません。

でも、あの夜は注目せずにはいられなかったんです。

...せんせはひとりじゃありませんでした」

 

チャンミンはすぐに、(前)恋人といるところをユノに見られてしまったのだと察した。

 

男と一緒にいるところを見られても、特別な関係にある2人だと大抵の者は思わないだろう。

 

「僕はあの店の常連なんです。

ここから歩いてゆける距離にありますから」

 

「俺、盗み見しようと思って、見たんじゃないですからね。

たまたま、目撃しちゃったんです。

偶然です。

ホントに申し訳ないのですが...」

 

「何を見たのですか?」

 

上目遣いになったユノは、何やら言いづらそうにしている。

 

「その~、一緒にいた方と喧嘩中のところを見てしまいまして...」

 

(喧嘩なんてしたことあったっけ...?)

 

チャンミンは記憶を探ってみたが、例のレンタルショップで口論したことはなかったような...。

 

「友達同士で喧嘩なんて珍しいものじゃないでしょうが...。

俺が見るところ、あれは...喧嘩、というより、『別れ話』のように見えまして...」

 

「!!!」

 

「『寝る』とか『別れる』とか『あの男』とか...別れ話のように聞えてしまって...」

 

(あの時か!?)

 

「せんせは泣いていらっしゃいまして...心配でほっとけなくて...」

 

「......」

 

「追いかけてしま...いました...」

 

「......」

 

チャンミンの呆然とした視線はユノの肩の向こうにあり、ユノは振り返ったが、そこは白い壁があるだけだった。

 

驚愕のあまり、チャンミンの意識はどこかに飛んでしまっているようだ。

 

「純粋にせんせのことが心配で、ちゃんと家まで帰れるか見守り隊になったんです。

せんせを追いかけていたら、自然とせんせんちを知ってしまいまして...」

 

「...そう、でしたか...」

 

「そうなんです...」

 

チャンミンの頭ががくっと、折れた。

 

「尾行みたいなことをしてしまってすみませんでした。

...今まで黙っていてすみませんでした!!」

 

ユノは頭を下げた。

 

「......」

 

「つまり...せんせのことは、学校に入る前から知っていたわけです。

それで...」

 

「ユノさん」

 

ユノが今の自動車学校に入学した過程を説明しようとした時、チャンミンはユノの名を呼んで遮った。

 

「はい!」

 

「どう思いましたか?」

 

「どうって...?」

 

「アレを見て、ユノさんはどう思いましたか?」

 

チャンミンの問いかけに、ユノは一瞬言葉に詰まったが、覚悟はできていた。

 

失言に気を配るよりも、正直に全部話してしまおうと思った。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]