(38)チャンミンせんせ!

 

 

「今の調子なら受かるんじゃないかなぁ」

 

チャンミンとKは、大型トラックから飛び降りた。

 

チャンミンは翌日、講習・試験会場へ向かう予定になっている。

 

「Kには世話になった」

 

「お前には今年こそ受かって欲しいからな」

 

空き時間を利用して、チャンミンはKを隣に乗せて、大型自動車運転練習をしていたのだ。

 

次の時限から夜間コースが始まる夕暮れ過ぎで、場内コースは外灯で昼間のように明るい。

 

「チャンミンは運転に関しては問題ないんだよ」

 

「分かってる。

緊張しいだって言いたいんだろ?」

 

ユノのことを「緊張しい」だと言っておきながら、チャンミンは自分自身こそ本番に弱い男だった。

 

昨年の大型自動車教習指導員資格試験では、チャンミンは開始10秒で不合格が決定した。

 

出発してすぐに信号のある交差点を直進する際、緊張のあまり赤信号を見落としてしまったのだ。

 

直後、試験官が補助ブレーキを踏んだおかげで、検定車は急停車した(検定は場内コースで行われるため、事故の心配はない)

 

(ああ、やっちまった...)

 

あの時のシートベルトが腹に食い込んだ感じや、急ブレーキの反動で車体が揺れていたことなど、ありありと思い出せるのだ。

 

「はい、不合格~」

 

(あんなに練習したのに...)

 

練習の成果を発揮する以前に、信号無視という法律違反を犯してしまったのだから、自分のマヌケさに腹が立って仕方がなかった。

 

一緒に受けたKは、この試験に満点合格した。

 

半同棲中だった当時の恋人(あの夜の浮気男)は、どんより落ち込むチャンミンを鬱陶しがった。

 

 

 

「あのへったくそだったチャンミンがね~。

普通車の先生になっていること自体が凄いんだって。

大型車はオプションのつもりで、気楽でいろよ」

 

「うるさいなぁ」

 

運転が特別に上手いから指導員になれたのだと思われがちだが、実際はそうとも言いきれない。

 

指導員になる前、チャンミンの運転テクニックは中の下程度だったが、特訓に特訓を重ねて見事指導員資格をゲットしたのだ。

 

落ちこぼれの気持ちが分かるチャンミンだったから、ユノを焦らせないよう、彼の習得ペースに合わせて根気よく、急かさず指導してこられたのだ。

 

...もちろん、ユノへ密かに抱く恋心も、熱心さの動機(イコール下心)になっていたが...。

 

「あの子は明日、卒検だったよな?」

 

「あの子」とはユノのことである。

 

「ああ」

 

「当日、ここにいられないとは残念だったな」

 

「...ああ」

 

「せっかくなら試験前と後に声をかけてやりたかったよなぁ。

可愛がっていたからなぁ。

お前の気持ちを知ってる俺から見ると、師弟以上恋人未満、って感じだった」

 

「そうかもね」

 

2人は場内コースから車庫までの階段を下り、校舎へ向かって歩いていた。

 

背面からの明るすぎる照明で、2人の前に長くて濃い影ができている。

 

窓からは、夜間コースの教習生で混雑するカウンターや、多くの教習生たちがたむろす待合室がよく見える。

 

キャンセル待ち人数を告げる放送がここまで聞こえてきた。

 

「彼とは何か進展はあったのか?

野次馬根性で尋ねてしまって悪いけど?」

 

「あったかも...」

 

「へぇ...」

 

「真剣に考えてやらないとなぁ...」

 

ほとんど独り言のようだった。

 

「へぇ...」

 

チャンミンのその言葉に、Kはまじまじとチャンミンの横顔を見つめた。

 

「今日のチャンミンは素直だね。

前進するんだ」

 

「...まあね」

 

「へぇ...」

 

正面玄関に、夜間コースの教習生たちの乗った送迎バスが横付けされている。

 

「今から会いに行けば?」

 

「はあ?」

 

チャンミンは、思いがけないKの提案に驚きの声をあげた。

 

「会いに行って、頑張れって応援してこいよ」

 

「応援はもう済んでいるよ」

 

チャンミンは、ユノを部屋に招いた時と最後の教習の時のことを念頭に答えた。

 

「応援はいくらあっても嬉しいもんだよ。

ほれ、電話かけてみろよ」

 

「...番号なんて知らないよ」

 

「知らないって?

じゃあ、メアドかIDは?」

 

チャンミンは首を横に振った。

 

「まだ交換してないのか?」

 

あきれ顔のKにチャンミンはふくれっ面を見せた。

 

「...禁止されてるじゃん」

 

「なにトロ臭いこと言ってんだよ。

見極めが終わったんだから、もう卒業したもんさ。

電話番号をメモって来いよ」

 

「おらおら」とKから背中を押されたが、チャンミンは「無理だって」と意固地に抵抗した。

 

「お前ができないのなら、俺が行ってくるよ」

 

「おいっ!」

 

Kはもたもたしているチャンミンをその場に残すと、事務所へ走っていった。

 

ところが、1分もしないうちにKは戻ってきた。

 

卒検受検者として提出済のユノの教習簿は、施錠された棚に収納されてしまっている。

 

「ダメだった」

 

チャンミンは残念がる表情を必死で隠し、なんてことない風に、余裕ぶって「そうだろ?」と言った。

 

「『だろ?』じゃないさ。

チャンミンはもう上がりだろ?」

 

「ああ」

 

「学校に来てるかもよ。

見にいって来いよ」

 

チャンミンはこの後まっすぐ帰宅し、明日からの講習に向け、荷造りするつもりでいた。

 

「連絡手段無しに、ユノ君が卒業してしまったらどうするつもりでいたんだ?」

 

「...それは」

 

ユノとの連絡方法について、何の手立てをとっていないことに思い至った。

 

(でも、大丈夫だ。

僕らの試験が終了した頃、ユノなら僕の部屋まで訪ねてきてくれるだろう。

待ちきれなかったらあのコンビニで待っていればいい)

 

今夜、あのコンビニに行けばユノに会えそうな気がしていた。

 

 

同日同時刻のユノと言えば...。

 

卒業検定を翌日に控えて、ユノは学科試験の模擬テストを受けるため登校していた。

 

ユノは「せんせはいるかなぁ?」と事務所を覗いてみたところ、チャンミンのデスクは無人だった。

 

(あ~あ、残念)

 

がっかりしているユノに、事務兼受付のEさんは「チャンミン先生は場内にいるわよ」と声をかけた。

 

ユノがチャンミンに極端に懐いていることも、チャンミンがゲイであることは職場内では周知されている。

 

周囲には、ユノのチャンミンに向ける好意は、色恋がからまないからりとしたもの...例えば兄弟愛のよう...に映っていたようだ。

 

Eさんは時計を指さすと「あと10分もすれば戻ってくると思うわ」と言い添えた。

 

「ありがとうございます」

 

(今日のせんせは何時まで仕事かなぁ)

 

連絡を取りたくても、ユノはチャンミンの連絡先を知らない。

 

でも、ユノは慌てていなかった。

 

話がしたければ、あのコンビニエンスストアに行くか、チャンミン宅へ直接訪ねていけばいい。

 

それから、卒業しさえすれば、電話番号どころか気軽に家に招いてくれるだろう...とんとん拍子にコトが進むだろうと、楽観的でいたからだ。

 

(今夜、会いに行っちゃおうかなぁ...?)

 

ユノは模擬テスト開始時間まで復習勉強をしようと、待合所に足を向けた。

 

(げっ...)

 

待合室にQの姿を見つけてしまった。

 

ユノの足はそこで一瞬止まったが、意識していると思われたくなくて、空いている席にすとんと腰を下ろした。

 

斜め向こうのベンチについたユノの姿を、Qは見逃さない。

 

Qは先週中に卒業検定をパスしていたが、学科試験でつまずいているせいで、免許取得までに至っていなかった。

 

(※実技の卒検の後に、学科試験を受験する。卒検は各自動車学校で実施されるが、学科試験会場は免許センターだ。学科試験をパスするまで、自動車学校側は教習生をサポートする)

 

Qは席を立つと、ユノの隣に腰掛けた。

 

「ユノ、久しぶり」

 

このQの行動は予想通りだったため、ユノは無言で脇にずれ、彼女のためのスペースを開けた。

 

「元気にしてた?」

 

「ああ。

Qは?」

 

「元気よぉ」

 

幸い、この言葉は嫌味ではないようだ。

 

Qの顔色は良く、メイクもファッションも完ぺきだ。

 

Qはユノの手元を覗き込むと、「ユノ、卒検は?」と訊ねた。

 

「明日だよ」

 

ユノは膝の上の参考書に目を落としたまま答えた。

 

「Qは?」

 

「学科だけ」

 

「そっか。

頑張れよ」

 

「ねえ。

ユノは...例の好きな人とどうなった?」

 

(いきなりきたか...)

 

「ん~、まあまあ」

 

Qは、ユノの敢えてどちらとも取れる返答に興味はないようだった。

 

「ねぇ...もしかしてだけど...」

 

「何?」

 

Qは手招きして ユノの耳元に顔を寄せた。

 

「ユノって...実はホモ?」

 

 

 

 

(今夜は模擬テストがあったはず...)

 

チャンミンはダメ元で待合室を覗いてみた。

 

(ユノはいるかな...)

 

ここでチャンミンは、ラブコメの王道...誤解してしまうシーンを目撃してしまうのだ。

 

ここでポイントなのは、見られた側は何のやましいことはしていないのだ。

 

 

(つづく)

 

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