(4)チャンミンせんせ!

 

 

「連絡先を教えて下さい」と頼んだ日から数日、ユノは自動車学校に行けずにいた。

 

かけ持ちバイト先のファミレスで、人手不足によるピンチヒッターとして連勤していたのだ(メインを張っていたフリーターの1人がバックレたのだ)

 

チャンミンに会えなくてジリジリしていたかと思いきや、顔を合わせずにいてよかったとホッとしていた始末だ。

 

学校だアルバイトだと身体を忙しくしていると、失恋の痛みから気を紛らわせることができた。

 

(俺とせんせは、どんだけ親しい感じで話ができていても、あくませも『先生と生徒』なんだ。

この立場の違いを理解しろよ...と言いたかっただろうなぁ。

何だよ...『好き』という前に、やんわり断られてるじゃん、俺)

 

ユノはチャンミンの言葉を誤解していた。

 

 

次の教習を知らせるチャイムの音に、ユノは素早く車を降りた。

 

「ユノさっ...!」

 

チャンミンは、校舎へと走っていくスタイル抜群のユノの後ろ姿を見送るしかない。

 

チャンミンの担当する別の教習生が、既に教習車の前で待機していたのだ。

(ゲームに夢中になっていたようで、車内の様子には全く注意を払っていなかった)

 

場内教習中、チャンミンは頭の片隅で、先ほどの件について考え続けていた。

 

(ユノにちゃんと伝わったのだろうか...)

 

指導員という立場上、好意をちらつかせる台詞で、教習生をその気にさせたり、誘うような真似はできないのだ。

 

チャンミンはそれなりに恋愛経験を積んできた大人である。

 

電話番号を尋ねるだけであの緊張の仕方のユノの姿から、そこに恋愛感情が込められていることを察したのだ。

 

『指導員と教習生の関係である限り』

 

チャンミンにとってギリギリラインを攻めてみたつもりだった。

 

ユノへの恋心をほんのり、忍ばせてみたつもりだった。

 

裏を返せば、「『指導員と教習生』の関係じゃなければ、連絡先の交換はできますよ(プライベートで会えますよ)」と伝えたつもりだったのだが...。

 

また、「教えたくても教えられないし、一方的に教えられたとしたら、立場上それはつっぱねるしかないですよ」という意味で、例としてシュレッダーを出したのだが...。

 

ユノの方はどうだったかというと、学科教習どころではない精神状態で、授業の中身はユノの耳を素通りしていた。

 

ポケットにあらかじめ用意していたメモ用紙...電話番号とメールアドレスと、『よろしくお願いします』とメッセージが書かれている...は、あの後くしゃくしゃに丸めて捨てた。

 

(俺の予定を先回りして言うんだから...シュレッダーはないよなぁ。

そこまで牽制しなくてもいいだろ)

 

もうひとつの可能性も想像してみた。

 

ガラス製の大きな灰皿の上で、紙切れから赤い炎がたちのぼり、しゅんと勢いが落ちた後には灰だけが残っている。

 

(俺の恋心は実を結ぶ前に灰になった。

チャンミンせんせ...厳しいなぁ。

...泣きそ)

 

 

ところがユノは泣かなかった。

 

事情をまるで知らない友人に、誰とはボカして意見をきいてみたのだ。

 

(彼はマルちゃんと言い、純粋なユノが誤った道に進まないよう、相談役兼指南役としてユノを長年支えてきた友人である)

 

ユノがマルちゃんに語った内容は以下の通りだ。

 

「自動車学校の先生を好きになってしまった子がいてさ、けっこう真剣なんだ。

教習中も雑談もしたりして、盛り上がってるんだって。

他の生徒と比べても、その子のことをひいき目で見ているような気がしてるってさ」

 

「その根拠は?」

 

「先生の表情が違うんだ。

その子が霜降りステーキだとしたら、その他の生徒は芋の煮物。

それくらい見る目が違うんだって...もちろんこれは、その子の主観だけど」

 

「何だそれ?

その先生、ギラギラした目でその子を見てるってことだろ?

ヤバいだろ、ヤられるぞ、犯罪だぞ」

「そんなんじゃねぇよ」

チャンミンせんせの悪口を言われたように思えたユノは、マルちゃんの頭をはたいた。

「話の続きを聞けって。

教習中だけじゃそう話もできないから、学校以外の所でも会いたくなる。

自然な流れだろ?

で、『好きです』と告白したんだとさ。

...どう思う?」

 

「どうって?」

 

「先生はどう思ったと思う?」

 

「回答を待つユノの目がガチだなぁ」と内心思いながら、「『マジで困るんですけど?』って思っただろうね」とマルちゃんは答えた。

 

「えっ..!?」

 

ユノの顔色は青くなる。

 

「先生を好きになること自体は珍しいことじゃないけどさぁ...。

ところでその先生って年はいくつ?」

 

「う~んと...三十...五くらいかな?」

 

チャンミンの正確な年齢を知らないユノは、推測で答えてみた。

 

「その子はいくつ?」

 

「20歳...だっけな?」

 

「年の差が凄いなぁ」

 

「好きな気持ちには年齢は関係ないって言うだろ?」

 

「それはだね、ユノ君。

車ん中って密室じゃん。

運転に慣れていなくてドキドキしているところに、手取り足取り教えてくれる先生がいるだぜ。

先生がどんだけ年寄りでも、きもオヤジでも、カッコよく見えるってわけさ」

 

「年寄りじゃねーし」

 

「実際にはその先生は何て答えたんだ?」

 

「え~っと。

『僕とあなたの関係は、指導員と教習生です。

あなたのような子供は相手になりません。

指導員と教習生は恋をしたらいけないのです』だっけな」

 

「ふ~ん。

ところで、お前の教習の先生って、グラマー美人なワケ?」

 

「グラマー?」

 

マルちゃんの質問に、ユノはきょとん、とする。

 

「お前、グラマー好きじゃん」

 

「まあ...そうだけど」

 

「先生の話はさ、『指導員と教習生』の関係でいる間は無理っていう意味じゃねぇの?

ってことはさ、ただの男と女になればいいじゃん。

ユノがとっとと卒業すれば、グラマー先生の恋愛対象になるってわけさ」

 

「......」

 

ユノの例え話はユノ自身の話だと、友人にはバレてしまっていたわけだ。

 

(よくあるパターンだ)

 

「年齢差は関係ないってユノが言ったんだぞ。

その気持ちを、しつこくグラマー美人先生に訴え続ければ、彼女の考えも変わるんじゃねぇの?

あとは、お前が大人になることだな」

 

マルちゃんは『グラマーセクシー女性指導員に恋するユノ』に向けて、的確なアドバイスをした。

 

友人からの客観的な指摘から、視野が広がった。

 

単純すぎることに気づけていなかったユノだった。

 

(チャンミンせんせと会える時間を増やす方法が見つかった!

早く卒業して、教習生じゃなくなれば、正々堂々と連絡先交換を申し出ることができる!)

 

めきめきと元気が湧いてきた。

 

...このように、ユノには抜けている面があるけれど、それが端整なルックスとのギャップを生んで、彼を魅力的にみせているのだった。

 

チャンミンがユノに惹かれた理由のひとつも、そこかもしれない。

 

 

(つづく)

 

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