(44)チャンミンせんせ!

 

 

Kからの連絡を待っていられず、チャンミンは自らKへ電話をかけることにした。

 

「どうだった?」

 

『合格した』

 

「やった!」

 

Kの報告はあっさりしたものだったが、「合格」の言葉を聞くなり叫んでしまった。

 

「採点を見せてもらった。

驚くなよ。

満点だ」

 

チャンミンは「よっしゃ」と、ガッツポーズをした。

 

「手紙は?」

 

「渡したよ。

ずいぶんと嬉しそうだったぞ、顔を輝かせてな」

 

「あ~、よかった~」

 

これでチャンミンのユノに関する心配事は消え失せた。

 

心配性だけれど、単純なのだ...チャンミンと言う男は。

 

(次は僕が頑張る時だ)

 

 

講習第1日目が終了した。

 

プレッシャーにとことん弱いチャンミンだ。

 

明日の本講習前の、個別練習の時点で精神的に参ってしまった。

 

明後日の本試験の時は、どうなっていることやら...。

 

転職組のチャンミンは、同期の者より数歳年上のため、最低年に1資格ペースで取得していっても、検定員になれるのは40手前。

 

教習指導員は最終的に検定員を目指して、資格取得と経験を重ねてゆくのである。

 

昨年、大型自動車教習指導員試験を受けた者たちは、今回の講習には参加していない。

 

不合格はチャンミンだけだったからだ。

 

チャンミンが指導員資格を取得するための約2週間を共にした仲で、その後の数々の講習でも顔を合わせる機会が多く、いわば同士。

 

彼らとは1歩、遅れをとってしまったことになる。

 

「久しぶり」「自信は?」などと再会を喜ぶ者たちを横目に、チャンミンはひとりぼっち。

 

(気にしない気にしない。

結局は自分だけが頼りなんだ)

 

「いててて...」

 

キリキリと胃の痛みはひどくなる一方で、食欲などないし、食事を摂りに出掛ける元気もない。

 

チャンミンは20時前には入浴を済ませ、フロントの自動販売機でピーチジュースを買った。

 

談話室のソファに腰掛けると、つけっぱなしだったTVを消した。

 

「沁みわたる~」

 

冷たいジュースが美味しくて、声が漏れていた。

 

のぼせるまで湯船につかったチャンミンは、開け放った窓からそよぐ風でクールダウンしていた。

 

(ねえ、ユノ。

僕は今、緊張で落ちつきがなく、不安感に呑み込まれそうです。

ユノに会いたいです。

『せんせも緊張しいなんすね。

せんせなら大丈夫っすよ』

そう言って欲しいな。

面倒くさくて、気が小さくて、嫉妬深くて、意気地なしで...いいところなんてないよなぁ)

 

チャンミンは飲み残しのジュースを流しに捨てると、もう寝てしまおうと自室に帰った。

 

(眠れないのは分かっているけどさ)

 

 

「わっ!」

 

着信音とバイブレーションに飛び上がった。

 

一瞬、自分がどこにいるのか、音の出所がどこなのか分からず、真っ暗な室内を見えもしないのにキョロキョロ見回した。

 

音の主はスマートフォンだ。

 

ディスプレイが、枕元で光を放っていた。

 

眩しくて文字が霞んで見えない、見えていたかもしれないけど、寝ぼけた頭では理解が追い付かない。

 

「...はい」

 

『チャンミンせんせ!』

 

この声!

 

「ユノさん!」

 

一瞬で眠気が醒めた。

 

ドキドキドキドキ。

 

『チャンミンせ〜んせ!』

 

ユノの無邪気な声に、チャンミンは心底安堵...全身の骨を抜かれてへなへなと床にぺちゃんこになってしまいそうなくらい...した。

 

「......」

 

嬉しさが喉に詰まって、声が出てこない。

 

『せんせ。

俺、俺ですよ。

せんせの可愛い生徒だった、ユノですよ』

 

「あ...こんばんは」

 

この受け答えはいかにもマヌケだなと、口にしながら思っていた。

 

『ふふっ。

こんばんは、チャンミンせんせ』

 

「ユ、ユノさん。

どうしたのですか?

こんな夜遅く...」

 

『せんせ~、まだ23時ですよ。

子供じゃないんだから。

えっ!?

もう寝てましたか!?」

 

「いや...起きてました」

 

緊張で眠れないと案じていたのに、悶々と寝返りをうっているうちに眠りについていたらしい。

 

チャンミンが夢の世界にいたのは、わずか30分程度のことだった。

 

「え~っと、ユノさん。

おめでとうございます」

 

『ありがとう、せんせ。

さすがでしょ?』

 

「よくやりましたね」

 

チャンミンはベッドに腰掛け、スタンドライトをつけた。

 

うなじに汗をかいていた。

 

窓を閉めっぱなしにしていたせいで、室温が上がっていたようだ。

 

チャンミンは立ち上がり、窓際に近づいた。

 

「...ん?」

 

チャンミンはあることに気づいたのだ。

 

(僕の電話番号!)

 

ユノはチャンミンが尋ねるより先に、「K先生に教えてもらいました」と言った。

 

「もっと早くこうしていればよかったです」と、ユノは楽しそうだった。

 

(僕らの気持ちに気づいていたKのことだから、ユノに訊ねられたら規則なんて無視して、ほいほい教えそうだな)

 

『せんせ、俺のこと、もっと褒めてください』

 

「おめでとうございます。

僕も嬉しいです」

 

『手紙、読みました』

 

「届きましたか」

 

『嬉しかったっす』

 

冷静になれる手紙では、気持ちにオープンになれたのが、例え電話越しでも繋がっていると思うと、上がってしまう。

 

『せんせ、固い固い。

もっとくだけた感じで喋って下さいよ。

せっかく、男と男になれたんですよ』

 

「う~んと...。

そうそう!

学科試験はいつですか?」

 

(ああ...どうして僕は肝心なところで、話を反らしてしまうのだろう)

 

『はあ』と、ユノの深くて低いため息に、チャンミンは「ごめん」と謝った。

 

「僕はなんだか、変みたいです。

急に電話をもらって...電話で話をするのは初めてで...テンパってるみたいですね。

ははははは」

 

『せんせはいつもと変わんない感じっすよ。

せんせは、オンの時もオフの時も、あまり変わりませんね』

 

「そ、そうですかね」

 

『まあ、いいです。

こんなことを話したくて電話したんじゃないです。

ねえ、せんせ。

せんせは俺と会いたいですか?』

 

「...えっと...」

 

『俺は卒業しましたよ』

 

「確かに」

 

卒業検定に合格した時点で、自動車学校を卒業したことになる。

 

自動車学校卒業生は卒業証書を手に免許センターへ赴き、学科試験を受験し、合格すれば晴れて免許取得となるのだ。

 

『せんせ。

俺に会いたいですか?』

 

チャンミン、正直になれ。

 

「はい...」

 

『せんせの試験が終わってから会いたいですか?

それとも、今夜会いたいですか?』

 

「そ、それは...」

 

チャンミン、正直になれ。

 

「こ、今夜、会えたらいいのですが...そういうわけにはいきませんよね」

 

『じゃあ、今夜会いましょうよ』

 

「今夜!?」

 

『今からせんせに会いに行きますよ』

 

「ダメですよ!

時間も時間ですし、ここまでバスは出ていません。

タクシーを使うにしても...」

 

『せんせ。

外、見てください』

 

「外?」

 

『せんせに会いに来たんすよ。

外、見てください』

 

「えええぇっ!」

 

『せんせの部屋はどこです?

俺、駐車場にいるんす。

せんせの車は見つけたんですけど...』

 

(嘘だろ!?)

 

「一階の一番端っこの部屋です」

 

『今、電気がついてる部屋ですか?

せんせ、窓開けてください』

 

(嘘だろ嘘だろ!?)

 

チャンミンはカーテンを除け、窓ガラスを開け放った。

 

駐車場の電柱に外灯が取り付けられてあり、ぼんやり場内を照らしていた。

 

チャンミンは愛車を停めた辺りに目をこらした。

 

ユノが居た。

 

「チャンミンせんせ!」

 

「ユノさん!」

 

(どうやってここまで...?)

 

チャンミンが驚いて当然だ。

 

ユノの住まいからここまで、車で1時間かかるのだ。

 

電車もバスも通っておらず、自家用車無しでは来られない地に建っている。

 

ユノはチャンミンが身を乗り出した窓の下まで、ゆっくりと歩み寄った。

 

ざくざくと、砂利を踏む音。

 

虫の鳴き声。

 

外灯の向こうは真っ暗で、市街地から離れているおかげで、ちらちら光る星がよく見えた。

 

チャンミンの目の前に、特別に可愛いがった元教習生が立っている。

 

「チャンミンせんせ!

来ちゃいました」

 

(まさか...これで?)

 

ユノは自転車をひいていた。

 

チャンミンの視線に、ユノは「ああ」と言い、赤いフレームがスポーティな自慢の愛車に視線を落とした。

 

「ここって電車通ってないし、バイト終わりだからバスの最終行っちゃってるし。

免許は未だだし、原チャリも持ってないし...あははは。

はぁ~、時間かかりましたよ。

尻が痛い痛い。

足はくたくた」

 

「ユノ...さん」

 

チャンミンの胸が苦しかった。

 

「チャンミンせんせ、嬉しいですか?」

 

チャンミンは嗚咽しそうな口を押さえ、うんうんと頷いた。

 

「君はいつも...」

 

「せんせ?」

 

「僕を驚かせてばかりだ...」

 

チャンミンの視界は、秒で滲んでしまった。

 

 

(つづく)

 

 

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