(45)チャンミンせんせ!

 

 

「驚かせてばかりって...。

せんせは、ちょっとしたことで驚き過ぎなんすよ。

ほら」

 

ユノはツン、と、窓枠をつかんだチャンミンの指先に触れた。

 

「ひゃっ!」

 

チャンミンの反応は熱湯が飛び散ったかのようで、まるで女子のような声まであげていた。

 

「ほらね。

せんせったら、敏感なんだから。

...あ。

なんだかいやらしいですね、敏感って言い方...あは」

 

「......」

 

ユノの軽口にのれないチャンミンだった。

 

スタンドライトで逆光になっていたおかげで、首まで真っ赤になった姿を見られずに済んだ。

 

チャンミンは何事にせよ慎重派で、恋愛ごとに関して敏感でもあると言い換えることができるかもしれない。

 

石橋を叩いて壊してしまう程の臆病さを見せるのだが、いざ恋の扉を開けてしまえば(いかにもくさい言い表し方だ)、持ち前の恋愛体質を発揮するのではないだろうか。

 

いま現在は、ちょうどドアノブをひねり、開いた隙間から頭を覗かせたところ。

 

恋にのめりこんだチャンミンは、とろとろの甘々になるのか、ツンデレになるのか ウケのスパダリになるのか...ユノ相手の場合どうなるかは、この先徐々に明らかになるだろう。

 

「せんせ、もしかですが、泣いてます?」

 

「そりゃあ、泣きますよ」と、チャンミンは人差し指でこぼれかけた涙をはらった。

 

隣室も窓を開けているらしく、テレビの大音量が漏れてくる。

 

ひそひそ声であっても、ここでの会話は大迷惑だ。

 

「いつまでも、ロミオとジュリエットしていられませんよ」

 

ユノの頭は、窓際に立つチャンミンの膝のあたりにあった。

 

「せんせ、部屋に入れてください」

 

門限は23時で、正面玄関は施錠されているが、建物の中から開錠することができる。

 

「待ってて。

表の玄関を開けるから」

 

窓際を離れようとするチャンミンを、ユノは呼び止めた。

 

「こっから入ります」

 

「窓からですか!?」

 

ユノは自転車を壁にたてかけると、窓枠に手をかけた。

 

「俺、せんせより運動神経はいいはず。

...よいしょっ!」

 

ユノは懸垂の要領で身体を持ち上げると、壁をひと蹴りした。

 

自称するだけあり、ひとジャンプだけで窓枠へ上半身を乗り上げることができた。

 

(凄い...カッコいい...)

 

チャンミンはユノの見事な跳躍に、ぽわんと見惚れていた。

 

「せんせ!

ぼっとしてないでっ...手伝ってください!」

 

「ごめんっ!」

 

チャンミンはユノの両脇に腕を差し込み、室内へと引っ張り入れた。

 

「よっこらせ!」

 

数十キロの距離を延々と、ペダルを漕ぎ続けた熱い身体をしていた。

 

チャンミンの両腕に、ほどよく筋肉がついたしなやかな肉体が密着した。

 

(どっきん)

 

チャンミンは、ユノから男を感じてしまったことで一瞬、気が散ってしまった。

 

その結果、ユノの脇を支えていた腕から力が抜け、彼の身体を...筋肉がつまっているせいで、見た目よりも重量のある身体...受け止めきれなくなった。

 

「わっ...!」

 

ここでラブコメお決まりのパターン。

 

チャンミンはバランスを崩してしまい、尻もちつきそうになったのだが、腰にまわったユノの腕によって免れた。

 

「危なかった...」

 

2人の身体は...特に下半身が...密着している。

 

(わーーー!)

 

下半身を密着させるとはどういうことなのかをよく知っているチャンミンは、「なんと刺激的」とドキドキ。

 

一方、どういうことなのかを知らないユノには、邪な気持ちは何もない。

 

すると突然、ユノはチャンミンの首に両腕を巻きつけてきた。

 

「ユノさっ...!」

 

そして、ユノの腕に力が入った。

 

「ぎゅ~」

 

と言って、ほんの1秒だけのハグをした。

 

ユノはすいっと身体を離すと、ニヤニヤ顔でキャスター付きチェアに腰掛け、組んだ脚をプラプラさせた。

 

「びっくりするじゃないですか!」

 

「せんせ、声が大きいっすよ。

窓が開いてます」

 

「あ...」

 

「俺はもう、教習生じゃなくなったんすよ。

ちょろっとギューする程度、いいじゃないっすか」

 

チャンミンはユノの「教習生じゃなくなった」の言葉に、部屋で2人っきりであることを強く意識し出した。

 

自宅に招きいれた夜よりも、ユノを意識した。

 

(指導員と教習生ではなくなった...ということは。

何かが起こってしまってもいいわけでして...。

ドキドキドキドキ)

 

ユノは固まってしまったチャンミンを見て、「せんせって、いい年こいてウブなんだよなぁ...可愛いなぁ」と、思った。

 

チャンミンと想いが通じ合えたと確信できた時から、ユノの目にはチャンミンがひたすら可愛らしく映るようになったのだ。

 

「ま、『そういうこと』はおいおい、ってことで...」

 

ユノは背負ったままだったリュックサックを、どさりとベッドの上に下ろした。

 

「いろいろと調達してきたんすよ。

せんせのことだから、緊張しまくって干からびてるんじゃないかって」

 

「よくわかりましたね」

 

「せんせって、俺以上に緊張しぃなんじゃないかって思いまして。

神経が細かそうですもん。

いつか、腹のあたりをさすっていたでしょ?

胃が痛かったんでしょ?」

 

「よくわかりましたね」

 

ユノの卒業検定で気を揉み、次は自身の試験で緊張をしていた。

 

「試験は明日でしたっけ?」

 

「明後日です」

 

「あと1日あるわけですね。

せんせ...酷い顔してます。

やつれてますね」

 

チャンミンは「そうかな...」と、見るからに削げた頬を撫ぜた。

 

「ユノさん」

 

「はい?」

 

「僕はユノさんに伝えなければならないことがあります。

それを今、話します」

 

「今!?

いきなりっすか!?」

 

手紙の文面から既に、チャンミンの気持ちが伝わっていた。

 

まるちゃんに対して、告白の返事はきっとOKだと、ある意味願いを込めて言い張っていたことが現実となったのだ。

 

(手紙も滅茶苦茶嬉しいけど、やっぱり直接言ってもらいたいなぁ。

欲張りかな、俺って?

今夜だったら最高なんだけどなぁ)

 

それが叶うのなら、ひと息ついてからになるかとユノは予想していた。

 

ところがチャンミンは、ユノがこの部屋に到着して数分もしないうちに、その大事な話を始めるというのだ。

 

「そうです!

これを伝えておかないと落ち着かなくって...」

 

「はあ。

わかりました」

 

ユノはバッグの中をかき回す手を止めると、ベッドに腰掛けたチャンミンの正面まで、キャスター付きチェアを引きずっていった。

 

部屋は狭いため、向かい合うと2人の膝がぶつかりそうな距離になってしまう。

 

「せんせのお話とやらを、聞かせていただきましょう」

 

ユノはおどけた口調でそう言ったが、見込みよりも早いタイミングでその時がやってきたことで、心拍数が急上昇した。

 

「まず最初に、ユノさんに謝ります。

昨夜の車の中でのことです。

僕はユノさんにとても失礼なことを言いました。

本当に申し訳ない」

 

そう言ってチャンミンは深く頭を下げた。

 

「せんせったら、困りますよ」

 

「いいえ、きちんと謝らせてください。

全ては僕の心の弱さから来ていました。

ユノさんがあの女子と一緒にいるところを見て...、なんとも複雑な気持ちになりました。

ユノさんはきっと、あの女子から嫌なことを言われたのだろうと、ピンときたのです」

 

チャンミンは昨日、意味ありげな視線を飛ばしてきたQを思い出して言った。

 

(ここで誤魔化してしまったら、のちのち自分たちの関係にひびを入れることになるだろう)

 

開けた窓から蛾が入り込み、スタンドライトの周りをパタパタと飛びまわっている。

 

「あの時、俺は酷いことは言われていませんよ。

俺がその...男を好きになったことについて、『信じられな~い』みたいなニュアンスで軽口を叩かれただけです」

 

ユノはチャンミンに誤解を与えないよう、言葉を選び選び話した。

 

「彼女が持つ偏見が、特別にひどい訳じゃないと思います。

多分、一般的な人たちが持つ感想を、彼女が代表して言った、みたいな感じです。

俺と彼女とはひと悶着あったことも拍車をかけたこともありますけど...」

 

「僕と付き合うと、いろいろと嫌な思いをすることが多いですよ。

そういうこと、続きますよ」

 

「俺のことはいいんです」

 

ユノは首を振った。

 

「俺は能天気だから。

後先考えずに『好き好き』言ってる俺のこと...せんせは怖かったでしょ?

怖いもの知らずというか、浅はかというか。

要するに、何も考えていない俺のことが、せんせは怖かったんだろうな、って。

どうですか?」

 

チャンミンは頷く代わりに苦笑した。

 

「俺が怖いのは、せんせが昨夜みたいに身を引こうとしちゃうことです。

びっくり発言をして、俺を怯ませるっていうのかな?

『これ以上僕に近づくな』って、警告したのかな、って。

俺はそう感じました」

 

あの暴言を吐いてしまった動機の大概を、ユノが言い当てていたことに、チャンミンは驚いていた。

 

「男と付き合ったことがないから、男と付き合うにはどれほどの覚悟がいるのか...全然、想像がつかねぇ」

 

これはチャンミンに聞かせるというよりも、自分自身に向けてのつぶやきだった。

 

「メンタルが弱っている時は、周囲の声にダメージを食らうこともあると思います。

やっぱり、男同士で恋人同士って、レアですからね。

経験がないことだから、『大丈夫です』って自信をもって言い切れません。

...せんせには、悪いなぁと思うんですけど」

 

「いいえ。

正直に言ってもらえて、僕は嬉しいです」

 

「自信がない、ってとこが嬉しいんすか!?」

 

「安心できるからです」

 

「安心?」

 

「そう。

この気持ちは、ユノさんには分からないでしょうね」

 

ユノには分かるような分からないような...これはチャンミンが抱く思いであり、全てをユノが把握する必要はない。

 

「ユノさんの話は、付き合ってる体でいますよ」

 

「あ!

ホントですね」

 

「ユノさん。

好きです」

 

「え?」

 

「僕の返事は、『はい』です」

 

「えっ!」

 

話の流れを少しだけ飛び越してなされた、チャンミンの告白だった。

 

 

(つづく)

 

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