睡魔と闘う7時間勤務を終えたユノは、アパートまでの道中考え事でいっぱいだった。
(教習料金を支払わないとせんせと2人きりになれないなんて、売れっ子ホストに会いに行く客みたいじゃないか。
そうなんだよなぁ、俺が教習生でなくなればいいだけの話じゃないか。
...俺はバカかよ)
自分には十分チャンスがあることに気をよくしたユノは、ニヤニヤ顔を隠せなかった。
幸いなことに、午前6時の道は人通りまばらだった。
ユノの思考は次の懸案事項に移った。
ガールフレンドのQについてだ。
ユノのスタンスでは、Qはガールフレンド=女友達に過ぎず、『彼女』というより『妹分』と言った方が近い。
Qとはバイト先で知り合い、世話を焼いているうちに懐かれてしまった。
同じ自動車学校に通い、食事を共にとったり、買い物に付き合うことも多い。
断る理由もなく、まあまあ可愛いQに合わせていたのだが...。
ここでユノはハッとする。
(チャンミンせんせにべたべたする俺と、俺にベタベタするQと同じじゃないか!)
懐かれて、「面倒だなぁ」とか「くっ付きすぎだなぁ」とか迷惑がっていた自分と、「ユノさん!」と眉間にシワをよせたチャンミンとを重ねてしまったのだ。
(そこに恋心はない。
...せんせは俺のこと、どう思っているのだろう?)
・
一方、Qは...。
Qのユノへの想いは真剣だった。
ところがユノは、過度なスキンシップを迷惑がり、誘ってもお泊り無しで、大いに不満に思っていた。
(ユノは優しいし、頭いいし。
それから...超絶カッコいいし!)
小さな我が儘に応えてはくれるけど、ぎりぎり手を繋いでくれるかくれないか。
(ストレートに『好き』と伝えていない私が悪いんだわ。
それならば、ユノの気持ちを確かめよう!
私の気持ちもはっきり伝えよう!)
Qは先ほどユノに送った『おはよう(ハート)』の返信を待っていた。
バイトはとうに終わっている時刻なのに、返信がない。
イライラした。
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考え事にふけるユノは機械的にペダルを漕ぎ、その目には、周囲の景色はほとんど映っていない。
(ひとりの男として見てもらうためには、俺はどうしたらいいのだろうか...。
チャンミンせんせより男らしくなればいいのかなぁ。
やっぱりムキムキマッチョ好きなのかなぁ。
そうなんだよなぁ...チャンミンせんせは男なんだよなぁ)
友人のマルちゃんには、自分はグラマー美人指導員に片想い中だと誤解させておくことにした。
(相手はマルちゃんだし、訂正が面倒くさい。
放っておけばいいや)
ユノの自転車は、橋を渡り、交差点を3回直進、レンタルビデオ屋を通り過ぎた。
・
茶色のタイルのマンションの前に到着した。
(チャンミンせんせ...)
自転車にまたがったまま、ユノは10階建てのマンションを見上げた。
ユノの自転車は知らず知らず、チャンミンの住むマンションへと足が向いていたのだった。
(あ~あ、俺って馬鹿だなぁ。
ガチで恋をした相手が男)
「はぁぁぁぁ」
ため息をついてはいるが、チャンミンが男であるからこそ、ユノはチャンミンを好きになったと言ってもよかったのだ。
好きになったヤツがたまたま男だった...ではないのである。
この言い方だと、まるで男ならば誰でもよかったと誤解を与えてしまう。
そうではなく、もしチャンミンが女性だったとしても、ユノはチャンミンを好きになっていたと言い添えておこう。
チャンミンの部屋がどこなのか分からないユノは、この辺りだろうか、と見当をつけた5、6階辺りに向けて、「せんせ...おはようございます」と小声で挨拶した。
なぜユノがチャンミンの住まいを知っているのか?
それは、ユノがチャンミンに恋をしたきっかけに繋がる。
・
今から3か月前のこと。
マルちゃんの部屋でのAV鑑賞会帰り、雨降りの夜だった。
ユノの耳に女優の甲高いあんあん声が今もリフレインしていて、エロの胸焼けをしていた。
(女が苦手になりそうだよ...)
雨足は強く、傘はさしているが無いに等しい。
お口直しに、大自然ものドキュメンタリー映画でも借りようかと、終夜営業のレンタル屋に立ち寄ることにした。
雨で冷えた身体に暖房のきいた店内はありがたく、深夜2時とあって客はまばらにしかいない。
ユノは皇帝ペンギンの一生を描いたドキュメンタリー映画を借りることにした。
(よ~し、泣いてやるぞ。
途中でおでんを買っていこう)
自動ドアが開いた時、雨音と共に言い争う声が耳に飛び込んできた。
「あの男はなんだよ!」
その言葉と男の声に、鍵を外しかけていたユノの手が止まった。
「電話に出なかった日...そいつと寝ていたのか?」
「るせーな」
(男!?
寝る!?)
もめごとに巻き込まれるのを恐れるよりも、喧嘩をしている人物の顔が見てみたかった。
「ホントのことを言えよ」
「ああ、寝たよ。
酒飲んでたし、そいつも彼と別れたばっかで荒れてたんだ」
「だからって...裏切り行為だよ」
ユノは声がする自動販売機の向こう側へそろりと近づいた。
長身の男2人だった。
(やっぱり、男同士だ...!
これがいわゆる...ゲイカップルってやつか!?)
「たった1回きりの話じゃないか」
「嘘つき!
これで何度目だよ」
「嫌なら別れろよ」
「そんなっ...!」
2人の身長は同じくらいだが、浮気をしたらしい側は体格がよく、責めている方は細身だった。
「ほ~ら、その顔。
俺から離れられないくせに。
俺がどいつと寝ようと関係ないだろが。
嫉妬深い男は嫌いなんだよ」
(別れ話...だよな?)
ユノは二人のやりとりをヒヤヒヤしながら見守っていた。
特に、細身の男から目が離せなかったのだ。
(綺麗な人だなぁ。
あの人が女役かな?)
「...あっ」と声をあげかけて、慌てて口を押さえた。
大柄の男が細身の男を突き飛ばしたのだ。
(!!)
細身の男はバランスを崩して地面に尻をついた。
「お前とはもう無理だ。
別れよう」
他人事ながら、「別れよう」の言葉にユノの胸は痛む。
大柄の男は店先に停めた車に乗り込むと、フッた男を置き去りにして、エンジンをふかして通りの向こうへと走り去ってしまった。
「......」
フラれ男(つまりチャンミン)はふらりと立ち上がると、雨の中へと歩き出した。
ユノの胸はバクバクだった。
男同士の修羅場を生まれて初めて目撃した。
それ以上に、男にフラれた男...チャンミンの横顔に惹かれてしまったのだった。
(つづく)