(5)チャンミンせんせ!

 

 

睡魔と闘う7時間勤務を終えたユノは、アパートまでの道中考え事でいっぱいだった。

 

(教習料金を支払わないとせんせと2人きりになれないなんて、売れっ子ホストに会いに行く客みたいじゃないか。

そうなんだよなぁ、俺が教習生でなくなればいいだけの話じゃないか。

...俺はバカかよ)

 

自分には十分チャンスがあることに気をよくしたユノは、ニヤニヤ顔を隠せなかった。

 

幸いなことに、午前6時の道は人通りまばらだった。

 

ユノの思考は次の懸案事項に移った。

 

ガールフレンドのQについてだ。

 

ユノのスタンスでは、Qはガールフレンド=女友達に過ぎず、『彼女』というより『妹分』と言った方が近い。

 

Qとはバイト先で知り合い、世話を焼いているうちに懐かれてしまった。

 

同じ自動車学校に通い、食事を共にとったり、買い物に付き合うことも多い。

 

断る理由もなく、まあまあ可愛いQに合わせていたのだが...。

 

ここでユノはハッとする。

 

(チャンミンせんせにべたべたする俺と、俺にベタベタするQと同じじゃないか!)

 

懐かれて、「面倒だなぁ」とか「くっ付きすぎだなぁ」とか迷惑がっていた自分と、「ユノさん!」と眉間にシワをよせたチャンミンとを重ねてしまったのだ。

 

(そこに恋心はない。

...せんせは俺のこと、どう思っているのだろう?)

 

 

一方、Qは...。

 

Qのユノへの想いは真剣だった。

 

ところがユノは、過度なスキンシップを迷惑がり、誘ってもお泊り無しで、大いに不満に思っていた。

 

(ユノは優しいし、頭いいし。

それから...超絶カッコいいし!)

 

小さな我が儘に応えてはくれるけど、ぎりぎり手を繋いでくれるかくれないか。

 

(ストレートに『好き』と伝えていない私が悪いんだわ。

それならば、ユノの気持ちを確かめよう!

私の気持ちもはっきり伝えよう!)

 

Qは先ほどユノに送った『おはよう(ハート)』の返信を待っていた。

 

バイトはとうに終わっている時刻なのに、返信がない。

 

イライラした。

 

 

考え事にふけるユノは機械的にペダルを漕ぎ、その目には、周囲の景色はほとんど映っていない。

 

(ひとりの男として見てもらうためには、俺はどうしたらいいのだろうか...。

チャンミンせんせより男らしくなればいいのかなぁ。

やっぱりムキムキマッチョ好きなのかなぁ。

そうなんだよなぁ...チャンミンせんせは男なんだよなぁ)

 

友人のマルちゃんには、自分はグラマー美人指導員に片想い中だと誤解させておくことにした。

 

(相手はマルちゃんだし、訂正が面倒くさい。

放っておけばいいや)

 

ユノの自転車は、橋を渡り、交差点を3回直進、レンタルビデオ屋を通り過ぎた。

 

 

茶色のタイルのマンションの前に到着した。

 

(チャンミンせんせ...)

 

自転車にまたがったまま、ユノは10階建てのマンションを見上げた。

 

ユノの自転車は知らず知らず、チャンミンの住むマンションへと足が向いていたのだった。

 

(あ~あ、俺って馬鹿だなぁ。

ガチで恋をした相手が男)

 

「はぁぁぁぁ」

 

ため息をついてはいるが、チャンミンが男であるからこそ、ユノはチャンミンを好きになったと言ってもよかったのだ。

 

好きになったヤツがたまたま男だった...ではないのである。

 

この言い方だと、まるで男ならば誰でもよかったと誤解を与えてしまう。

 

そうではなく、もしチャンミンが女性だったとしても、ユノはチャンミンを好きになっていたと言い添えておこう。

 

チャンミンの部屋がどこなのか分からないユノは、この辺りだろうか、と見当をつけた5、6階辺りに向けて、「せんせ...おはようございます」と小声で挨拶した。

 

なぜユノがチャンミンの住まいを知っているのか?

 

それは、ユノがチャンミンに恋をしたきっかけに繋がる。

 

 

今から3か月前のこと。

 

マルちゃんの部屋でのAV鑑賞会帰り、雨降りの夜だった。

 

ユノの耳に女優の甲高いあんあん声が今もリフレインしていて、エロの胸焼けをしていた。

 

(女が苦手になりそうだよ...)

 

雨足は強く、傘はさしているが無いに等しい。

 

お口直しに、大自然ものドキュメンタリー映画でも借りようかと、終夜営業のレンタル屋に立ち寄ることにした。

 

雨で冷えた身体に暖房のきいた店内はありがたく、深夜2時とあって客はまばらにしかいない。

 

ユノは皇帝ペンギンの一生を描いたドキュメンタリー映画を借りることにした。

 

(よ~し、泣いてやるぞ。

途中でおでんを買っていこう)

 

自動ドアが開いた時、雨音と共に言い争う声が耳に飛び込んできた。

 

「あの男はなんだよ!」

 

その言葉と男の声に、鍵を外しかけていたユノの手が止まった。

 

「電話に出なかった日...そいつと寝ていたのか?」

 

「るせーな」

 

(男!?

寝る!?)

 

もめごとに巻き込まれるのを恐れるよりも、喧嘩をしている人物の顔が見てみたかった。

 

「ホントのことを言えよ」

 

「ああ、寝たよ。

酒飲んでたし、そいつも彼と別れたばっかで荒れてたんだ」

 

「だからって...裏切り行為だよ」

 

ユノは声がする自動販売機の向こう側へそろりと近づいた。

 

長身の男2人だった。

 

(やっぱり、男同士だ...!

これがいわゆる...ゲイカップルってやつか!?)

 

「たった1回きりの話じゃないか」

 

「嘘つき!

これで何度目だよ」

 

「嫌なら別れろよ」

 

「そんなっ...!」

 

2人の身長は同じくらいだが、浮気をしたらしい側は体格がよく、責めている方は細身だった。

 

「ほ~ら、その顔。

俺から離れられないくせに。

俺がどいつと寝ようと関係ないだろが。

嫉妬深い男は嫌いなんだよ」

 

(別れ話...だよな?)

 

ユノは二人のやりとりをヒヤヒヤしながら見守っていた。

 

特に、細身の男から目が離せなかったのだ。

 

(綺麗な人だなぁ。

あの人が女役かな?)

 

「...あっ」と声をあげかけて、慌てて口を押さえた。

 

大柄の男が細身の男を突き飛ばしたのだ。

 

(!!)

 

細身の男はバランスを崩して地面に尻をついた。

 

「お前とはもう無理だ。

別れよう」

 

他人事ながら、「別れよう」の言葉にユノの胸は痛む。

 

大柄の男は店先に停めた車に乗り込むと、フッた男を置き去りにして、エンジンをふかして通りの向こうへと走り去ってしまった。

 

「......」

 

フラれ男(つまりチャンミン)はふらりと立ち上がると、雨の中へと歩き出した。

 

ユノの胸はバクバクだった。

男同士の修羅場を生まれて初めて目撃した。

それ以上に、男にフラれた男...チャンミンの横顔に惹かれてしまったのだった。

 

 

(つづく)