【BL短編】距離感(前編)

 

そういえば、彼の部屋を訪ねたことがなかった。

17年も側に居続けたのに、相棒のプライベート空間に招かれたことがなかったということか。

17年!?

信じられない。

仲が悪いわけではない。

周囲に言わせると、僕らは仲が良すぎるほど良いらしいし、僕もその通りだと思っている。

けれども、ユノにとって僕の存在はあくまでも「仕事仲間」に過ぎないらしいのだ。

エントランスのソファセットだとか、鏡のような大理石製の床だとか、エレベーターを下りてすぐに門扉付きの玄関ドアがあるだとか。

ぐんぐん上昇してゆくエレベーターの中で、「ああ、この人はやっぱり、別世界の人間なんだな」と、自分も似たようなとろを住まいにしているくせに、他人事のように思ったのだった。

僕はドアの取っ手横の操作板に、ユノの親指を押し付け、しばし考えたのち4桁の暗証番号を入力した。

 

ビンゴ。

 

きっとそうだろうな、と予想が当たった。

ユノを抱え直し、部屋の中へと引きずってゆく。

床下暖房のきいた真っ白な床に、どっしりとした木製家具が温かみを醸し出している。

天井までつきそうな観葉植物が潤いを与えていた。

 

「寝室は?

どこ?」

 

10人家族がゆうに暮らせるほどの広さと部屋数。

「彼はこんなに広い家にひとりで暮らしているのか」と、僕も似たようなところに住んでいるくせに、やっぱり他人事のように思ったのだった。

友人の多い彼のことだから、これくらいの広さは必要なのかもしれない。

...僕は招待されたことはないのだけど、と拗ねた気分になったこともあった。

 

「チャンミン...俺を送っていってくれ」

 

初めて頼られた。

僕は「しょうないなぁ」と、同席していたスタッフたちに向けて、呆れた表情を見せてみた。

彼のプライベート空間に興味津々だった。

そして何より、耳元で囁かれた熱い吐息にぞくりとした。

僕を招く気になった理由を確かめたかった。

 

 

脱力したユノは重い。

最近、タイトなスケジュールのせいで痩せたとはいえ、180超えの男はやっぱり重い。

大の男が3人はゆうに寝られる巨大なベッドに、ユノの身体をどさりと落とした。

彼の体重を支え続けてきた肩がきしむし、疲労した指は震えている。

僕はユノの隣に腰を下ろした。

ここはカーテンの必要がない高層階。

下界の灯りはここへは届くことがないから、赤く染まっているだろう頬や首や胸元は見られない。

 

「マジ疲れた」

 

すーすーと眠りこけるユノに聞かせたくて声に出してみた。

僕はユノに顔を寄せてみた。

うっすらと開いた唇の隙間から、アルコール臭い息が僕の鼻先に吹きかかった。

 

「マジで疲れたよ」

 

寝顔があまりにも綺麗過ぎた。

性別を超えた美しさだ。

彼の唇に吸い付いてみたくなっても仕方がない。

キスをして服を脱がして、それから...。

僕はこうなってしまうことを期待していたのかもしれない。

それぞれに恋人ができ、公私ともに充実した相方を喜ばしく思う一方、その実内心面白くなかった。

彼らの仲が「壊れてしまえ」と願っていたことを、僕は一切隠し通していた。

僕も可愛い女の子に言い寄られて悪い気はしなかったし、ひとなみに性欲はあったし...ユノに見せつける意味もあったのだと思う。

悔しいことに、ユノはニヤニヤ笑うだけだった。

家族よりも長く隣り合って歩いてきた僕らの関係はピークを過ぎていたが、安定の平行線を描いている。

そういえば若かりし頃、無意識にとる行動の距離感が近すぎると、周囲をざわつかせていた。

例えば、腰を抱くとか、クリームを相手の指ごと舐めるとか、狭いシャワールームを2人で利用したり...。

挙げだしたらきりがない。

「そういう関係」だと思わせた方が周囲のウケがいいことを知って、疑われても否定も肯定もしなかった。

...実際は、「そういう関係」ではなかった。

どれほど親密でも、僕らはあくまでも仕事仲間。

僕を部屋に招かなかったのがいい証拠だ。

彼のプライベート空間に入り込めるのは、恋人以上の存在。

僕だけの指定席だったユノの隣に、いつか誰かが座ることを想像すると、心の芯がぞくりと冷えた。

僕はユノとセックスがしてみたい。

今夜、セックスをするしかない。

僕にはその手の趣味はない。

ユノは正体を無くすほど酔っぱらっているし、僕もアルコールで気が大きくなっていた。

無防備に僕を部屋に招いたユノが悪い。

今夜同席していたロングヘアの美人に嫉妬した僕は、オオカミになりかけていたのだ。

身体同士が繋がったとき、僕らは真の意味での相棒になれるし、僕はユノを繋ぎ留められると妄信していた。

今さら好意の有無など問う必要ないほど、適温に保たれたぬるま湯に浸かり慣れきっていた。

ユノはどう考えているか分からないけれど、僕はこのぬるま湯が怖かった。

「時の経過」が怖い。

いつの間にか栓が抜かれていて、気づいたら湯船が空っぽになっているかもしれない。

年を重ねていった先が怖い。

30半ばを過ぎて、周囲の者たちの人生をうらやましく思うようになった。

今夜の酒の席にて、ユノの両隣に陣取った女性たちが忌々しかった。

僕に酌をする女性たちがうっとおしかった。

 

(つづく)

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