寒さ厳しい2月のある夜。
出迎えたチャンミンの表情が曇っていることに気づいた。
言葉少ない夕食を終えると、チャンミンが切り出した。
「ユンホさんに話があります」
チャンミンに促され、カーペット敷きの床に正座した彼の正面に、俺も正座した。
「僕の話すことをよく聞いてください」
「どうしたの、チャンミン?」
「時間がないから、端折って言いますよ。
ユンホさんのこれからの人生、いろんなことが起こると思います。
大変なときもあります。
でも、ユンホさんなら大丈夫です。
誰かと恋に落ちることも何度かあるでしょう。
想像するだけで、僕は嫉妬で苦しんですけど...」
チャンミンは、顔をしかめる。
「出会いがあれば、別れもあります。
悲しい別れの後、ユンホさんは苦しむと思います。
この先どうしようと、途方にくれる時もあるかもしれません」
「なんだか予言みたいで怖いよ」
「僕は...。
ボロボロになったユンホさんを見ていられなかった。
だから、お世話しにきました。
僕のおかげですね。
ユンホさん、カッコよくなりました。
あ...もともとカッコいいですよ!
その髪型も似合っています」
「そう?」
久しぶりにヘアスタイルを変えたのだ。
「話を戻しますよ。
失望感のあまり、誰も信じられなくなった時。
僕は...。
僕は、ユンホさんもユンホさんの大事なものも全部。
全部丸ごと僕が面倒みますから。
ユンホさんは安心してください」
チャンミンが何を言おうとしているのか、さっぱり理解できなかった。
まっすぐに俺を見る濡れたように光る瞳から、チャンミンは真剣なんだということだけは伝わってきた。
「僕は、ユンホさんを幸せにしたくて来たんです」
「なんだかお別れみたいだな」
チャンミンは手を伸ばして、固く握りしめた俺の手をポンポンと叩いた。
うんと泣いた夜、俺が眠りにつくまで背中をポンポンと優しく叩いてくれた、チャンミンの手を思い出していた。
「ユンホさん、もう忘れちゃったんですか?」
チャンミンは眉尻を下げて困ったような、呆れたような顔をした。
「あの夜言ったでしょう?
時が来たら、ユンホさんを襲ってあげるって、
その逆かな...ユンホさんに襲われてあげる、だったかな?
もう忘れちゃったんですか?」
「忘れるわけないよ」
「ユンホさんは、周りの人との調和を考えて行動する人です。
自分の本心に蓋をして、笑ったフリができる人です。
目の前に分かれ道があった時、常識的な進路を選ぶ人です」
「チャンミン、何を言ってるのか、全然わかんないよ」
「要するに!」
チャンミンは、ぐっと身をのりだした。
「『YES』を選んでください、ってことです。
ユンホさんの本心に素直に従うんです。
うーん、ユンホさんの場合、本能かなぁ...。
とにかく!
『YES』を選ぶんですよ!」
「イエス?」
「そうです!
絶対に忘れないでくださいよ」
チャンミンは俺の額を人差し指で、つんと突いた。
「時間です。
僕は出かけます」
チャンミンが立ち上がって、玄関ドアの向こうへ消えるまではあっという間だった。
俺は初めてチャンミンを見送った。
こうして、チャンミンとの生活は終わった。
(つづく)
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