「シヅクが、好きです」
「......」
「シヅク?」
不安になったチャンミンは、シヅクの背中をつついた。
シヅクを覗き込まなくても分かった。
寝息。
「寝ちゃったのか?」
チャンミンは深いため息をつくと、再びこぼれ落ちた涙を手の甲で拭った。
「なんだよ...」
(初めてだったのに。
シヅクったら、寝てしまうなんて...。
僕の「好き」を聞いてもらえなかった)
目尻から次々とこぼれた涙がこめかみを通って、髪を濡らしていく。
(どうして涙が出るんだよ...!)
「恥ずかしい...」
~シヅク~
私の心臓は痛いくらいにドキドキしていた。
気まずくって寝たふりをしてしまった。
どうしよう!
チャンミンに応えてあげないといけないのに!
チャンミンの告白はびっくり仰天、予想外過ぎた。
チャンミンの好意は、さりげない言動から伝わっていたけれど、まさか実際に言葉にしてくるとは思いもしなかった。
「任務」のために、チャンミンのことを1年間モニタリングしていた。
チャンミンの「変化」を注意深く観察していた。
チャンミンが熱を出したあの日を境に、チャンミンに「変化」が訪れた。
無感動、無感情だったのが、みるみるうちに感情を取り戻していった。
実のある会話を交わせるようになってきた。
チャンミンの心は、足跡ひとつない朝の新雪。
固く閉じられていた扉が開いて、最初の足跡をつけたのは私だ。
チャンミンが私に向ける愛情は、「刷り込み」に近いものだったとしても、あんなに綺麗な男の子(男の子っていう年じゃないけどね)に、「好きだ」と言われちゃったりしたら、涙が出るほど嬉しい。
こういうことはよくある、と話はきいていた。
感情が花開いたその場に立ち会うことの多い『観察者』は、『被験者』たちの変化に感動する。
長期間、つかずはなれず側で見守り続けてきたからこそ、その感動が大きいのだ。
今の段階で私の口から真実を伝えることは、規則で禁止されている。
今すぐ教えてあげたいのに。
チャンミンの気持ちに応える前に、教えてあげたい。
私の正体を知らせてあげてから、チャンミンの気持ちに応えたい。
私もチャンミンのことが好きだよ、って。
私も好き、と伝えたら、チャンミンはどうするんだろう。
好きと気持ちを伝えたその先、どうしたらいいのか分からないだろうな。
キスのその先を、チャンミンは知らない。
「先のこと」なんていいじゃない。
今の気持ちに素直になればいいじゃない。
素直になれないのは、恐れていることがあるからだ。
それは、近い将来に真実を知らされたチャンミンが、拒絶の目で私を見るかもしれないこと、
そして、私のことを嫌いになるかもしれないこと、
でも、これらは全部私の悪い予感に過ぎないかもしれないじゃない。
真実を知った後の気持ちの変化については、チャンミン自身が持つ性格や思考に左右されるものだから。
過去のデータだと、拒絶される場合とより親密になる場合と半々らしい。
そんなことを、わずか30秒くらいの間に考えた。
全身がかっかと熱く、頭がボーっとしているけれど、フル回転で考えた。
チャンミンに拒絶されるのが怖いから、チャンミンの「好きだ」を無視する気なのか?
チャンミンのことが好きなんだろう?
拒絶されたらその時だ。
受け止めようではないか。
チャンミンのぎこちない思いやりの示し方や、ぶっきらぼうなところ、奥手そうで実は積極的なところ。
的外れなところも多いけれど、それは仕方がない。
彼なりに一生懸命考えて、よちよち歩きで成長しているんだ。
それに...。
「!」
ベッドサイドに置かれた洗面器を見て、ヒヤリとした。
「アレ」を見られちゃったな。
びっくりしただろうなぁ。
チャンミンのことだから、気付かないふりをしていそうだな...。
やだな。
涙が出てきた。
なんでだろ。
さらに30秒の間で、結論が出た。
シヅクさんは肚をくくったぞ。
チャンミンとのキスのその先を、2人で楽しもうじゃないの。
よし。
「シヅク...?
寝ちゃったのか?」
チャンミンが、私の背中を突いている。
ため息をついて「恥ずかしい」とつぶやいている。
私は勢いよく寝返りを打って、チャンミンと向き合った。
「チャンミン」
「ん?」
仰向けになったチャンミンが、横目で私を見た。
泣いてるのか?
薄暗い灯りの元、チャンミンの目が光っていた。
鼻をぐずぐず言わせていた。
どうしてチャンミンが泣いているんだよ...。
「泣くなチャンミン」
シヅクは指先でチャンミンの涙を拭った。
「シヅク...」
眉を下げたチャンミンの顔がくしゃくしゃにゆがんだ。
「僕は...」
あっという間に、シヅクはチャンミンの胸元に引き寄せられていた。
チャンミンは火の塊みたいに熱いシヅクを、力いっぱい抱きしめた。
(チャンミンにハグされるのは、これで...2度目か?
こらこら、冷静に何考えてるんだ、私?)
「聞こえてた?」
「うん」
「僕の言ったこと、聞こえてた?」
「聞いてたよ」
「シヅク、寝たふりしてただろ?」
(どきぃ)
「寝てたよ!
うとうとと。
クスリ飲んだし、熱あるし、ぼーんやりなわけ」
「で?」
「で、って?」
「僕は、シヅクのことが好きです」
チャンミンはシヅクを抱く腕に力をこめる。
(潔い男だなぁ。
こうもはっきり言われると、調子が狂う。
よし!
私も応えないと)
「私も...」
シヅクは熱めの湯船に浸かっているかのようだった。
38.5℃の体温と、緊張と照れで火照ったチャンミンに包まれて、のぼせそうだった。
「私も...好き」
チャンミンの腕が一瞬ピクリとしたが、無言のままだった。
「......」
「こらこら、黙るな」
(聞えなかったのか?)
「私も、チャンミンのことが好きだよ」
「......」
「おーい。
チャンミン?」
「......」
「おい!」
「......」
「好きだって、言ってんだよ!
聞こえただろ?」
チャンミンの胸が小刻みに揺れている。
「チャンミン?」
(まさか、面白がって笑っているのか?)
「おい!」
チャンミンを睨みつけようと、胸にくっつけていた顔を上げた。
「え!?」
チャンミンが嗚咽の声を漏らして、泣いていた。
「チャンミン...」
シヅクはチャンミンの背中を撫でてやる。
「泣くなよ」
「だって...」
チャンミンはシヅクを深く抱きしめ直して、シヅクの肩に目頭を押しつけた。
熱い涙が次から次へと溢れてきて、シヅクのパジャマを濡らしていく。
(チャンミン、泣き過ぎだよ)
「僕は...嬉しい」
「うん、そうだね」
「シヅク...好きです」
「うん、私も好きだよ」
「...嬉しい」
「私も、嬉しいよ」
(幸せな気持ちというのは、今の気持ちを言うんだろうな。
僕は、幸せだ。
シヅクが僕のことが好きなんだってさ。
幸せだ。
僕もシヅクのことが好きなんだ)
「好き」の応酬に疲れた2人。
顔を見合わせて苦笑し合う。
「チャンミン、鼻水垂れてるよ」
「え?
...ホントだ」
「しょうがないなぁ」
シヅクはパジャマの袖口で、チャンミンの目と鼻をごしごし拭ってやった。
「......」
「......」
自分たちが置かれた状況にはたと気付いた2人の間に、気まずい空気が流れた。
(僕はどうして、シヅクのベッドにいるんだ!?
看病するはずが、シヅクと一緒に寝ててどうするんだ!?)
(ちっとばかし、くっつき過ぎやしないか?)
「チャンミン...腕、離して。
トイレに行きたい」
口実を思いついたシヅクは、チャンミンの胸を叩いた。
「ごめん!」
チャンミンの腕から抜け出すと、シヅクは半身を起こした。
(いったん身体を離そう。
クールダウンが必要だ)
ぐらりと視界が回る。
「おっと!
ふらふらじゃないか!」
すかさずチャンミンがシヅクを支えた。
「うん...だいじょうぶ...」
シヅクの動きが止まった。
(足!)
床に下ろそうとした脚を素早く布団に隠した途端、
「わっ!」
チャンミンに抱き上げられて、ふわっとシヅクの視界が高くなった。
「こらっ!
チャンミン!」
チャンミンの歩みに合わせて揺れるシヅクの裸足に、チャンミンは目をそらさないし、何も言わない。
(見られたくないものが、丸見えだ)
いたたまれなくなったシヅクは、チャンミンの首にしがみついて顔を埋めた。
「......」
意外にがっしりとしたチャンミンの首に、無言で頬をくっつけていた。
(お姫様抱っこなんて...照れるんですけど)
チャンミンはシヅクをトイレの便座に下ろすと、「終わったら呼んでね」とドアを閉めた。
「ふう」
シヅクは白い天井を振り仰いだ。
(夢の中みたい。
吐きそうに具合が悪いのに、頭はふらふらなのに、
喜びがふつふつと湧き上がってくる。
嬉しいよぉ)
心の中で「きゃー」っと叫んで、シヅクは自分を抱きしめる。
(チャンミンが私のことを好きだって。
私も言っちゃった。
両想いだって。
青春ドラマみたい。
大事件だ大事件だ!!)
[maxbutton id=”5″ ] [maxbutton id=”2″ ]
[maxbutton id=”16″ ]