61.Maxとチャンミン-TIME第3章-

 

「初めまして」

 

シヅクが差し出した手を握るユーキを、チャンミンは無表情に眺めていた。

 

「私はシヅク。

カイ君の後輩です。

さすが姉妹、似てるねぇ」

 

この時にはシヅクの顔色も戻っていて、ソファから立ち上がるとカイとユーキを交互に見て言った。

 

無言で突っ立ったままのチャンミンを、シヅクは見かねて脇をつつく。

 

チャンミンは「何だよ?」と眉をひそめてシヅクを睨む。

 

「あんたも自己紹介するんだよ」と、シヅクはチャンミンの耳に囁く。

 

チャンミンは、ユーキの刺すような視線に居心地の悪い思いをしていたのだ。

 

(僕を見るなって。

この女の人...ユーキとか言う人が、カイ君の姉だったなんて...)

 

そんな二人を興味深げに眺めていたカイは、くすっと笑ってチャンミンを手で差し示した。

 

「この方は、チャンミンさん」

 

「!」

 

ひっ、と息をのむ音は、ユーキのものだった。

 

片手で口を覆い、目を見開いている。

 

「嘘...でしょ?」

 

驚きを隠せないでいる姉の姿に、弟のカイはチャンミンをうかがう。

 

「あれ?

チャンミンさん、姉ちゃんと知り合いだったの?」

 

「ええ」

 

ユーキの返答に、チャンミンは激しく首を横に振った。

 

ユーキの傷ついたような表情に、チャンミンは内心で「止めてくれよ」とつぶやく。

 

「あれ?

そうだったの!?」

 

まっすぐにチャンミンを見るユーキの目が真剣で、シヅクは気付かれないようチャンミンの脇腹をつつく。

 

チャンミンの方も助けを求めるように、シヅクのニットの裾を引っ張った。

 

(チャンミンの知り合いが登場するなんて...!

調査に漏れがあったのか!?)

 

平静を装っていたが、シヅクは慌てていた。

 

(まずいな...。

ひとまずチャンミンをここから連れ出そう)

 

「姉ちゃん、まだ食べるものは残ってるだろうし、あっちで食べておいでよ。

酒もいっぱいあるよ」

 

ユーキのただならぬ様子に、気をきかせたカイはドームの方へ親指を立てた。

 

「え、ええ」

 

ユーキは「あなたも行くでしょ?案内して」と、カイの二の腕をつかんだ。

 

「オッケ。

シヅクさんも元気になったみたいだし。

僕らはあっちへ行ってるから。

欲しいものがあったら、適当に見繕ってくるよ?」

 

「ありがと。

今んとこ腹はいっぱいだ」

 

事務所を出るまで、ユーキはチャンミンの方を何度も振り返るから、チャンミンは顔を背けていた。

 

事務所にチャンミンとシヅクの二人きりになった。

 

チャンミンは大きくため息をつくと、どかっとソファに座り込んだ。

 

いつにないチャンミンの荒々しい行動。

 

「なあ、チャンミン。

カイ君のお姉さん、ユーキさんとどっかで会ったことがあるのか?」

 

「ない。

...でも」

 

「でも?」

 

シヅクの心臓の鼓動が早くなっていた。

 

(チャンミンの行動は見張っていたんだが...。

チャンミンと彼女と、どこで接点があったんだ?)

 

「さっき...。

僕に抱きついてきて...」

 

「はああ?」

 

(抱きついてきた...だと!?

センターに戻って、直ぐに調べないと!

セツは?

まずはセツに相談だ!)

 

リストバンドを素早く操作して、セツにメッセージを送る。

 

「シヅク...帰ろう。

今すぐ...」

 

「お、おう!

そうしよう!」

 

チャンミンの顔色は真っ青になっていた。

 

「気分悪いのか?」

 

「......」

 

「ミーナに声をかけてくるから、あんたはここで待ってなさい」

 

シヅクはチャンミンにそう言いおいて、ドームの方へ向かいかけた。

 

(また火のそばに行くのは気がすすまないが...)

 

「!」

 

チャンミンの腕が素早く伸ばされて、力いっぱい引っ張り寄せられた。

 

「危ないなぁ!」

 

シヅクは抗議の声をあげた直後、背後からチャンミンの腕にくるまれた。

 

「...チャンミン」

 

「......」

 

シヅクは後ろ手にチャンミンの頭を撫ぜてやる。

 

「あの人...僕のことを『マックス』って、呼んだ」

 

「マックス!!!」

 

思いがけず大声を出してしまい、焦ったシヅクは「マックスって誰だろうな...」と取り繕った。

 

(まずい...まずいぞ!

ここで『マックス』が登場するなんて!)

 

「マックス、マックスって、何度も言うんだ。

気持ちが悪い...」

 

先ほどの動揺を引きずっていたチャンミンは、吐き出すような、苦し気なかすれた声だった。

 

「人違いだって何度も言ったんだ。

それなのに...」

 

シヅクを抱く腕に力がこもる。

 

「僕は知らないよ...ユーキっていう人なんて...」

 

シヅクの首筋に顔を埋めて、苦し気につぶやいた。

 

「...そうだよな。

びっくりするよな、突然そんなこと言われてもさ」

 

シヅクを抱く腕に力が込められていく。

 

温かくて柔らかいシヅクの身体を腕の中に感じていると、チャンミンの中の不安と不快感が弱まっていく。

 

(シヅクといると僕はホッとする。

シヅクだけが、僕の中で『確かなこと』だから)

 

シヅクはウエストの前で組んだチャンミンの手の甲をぽんぽんと叩く。

 

(閉じ込められた時も、こんな風に密着してたなぁ。

 

あの時のチャンミンはもじもじ君で、でも生理的反応を隠せなくて...私の方が恥ずかしかった。

ところが、あれからのチャンミンはどうしちゃったんだよ)

 

「あっ...!」

 

シヅクが声をあげたのは、チャンミンの手が顎に添えられ、後方へ引き寄せられたから。

 

「待て...こらっ...待て」

 

ここは職場の事務所。

 

ゴムの木に遮られているからといっても、いつ誰かに見られるか分からない。

 

シヅクは唇を寄せるチャンミンの顔を、力いっぱい手の平で押しのけた。

 

「待てっ...チャンミン!

カイ君たちが戻ってくるかもしれんから...」

 

はっとしたように、チャンミンはシヅクの顎から手を放した。

 

「...ごめん」

 

「場所をわきまえることも、覚えるんだよ、チャンミン」

 

「......」

 

シヅクはやれやれといった風に、息を吐いた。

 

「よし!

チャンミン、帰ろう、な?

ユーキさんは間違えたんだよ。

他人のそら似だ、気にすんな」

 

そうじゃないことを知っているシヅクは、もやもやとした気持ちで気休めの言葉をかける。

 

「うん...」

 

「あんたんちまで送っていってやるから」

 

「ねぇ、シヅク」

 

「ん?」

 

「今夜...僕んちに泊まっていって」

 

「はあぁ?」

 

「泊まっていって欲しい」

 

「な、なんで?」

 

シヅクはどぎまぎとうろたえて、しどろもどろになる。

 

「なんで?って。

シヅクのそばに居たいからじゃないか?」

 

(な、なんて...ストレートなんだ...この坊やは!?)

 

「パンツ、持ってきてないし...」

 

「そんなの、シヅクんちに着替えを取りに寄ればいいじゃないか」

 

「ま、まあ、その通りなんだけど...」

 

(こういう時こそ、傍に居てやらなくちゃならんが、

チャンミンの行動は予測がつかんからな...)

 

「嫌なの?」

 

「嫌...じゃないけど、突然でびっくりしたから」

 

「僕たちは『恋人同士』なんだろ?

当たり前のことなんだろ?」

 

(その通りなんだが...。

その通りなんだけど...。

チャンミンの口から、はっきりと『恋人同士』と宣言されると、照れるというか、なんというか...)

 

「だから、泊まっていって」

 

チャンミンの熱い吐息が首筋にかかり、シズクはぞくりとした。

 

「......」

 

先日のチャンミンの行動を思い出して、全身が熱くなる。

 

(泊まるってことは...。

泊まる...と言ったら...。

いくらなんでも早すぎるだろう?

『恋人同士』がひとつベッドで寝るってことは、『アレ』しかないだろ?)

 

「シヅク?」

 

(...ところで、『やり方』知ってるんか?

...って、こらこら。

私は何を先走って想像してるんだ?

チャンミンの「泊まって」発言に、深い意味はないかもしれないじゃないか!

いやいや。

チャンミンの行動は予測がつかないんだった。

ムードとか、男と女の駆け引きとか、一切無視だからなぁ。

風邪っぴきの日も、押し倒されたからな。

やっぱり、そのつもりでいるのか?)

 

「シヅク!!」

 

考えふけっていたシヅクはハッとして、チャンミンの腕をほどくと立ち上がった。

 

「ちょっと寄るところがあるんだ。

その後に行くことになるけど...いいか?」

 

頭を撫ぜられて、「子供扱いするな」とチャンミンはむすっとする。

 

「ちゃんとあんたんちに行くから。

さささ、帰ろうか」

 

「うん」

 

チャンミンはすたすたとロッカーからコートをとると、その1着をシヅクに羽織らせた。

 

自身もコートを羽織って、「行くよ」と2人分の荷物を抱えた。

 

そして、チャンミンに腕を引っ張られる格好で、シヅクは事務所を出たのであった。

 

着信を知らせるバイブレーションに、シヅクはリストバンドを確認する。

 

『21:00に集合』と、セツからの返信。

 

 


 

 

~カイとユーキ~

 

「あのチャンミンって人...」

 

すするようにワインを飲むユーキを横目に、カイは「知り合い?」と尋ねた。

 

「チャンミンさんは1年くらい前に、ここに就職してきた人」

 

「その前は?」

 

「さあ、知らないけど」

 

「いくつ?」

 

「えーっと、29か30かその辺り」

 

「やっぱり!」

 

「姉ちゃん、どうしたんだよ?

怖いよ」

 

今にも泣き出しそうに表情をこわばらせたユーキに、カイは困惑していた。

 

(チャンミンさんには、思い出したくない過去があって、会いたくない人物が姉ちゃんで、知らんぷりを装ってんのかな。

まさか!

チャンミンさんは、『本当に』姉ちゃんのこと全然知らない風だった。

人付き合いが苦手そうなチャンミンさんが、あそこまで演技はできないだろう)

 

「他人のそら似じゃないの?」

 

「そんなんじゃない」

 

ユーキは激しく首を振った。

 

「彼『そのもの』なのよ。

年齢も合ってる」

 

「まさか、だけど...姉ちゃんの『彼氏』だったとか?」

 

「ええ」

 

大きく頷くユーキに、カイはへえぇと眉を上げた。

 

「いつ頃?」

 

「5年前に別れた。

別れたというか、急にいなくなった」

 

「5年前って、あの時の?」

 

高校を卒業したばかりの頃、失恋で大荒れのユーキの身の回りの世話に、南国まで出向いたことを思い出した。

 

「大恋愛だったやつ?」

 

「ええ」

 

(姉ちゃんの恋愛は、毎回大恋愛だったけどなぁ。

あの時の姉ちゃんは酷かった。

泣きわめいたかと思うと、しゅんと肩を落として無口になって。

結局、ほっとけなくて1か月ほどあそこに滞在したんだっけ)

 

「でもね...名前が違うのよ」

 

「彼氏の名前は?」

 

「マックス」

 

「偽名だとか。

どっちかというと、『マックス』の方が偽名かな。

『チャンミン』が本名」

 

「そんなハズはないわ。

パスポート上も『マックス』になってた」

 

「『マックス』が本名で、『チャンミン』が偽名?

うちに就職する時に、偽名なんか使えないしなぁ。

...やっぱり、姉ちゃんの勘違いだよ」

 

カイは意固地になるユーキに気付かれないよう、心中でため息をついた。

 

(姉ちゃんの相手は面倒くさい)

 

「その『マックス』さんの写真ってある?」

 

と言いかけて、カイは「ないよなぁ」とぼやく。

 

思い出のものは全部、目の前から消したいとわめくユーキに代わって、カイが一切合切捨ててしまったことを思い出したから。

 

デジタルデータも、アカウントごと消去してしまったから、『マックス』の顔を確認すらしていなかった。

 

「やっぱり、彼はマックスよ!」

 

ユーキの大声に、カイは飛び上がった。

 

姉の支離滅裂な話はいつものことで、カイはシヅクのことを考え始めていたからだ。

 

事務所でのシヅクとチャンミンの、どこか親密そうな雰囲気が気になっていたのだ。

 

「びっくりするなぁ」

 

カイを見るユーキの目はギラギラとしているのが、暗がりでも分かる。

 

「どうして?」

 

「だって...マックスは『チャンミン』でもあるから」

 

「姉ちゃん、頼むよ~。

僕には理解できないよ。

どういうこと?

筋道たてて説明してよ」

 

「それはね...」

 

ユーキはカイに説明を始めた。

 

5年前のことを。

 

 

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