62.マックスは恋人だった-TIME第3章-

 

 

~ユーキ~

 

日差しは皮膚を焦がすほど強く、加えて常に皮膚の上に水分の膜が張ったかのようで、不快なところ。

 

吸い込む空気が、沸騰するヤカンの湯気のようなところだった。

 

30歳だった私は、未だ「自分探し」の旅の途中で、その国に滞在し始めて半年が経った時にマックスと出会った。

 

精悍で、精悍な顔と引き締まった身体は日に焼けていて、笑顔が10代のように幼くなる24歳の男の子だった。

 

出会ってすぐに身体を重ね、その相性のよさに顔を合わせれば磁石のN極とS極みたいに、始終抱き合っていた。

 

20代前半の若者らしくマックスはどん欲に私を求め、物騒な地域だったため、5重にかけた鍵に閉じこもってのセックスに明け暮れた日々だった。

 

「俺たち...溶けてしまいそうだ」

 

汗まみれの顔で、白い歯を見せて笑っていた。

 

故郷にいる両親と弟には、『運命の人と、とうとう出会ってしまった』と惚気たメッセージを送った。

 

もっとも彼らは、「はいはい。またか」と呆れていたと思う。

 

マックスと離れがたくて滞在期間を無期延期した。

 

恋にうつつを抜かすだけで終わらせるのも惜しくて、本来の目的である『美容に効く』ものを求めて、ごたごたした地元マーケット内を探し歩いた。

 

デトックス効果のある泥があると聞きつけ、地元民に灰色に濁ったその沼に案内してもらった。

 

採取した泥を、自身の肌に塗りたくってはその効果を確かめていた。

 

いつか、世界中から集めた珍しいもの...泥や薬草、鉱石、マッサージ術...を使った施術を提供するサロンを開くことが夢だったのだ。

 

バスルームで、裸のマックスの背中に真っ黒なその泥を塗り広げ、手の平で感じる筋肉のくぼみにうっとりとしていた。

 

その泥が乾く前に、タイルの上で上になり下になりと、二人とも全身真っ黒になってしまったのだけれど。

 

マックスは画家だった。

 

ベッドに横たわった私を...透けた薄布のドレスをまとった私を、全裸になった私を...モデルに精力的に描いた。

 

デジタル画が当たり前の世の中で肉筆の絵画は珍しい。

 

マックスは余裕ある生活を送っていたから、おそらく「売れて」いたのだろう。

 

裕福な生まれだとも聞いていたから、労働の必要のない身分でもあった。

 

ただ、家族の話になると、途端にマックスの口調は重くなる。

 

研究所の所長だという変わり者の父親と、神経質で心配性な母親、兄はいたが亡くなって今はいない、と話していた。

 

「俺の身の上話はもういいよ。

それよりも、ユキ(私の名前はユーキだが、マックスはユキと呼んでいた)の話を聞かせて」

 

キャンバスに向かうマックスに、私はこれまでの旅暮らしの苦労話や、年の離れた弟カイの面白エピソードを語った。

 

マックスから指輪を贈られたあの頃、彼は大作に取り組んでいた。

 

2メートルくらいはあっただろうか。

 

後ろ立ちした白いユニコーンにまたがった女神の...女神は私だ...絵を描いていた。

 

ブラインドから差し込む熱帯の光が、シーツの上に縞模様を作り、私の薬指を飾るその石がちかちかと輝いていて。

 

幸福に満ちた日々だった。

 

短く刈った髪、白いタンクトップ、絵の具で汚れた指...時おり振り返って見せる笑顔。

 

私はマックスを心底愛していた。

 

最後にキャンバスの右下に『Changmin』とサインをして、作品は完成を迎える。

 

マックスは雅号として、『チャンミン』を名乗っていた。

 

「どうして『チャンミン』なの?」

 

と尋ねたら、「響きがいいだろ?」と答えたから、「ふうん」と言ってそれ以上追求しなかった。

 

常に真夏の国で、マックスがいなくなってしまったあの日の季節は分からない。

 

その日、完成したばかりの作品の搬送の打ち合わせに行くと言って朝早くでかけたマックス。

 

ユニコーンの作品を故郷の父親の元に送るとか言っていた。

 

「なんだかんだ言って、家族想いなのね」と言って、マックスを見送った。

 

そして、そのまま帰らなかった。

 

待てど暮らせど帰ってこなかった。

 

始終、過激な小競り合いのある地域だったから、何かの抗争に巻き込まれたのか。

 

その日も大規模なビルの爆破事件があって死者がでたと聞きつけ、止めにかかる声を無視して瓦礫の山を探し回った。

 

マックスの身体は見つからない。

 

私を捨てて、この地を去ってしまったのだと結論づけ、絶望した。

 

廃人のようになってしまった私は、故郷から弟カイを呼び寄せた。

 

カイはまだ19歳なのに冷静で、私とマックスとの思い出の品を容赦なく、淡々と処分してくれた。

 

唯一捨てられなかったもの...マックスから贈られた指輪だけが、今も私の手元にある。

 

 

 

 

あれから5年。

 

その間、別の恋を1つ経験し、破綻して疲労だけが残って、不思議なことに寂しさを感じないことに驚いた。

 

息がとまるほど打ちのめされた、マックスとの失恋のインパクトが強すぎたせいだ。

 

マックスと過ごした日々はわずか1年ほどだったけれど、マックスという泥沼に深く沈みこんでしまった私は、未だに抜け出せずにいるんだ。

 

カイに招待されていった『落ち葉焚き』だとかいうパーティ。

 

カイの部屋で怠惰な生活を送っていて、うっかり寝坊してしまって、慌てて駆けつけた。

 

カイの職場である建物はとても古びていて、手動のエントランスドアが珍しかった。

 

建物の中に入ったことで寒さでこわばっていた身体が、ホッと緩んだのもつかぬ間...。

 

息が止まるかと思った。

 

背が高くて、痩せていて...。

 

頭の形、肩のライン...全部、記憶にある通り。

 

驚いた時の丸い目や、不貞腐れたような唇の形も、記憶にある通り。

 

短かった髪が伸びて、狭い額を覆っていた。

 

別れた時よりも5年の時を重ねた顔...頬と顎が引き締まっていた。

 

「...マックス...!」

 

ところが彼はきょとん、とした顔をしていて、私を前にしてもこれっぽちも、目の色を変えなかった。

 

「マックス」と呼んでも、全くの無表情だった。

 

たまらなくって、身を投げ出すように「マックス」に抱きついた。

 

でも、背中に腕はまわされない。

 

私が一方的に、「マックス」を抱きしめるだけで、悲しかった。

 

彼は「違います」を繰り返していた。

 

当時の鋭い眼光は消えていて、大人しく穏やかな目をしていた。

 

忘れたふりをしているのか、本当に忘れてしまったのか。

 

どちらかというと、後者の方だと思った。

 

ニットの胸から香る匂いも同じなのに。

 

私を拒絶する言葉と当惑した顔がショックだった。

 

悲しかった。

 

南国まで駆けつけたカイに、マックスの写真を見せていればよかった。

 

私の記憶が確かなものだと、証人になってくれたのに。

 

カイに写真を見せなかったのは、「へぇ、かっこいい人だね。モテるだろうなぁ」って褒めるに違いなかったから。

 

褒めるんじゃなくて、「酷い男だね。不細工だし。こんな男別れて正解」って、同調して欲しかったから。

 

彼は『マックス』で間違いない。

 

だって、彼の名前が『チャンミン』だったから。

 

 

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