(3)TIME

 

~チャンミン~

 

​薄黄緑色の壁にかかったディスプレイをぼんやりと眺めながら、僕はベンチに腰かけていた。

風に吹かれて揺れる木々の葉陰からもれる日の光、その光が反射して水面がきらきら光る風景を、ディスプレイは映している。

いまどき、樹木や草花が茂る光景は、ほぼ目にすることは出来ない。

かつてそうだったかもしれない緑あふれる景色を、ディスプレイに映し出すことで、この場の陰鬱な空気を和らげようとしているのかもしれない。

どこもかしこも金属や樹脂やコンクリートに覆われていて、清潔に管理されている世の中だ。

唯一、仕事場では、植物にたっぷりと触れ合える。

控えめに照明された、無人の待合室のベンチにこうして今、僕は座っている。

壁に設置されたデジタル時計は、時刻が5時なのを教えてくれる。

一体、僕はなぜここにいるんだろ?

僕は、一体、何してるんだろ?

昨日の夕方から今までの流れはおぼろげで、あれやこれやで今、病院のベンチにいることが信じられない気分だ。

シヅクは会計だか、処方薬をとりに行っているのか、ここにいない。

僕はひとりで、待合室で、シヅクを待っている。

なんとなく心細い心情になっている自分に気づく。

日頃、職場では僕にちょっかいを出してきたり、おしゃべりで声が大きいシヅクのことを、うるさく、うっとおしく感じることも多いのに。

僕は、元来人見知りで、誰かと一緒に過ごすより、一人でいることの方を選択する人間だ。

いつごろか分からないけど、淡々と変化のない一日一日を繰り返すのが、僕の精神状態にはいいみたいだ。

感情が大きく起伏することもなければ、心の奥底から何かに対して喜んだり、悲しんだりすることもない。

変化は嫌いだ。

真正面から誰かと精神的に、物理的に接触することも避けてきた。

うーん。

変化を嫌って避けているのか、避けてるから変化がないのか...。

何で、こんなこと考えているんだ?

 

でも...、何だろう。

ちょっと前に、胸の奥がが小さくはねた覚えがある。

平坦だった僕の心にパルスが流れたような。

独りベンチに残されて寂しい気持ち、シヅクの顔を見てホッとしたい気持ち。

あぁ、もう...。

身体が弱っているせいかなぁ。

​いつだったけ?

タクシーに乗せられて病院に連れていかれて...。

思い出してみる。

シヅクは、僕を無理やり病院に連れて行った。

僕が弱ってぐったりとしているのをいいことに、強引に車いすに乗せてしまった。

「大げさ過ぎるよ、ただの風邪なんだから」

と、抵抗してみたけど、

「だーめ!」

と、シヅクは聞く耳持たずで、てきぱきとどこかへ電話をかけ、手続きを済ませて、ずんずんと僕の乗る車椅子を押していった。

​診察室で待っていたのは、40代くらいの男性医師で、青いプラスティックの手袋をはめた手で僕の頭をはさんで、僕の下まぶたを引っ張ったり、ペンライトで照らしたりした。

大の男が、大きく口を開けて喉の奥を見せたりする姿は、間抜けすぎた。

事が大げさになってきていることに、腹がたった。

僕を無理やり病院に連れてきたシヅクに腹がたった。

気分が悪かったせいもあって、僕はひどく機嫌が悪かった。

医師は、看護師にいくつかの指示をすると、デスク上のコンピュータに入力を始めた。

今度は、毛深いごつい腕をした看護師に車椅子を押されて、血液検査、頭部には電極も付けられたし、頭を固定されて大きな機器の中をくぐらされたりした。

検査室から検査室へのはしごには、自分のバッグの他に、僕のバッグとコートも持っての大荷物でシヅクも付き添ってくれた。

「...ちょっと大げさだよ。

風邪気味で、ここまで検査するかなぁ?」

思わず僕はシヅクに不満をもらした。

先ほどの医師に打ってもらった注射のおかげで、重だるさも消え、ひどかった頭痛も和らいでいた。

「ごめん。

高熱で、意識もうろうで、頭が割れそうに痛むみたいです、

って、大げさに伝えたからかなぁ?」

片目をつむって、両手を合わせてごめんのポーズのシヅク。

「でも、本当にそうだったからね」

膝を折って、車いすの僕の目線までしゃがんだシヅクは、

「よしよし、いい子だぞ、僕ちゃんは。

私、すごく心配したんだぞ。

これで何ともなかったら安心するから。

もうちょっと我慢してな?」

と、僕の頭をなでた。

「子供扱いするなよ」

​と、シヅクの手を払いのけながらも、

真正面からシヅクのこげ茶色の瞳にのぞきこまれて、僕はフリーズしてしまった。​

​意外に長いまつ毛や、弓形の眉や、きつめに引いたアイラインなんかに僕の視線はロックされたんだった。

 

​そうだ、あの時か?

違う、もうちょっと前だった。

​僕はじっとしていられなくて、立ち上がって待合室に並ぶベンチの間を歩き回った。

事務所で、僕はソファに倒れ込んで・・・。

冷たくて気持ちよかった。

シズクのひんやりとした手。

僕の目を覗き込んだ、暗がりに光る瞳・・・。

「チャンミーン!お待たせ」

シヅクが戻ってきた。​

 


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