(11)麗しの下宿人

 

 

~12歳の僕~

 

僕はどうやら臭いらしい。

 

同級生たちが、僕に聞こえるか聞こえないかの絶妙な声の大きさとタイミングで、「チャンミン、臭いよね」と囁くのだ。

 

学校では余計なことは言わず、大人しく目立たず過ごしてきたつもりだったけど、匂いにまでは気を配っていなかった。

 

身に覚えがなかったから、僕は困ってしまった。

 

お風呂では石鹸をたっぷり付けて、皮がむけるんじゃないかってくらいゴシゴシ身体を洗った。

 

洗濯だって毎日してるし、歯もしっかりと磨いている。

 

嫌な臭いはしないか、取り込んだ洗濯物に鼻を埋め嗅いでみるけれど、お日様と洗剤の香りがするだけだった。

 

一瞬、同級生たちは「臭い」と陰口を言って、僕に嫌な思いをさせようとしているのでは?と疑った。

 

けれども、僕の鼻が鈍感なだけで本当に臭いのかもしれない。

 

夏休みに突入したおかげで、同級生たちと顔を合わせなくて済んだのがラッキーだった。

 

眠っている間に下着を汚して以来、微熱っぽいことも含めて僕の身体はなんだか変だ。

 

 

ユノの部屋にはエアコンがない(その他の部屋にも、エアコンがない)

 

僕とユノは壁にもたれ、両脚を畳みに投げ出して、各々の時間を過ごしていた。

 

じゃんけんに買ったユノは、扇風機の前に陣取っている。

 

ユノは漫画本を、僕は読書感想文用の課題図書を読んでいた。

 

「ずるいよ、ユノちゃん。

あと5分で交代だよ」

 

ユノの前の扇風機は修理に出して戻ってきたばかりだ。

 

ユノの汗はとめどなく次から次へと吹き出し、首に引っかけたタオルでしきりと額を拭っていた。

 

「ここは暑いだろ?

1階の方が涼しいんじゃないか?」

 

ユノの言う通り管理人室は北向きで、下宿屋の中で一番涼しい部屋かもしれない。

 

暑さのせいなのか、ユノはピリピリしている。

 

ずっとユノの傍にいる僕は、ユノの機嫌に敏感だ。

 

ニコニコ笑っていても、気付くか気づかないかの微かさで苛立ちが含まれている。

 

僕はその苛立ちをキャッチしていた。

 

「チャミが近くにいると、余計に暑く感じるよ」と、わざとらしく僕から距離を置く。

 

「僕がここにいるのが嫌なの?

僕、邪魔っ気なの?」

 

泣きべそかくフリをしたら、ユノの腕が伸びてきて僕の頭をくしゃくしゃっとした。

 

「邪魔じゃないさ。

俺ん部屋暑いだろ?

涼しいとこに行った方がいいんじゃないか?って」

 

「ひとりで居ても、暇なんだもん」

 

ユノはノースリーブのTシャツを着て、大人の男の人らしく脇毛が生えていた。

 

僕もタンクトップ姿で、両腕はユノとは比べ物にならないほど細くて貧弱だ。

 

僕は本から目を離し、投げ出した2人の足のサイズを見比べてみた。

 

次に、真向いの敷きっぱなしの布団を見た。

 

ユノが今朝起き出したそのままの形...シーツはユノが作ったシワが寄ったまま、タオルケットも足元でくしゃくしゃに乱れていた。

 

どうしても、ユノと男の人と裸でもみ合っていた光景を思い出してしまうのだ。

 

僕の身体に現れた変化が他にもあった。

 

困ったことに、あのシーンを思い出すと僕のおへその下がぞわぞわとするのだ。

 

それは初めて経験する感覚で、ぞわぞわの源を突き止めてみたところ、その場所が場所だけに困惑してしまった。

 

開け放った窓の軒下に、タオルと下着、Tシャツがぶら下がっている。

 

風があるらしく、母の部屋の窓下にぶら下げた風鈴がちりんちりん揺れる、涼し気な音がここまで届いてきた。

 

「暑いな」

 

「暑い暑いばっか言ってると、ホントに暑くなるんだって」

 

ユノは壁から背を離し、傍らの漫画本の山に挟んでいた団扇を取った。

 

「じゃあ、寒い寒いって言えばいいのか?」

 

ユノは団扇をパタパタと扇ぎ始めた。

 

「あー、涼しいなぁ」

 

「いいだろう?」と、僕に自慢するみたいな勝ち誇った顔をしている。

 

子供っぽいところがあるのだ、ユノは。

 

「涼しいなぁ」

 

「ずるい!

ユノちゃん!

大人のくせに!」

 

「あ~、涼しいなぁ」

 

ムッとした僕は扇風機の首振りつまみを下に押した。

 

扇風機は左右に首を振って、蒸した部屋の空気をかき回し始めた。

 

「あ~、涼しい~」

 

僕は声がビリビリ震えるのが面白くて、扇風機の前で「涼しい~」を連呼した。

 

ユノはぷいっと、僕に顔を背けた。

 

そして、立ち上がると部屋を出ようとするのだ。

 

「ごめん、ユノちゃん」

 

僕が扇風機を占領したことに、腹を立てたのかと思った。

 

「ごめん?

何が?」

 

振り返ったユノは、タオルで口元を覆っていた。

 

「チャミが謝る理由が分からないよ」

 

「...扇風機。

ユノちゃんの扇風機、取っちゃったから」

 

「ははは!

扇風機って。

んなことで怒るわけないだろう?

謝るのは俺の方。

扇風機を独占しちゃってさ」

 

「そうなの?」

 

ユノの顔は汗まみれだ。

 

ちょっと異常なほどの汗の量だった。

 

「便所に行くだけだよ」

 

「なんだ」

 

「こずかいやるから、冷たいもの買って来いよ」

 

「やった!

ユノちゃんは何が欲しい?」

 

「ん~、俺は要らない。

チャミが欲しいもの買って来いよ」

 

「僕だけ......」

 

気分が白けてしまい、僕は本と空になった麦茶の瓶を抱えた。

 

「今日のユノちゃん、怒ってるみたいだし。

僕が邪魔なら、僕...帰るよ」

 

部屋の戸の前に立つユノを押しのけた時、彼がさっと顔を背けたのを僕は見逃さなかった。

 

やっぱり...と思った。

 

「ねえ、ユノちゃん...」

 

僕は思い切ってユノに訊ねてみることにした。

 

「ユノちゃん。

僕って...くさい?」

 

「......」

 

ユノの頬が僅かにぴくっと震えた。

 

無言のユノに、「ああ、僕はやっぱり臭いんだ」と悲しくなった。

 

同級生たちの反応は正しかったのだ。

 

「くさい、っていうとは違う」

 

ユノはふっと笑った。

 

「じゃあ、何なのさ?

凄く嫌な顔してた」

 

「そう見えたのなら、悪かった。

嫌じゃない。

臭いのとは違うんだ」

 

ユノはタオルを、僕の首に引っかけた。

 

「うまいこと説明してやるからさ、そう怖い顔をしなくていいさ」

 

「......」

 

臭う僕に、何をどう説明するというのだろう?

 

「チャミ、いいことを思いついた」

 

場の雰囲気をばっさり切るかのようだった。

 

「なに?」

 

ユノが思いつくことは、いつもユニークで楽しいものばかり。

 

自分は臭いのではと、落ち込んだばかりなのに、ワクワク心で気分が上向きになった。

 

「即席のプールを作ろう」

 

「プール!?」

 

「風呂に水を張るんだ」

 

冷たい水に身体を浸すイメージだけで、涼しくなった。

 

「いいアイデアだろ?

いい気持ちだぞ?」

 

ユノがそう提案したのに理由があったことに、後になって知ったのだった。

 

 

(つづく)

 

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