(4)麗しの下宿人

 

 

家庭訪問があるからと、正午前には下校時間となった。

 

帽子を無くしてしまったせいで、頭のてっぺんは太陽にあぶられ、さらに空腹状態でもあったから、この帰路は小さな身体にはヘヴィだった。

 

家に到着した時、ユノの部屋の窓にはカーテンが閉まっていた。

 

「珍しい、学校にでも行っているのかな」と思って靴箱を見ると、ユノの靴はちゃんとあった。

 

もう一足、見慣れない靴...大きなスニーカーがあった。

 

(珍しい...お客さんかな)

 

蒸れた靴下を脱いで裸足になると、ぺたぺた歩く板床がひんやりと気持ちよかった。

 

「ただいま」

 

母は台所でトウモロコシを茹でていた。

 

「あら、チャンミン!?

学校は?」

 

「今日は昼で帰りなんだ。

家庭訪問だよ。

お母さん、忘れてたでしょ?」

 

「そうだったわね。

うちはいつだった?」

 

「明日だよ」

 

僕は冷蔵庫から冷たい麦茶をグラスに注いで、一気飲みをした。

 

「ねえ、ユノちゃんとこに誰か来てるの?

靴があった」

 

「お友達らしいわね。

同じ大学の子なんじゃないかしら」

 

「ふうん。

...トウモロコシ、どうしたの?

こんなにいっぱい」

 

茹でトウモロコシは鮮やかな黄色で、はち切れそうな粒がむっちりと詰まっている。

 

甘い香りと共に、もくもくと白い湯気が上げていた。

 

がぶりと噛みつきたい衝動に襲われるほど、美味しそうなトウモロコシだった。

 

「職場で貰ったのよ。

親戚が農家さんなんだって。

沢山あるからユノさんのとこに持っていって。

お友達も一緒にどうぞ、って言ってね」

 

僕は母からトウモロコシを盛ったざるを手渡された。

 

「うん」

 

「お友達が来ているのだから、邪魔したら駄目よ」

 

「はあ~い」

 

ユノと一緒に食べたかったなぁと思ったけれど、彼の友だちがいるのなら仕方がない。

 

きしむ階段を2階へと上がり、ユノの部屋の前で立ち止まった

 

いつもなら形ばかりのノックをして、ユノの返事を待たずにドアを開ける。

 

ユノは部屋に鍵をかけない。

 

でも、今日は知らない誰かがいると知っているから、とても緊張した。

 

僕は強度の人見知りなのだ。

 

ドアをちょっとだけ開けて、目が合ったら「どうも」って頭だけ下げて、一階に戻ればいい。

 

うちの下宿屋のドアは引き戸だ。

 

「お母さんがトウモロコシをどうぞって」と、言いながら戸に手をかけた。

 

20センチほど戸が開いた時、僕は一時停止してしまった。

 

僕は木戸に手をかけた状態で、室内で繰り広げられている光景が何なのか、12歳の少年には理解できなかった。

 

カーテンを閉めた薄暗い部屋だ。

 

こんなに暑いのに窓も閉め切ってあるようで、むっとした熱気が充満しているようだった。

 

「......」

 

床に延べた布団の上に肌色がもつれからみ合っていた。

 

二人いた。

 

上になった方が腰を動かしていて、下になった方の両脚が腰に巻きついていた。

 

ユノがどっちなのか、目をこらさないと分からない。

 

僕は頭がまっ白で、目に映る情報が頭に入ってこない。

 

息を止めていたせいで、頭が酸欠状態だったから?

 

生まれて初めて目にしたセックスシーンだったから?

 

異性同士のセックスも知らない、男同士のそれなんてもっと知らない。

 

こくり...と喉が鳴り、鼓動が早くなる。

 

僕は見てはいけないものを見てしまった。

 

今すぐここを立ち去るべきだ。

 

頭では分かっていたけれど、身体がうまく動かない。

 

木戸はあと1センチのところでつっかえて閉まらず、音をたてるわけにはいかないから 時間がかかった。

 

開けたドアはそのままに、そっと部屋の前から踵を返し、階段を駆け下りて台所まで戻った。

 

「ノックしたのに気づいてくれなかった」と、トウモロコシを持ち帰ってしまった嘘の言い訳をした。

 

「それなら部屋の前に置いておけばいいでしょう?

洗濯物もあるから、ついでに持っていくわ」

 

と、母は僕からトウモロコシのざるを取り上げた。

 

母に目撃させたらもっと都合が悪い。

 

「僕が持っていくよ。

お母さんは忙しいんだから」

 

僕は母からざるを奪い返すと、2階へ駆けあがり、敢えてどかどか足音を立てて廊下を歩いた。

 

「ユノー!

差し入れだよ。

ここに置いておくね!」

と、大きな声で言った。

 

そして、ドアの前にとうもろこしのざるを置くと、さっと身をひいた。

 

その動きはまるで、身代金の入ったバッグを置いていくみたいだった。

 

ユノは未だ忙しいようで、返答はなかった。

 

僕に見せられない姿なんだ。

 

友だちを見せたくないとか...?

 

胸の辺りが焼け付くように痛い。

 

裏切られたような、置いてけぼりにされたような、悲しい感情でいっぱいだった。

 

優しくて面白いお兄さん以外の顔を持っているユノに、ショックを受けていた。

 

 

僕が目撃してしまったもの...あれがいわゆるセックスというものだと知ったは、もう少し後だった。

 

あの時は、ただただショックだった。

 

真っ先に「取っ組み合いの喧嘩をしているのでは?」と思い、その後に、喧嘩にしてはなんだか変だと気付いた。

 

僕の頭の中では2つの疑問だけがぐるぐる回っていた。

 

「なぜ裸なんだろう?」

 

「2人は何をしているのだろう?」

 

僕は階段を駆け下り、外へ飛び出した。

 

胸がズクンズクンした。

 

こぶしを握るかのように、心臓がぎゅっと収縮しているのがよく分かるくらいだ。

 

きしむ音に構わず、門扉を乱暴に開けた。

 

ユノが気付いてくれるといい、と思った。

 

僕は、ユノの部屋を見上げた。

 

カーテンは未だ閉まったままだった。

 

飛び出してみたものの行くあてもなく、僕は行きつけのスーパーマーケットまで行き、もっと遠くまで行くべきだと思って、美術館の前まで行った。

 

母に怒られるだろうけど、もっと寄り道をするべきだと、公園のブランコに揺られ、水を飲んでから下宿屋に戻った。

 

昼食を食べていなかったから、空腹で倒れそうだった。

 

ユノの部屋を見上げた。

 

カーテンは未だ閉まったままだった。

 

今度も乱暴気味に門扉を開けた。

 

ユノの部屋を見上げると、カーテンの合わせが揺れていた。

 

すると、ユノがそこから顔を出した。

 

「お!

おかえり」

 

玄関前の僕を見下ろし、いつものように手を振った。

 

今日はじめて、僕を見るかのようだった。

 

僕は力なく手を振り返した。

 

ユノはハーフパンツを穿いていて、上半身は裸だった。

 

前髪は濡れている。

 

いつもだったら、暑さに堪えてTシャツを脱いでしまったのだと思っただろう。

 

でも、今日の裸は意味が違う、と思った。

 

「お母さんにトウモロコシのお礼を言ってくれないか?」

 

ユノはトウモロコシを齧っていた。

 

僕は愛想悪く頷いただけで、家の中に入っていった。

 

とぼけているのだろうか?

 

そのトウモロコシを部屋の前に置いたのは、誰だと思っているのだろう?

 

部屋の前にトウモロコシが置かれてたら、おかしなことをしていたことがバレたのでは?と思わなかったのだろうか。

 

部屋の中で何をしていようと自由だけど、『アレ』については秘密の匂いがぷんぷんしていた。

 

僕に知られたことに気づいているのだろうか?

 

 

(つづく)

 

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