(21)麗しの下宿人

 

 

ユノは片手で口を覆い僕の顔を見つめていたが、がんとして目を反らさない僕にようやく諦めたようだ。

 

「男ってのは、女の人の裸が好きな生き物だってこと、知ってるだろう?」

 

「そうみたいだね」

 

「この『好き』っていうのは、『エッチ』な意味だ。

エッチで分かるか?」

 

「分かってるよ、それくらい」

 

まるで、小さな子供を相手にするかのような言い方にムカついた。

 

「エロいっていう意味でしょ?

スケベっていう意味でしょ?

知ってるよ」

 

「ああ。

胸がザワザワする感じだ。

チャミは12歳だ。

興味が湧くころじゃないかな?

どう?」

 

「僕は女の人の裸は好きじゃない」

 

僕はきっぱり言い切った。

 

『エッチ』とはどういう意味なのかは知っていたけれど、僕には遠い感覚だった。

 

恥ずかしいことだからと言って、嘘をついていたわけじゃない。

 

クラスの女子を含め、街中やテレビで目にする女の人を見て、僕の胸がザワザワしたことはない。

 

「チンコがでっかくなったことはないのか?」

 

「...デカく?」

 

「ああ」

 

「な、なんでそんなこと聞くの?」

 

と、とぼけてみたけれど、ユノと知らない男の人が裸で絡み合っていた光景を思い出すと、決まって妙な気分になって、おちんちんに触れたらいけない気になるのだ。

 

触るどころか、その光景を頭から追い払わないといけない気にもなるのだ。

 

「なんでって言われてもなぁ...。

参ったなぁ...」

 

困り顔になったユノは、首筋をポリポリ掻いたり、天井を見上げたりしていた。

 

ユノが前置きしたように、とても言いにくいことらしい。

 

「...パンツ汚したこと、何度かあるだろ?

朝起きた時、チャミのそこが...カチカチになってたこと...ないのか?」

 

「ユノちゃん!」

 

とても恥ずかしかった一件を持ち出されて、僕は顔を真っ赤にしてユノの腕を叩いた。

 

「『そのこと』は言わないで!!」

 

「アハハハ。

ごめんごめん」

 

「その話は止めて!

僕のおちんちんは何ともないよ!」

 

ユノは振り上げた僕のこぶしを片手で受け止め、そして僕の顔をじっと見つめた。

 

「そうなのか?

そういうものなのかなぁ...。

12歳じゃまだ早いのか...」

 

と、ぶつぶつ呟き出したから、僕は畳を叩いた。

 

「ユノちゃん!」

 

「分かった分かった。

とにかく、これは言いにくいことなんだ」

 

「『オメガ』について、何が言いにくいの?」

 

「チャミが図書館で怖い思いをしてしまったことも、俺が今から話すことと繋がる。

なぜチャミがうなじを隠さないといけないのか」

 

「うんうん」

 

僕はぴしっと背筋を伸ばした。

 

「『オメガ』はとてもエロい」

 

「...エロい?」

 

意外な言葉に、僕はぽかんとした。

 

「...エロい目で見られる」

 

「エ、エロい...」

 

「そうだ。

『オメガ』はエロい。

エッチな存在だ。

特に男にとって」

 

「男の人は女の人が好きなんでしょう?

僕は男だ」

 

「そうだ。

その通りだけど、男は女の人が好きなものだとは言い切れないんだ。

そうじゃない場合もあるんだ...」

 

「......」

 

「男が男を好きなこともある」

 

「ええっ!!」

 

「そういうこともあるけれど...ああ~!!

今はその手の話をしたいわけじゃないんだ」

 

ユノはじれったそうに、前髪をかきあげたりかきむしったりした。

 

「俺が言いたい『好き』とは、『あの子に片想いしてるの~』っていう『好き』じゃない。

 

『好き』の性質が違うんだ」

 

ユノは女の人の声音を真似ると、くねくねと身体をくねらせた。

 

「ユノちゃん!」

 

難しい話になると、すぐにふざけるユノだ。

 

「『オメガ』は誘惑する。

相手が男だろうと女だろうと、誘惑する」

 

「!」

 

「誰しもかれしも誘惑するわけじゃない。

オメガの香りに敏感な者の存在がいる、って言っただろう?

チャミのクラスメイトの中に、チャミの香りに気付いた奴がいたように?」

 

「...あっ!」

 

ユノに指さされて、僕はとっさにうなじに手をやった。

 

「そうだ。

チャミの香り...『オメガ』の香りに気付く者たち。

そういう奴らは、『オメガ』を見ると...『オメガ』の香りを嗅ぐと、滅茶苦茶エッチな気持ちになるんだ」

 

ユノは団扇をパタパタ扇ぎ始めた。

 

「え...?」

 

「『好き』とは違う衝動だから、『オメガ』の性別は関係ない。

チャミが男だろうと関係ない。

エッチな気持ちになった奴らは、『オメガ』にエッチなことをしたくなるんだ。

...滅茶苦茶にね」

 

「......」

 

「チャミは男だが、『奴ら』にエロい目で見られる。

チャミはオメガであるが故に、『奴ら』に襲われる。

『奴ら』は男も女もいるけど、男の方が力が強い。

だから怖いんだ。

チャミは襲われる側。

チャミは羊。

奴らはオオカミだ」

 

「じゃあ、図書館の人って...?」

 

「そいつはチャミの香りに気付けた奴だ。

そいつはオオカミだ」

 

「...っ」

 

「チャミは本能的にそいつに恐怖を感じてしまった。

『こいつは危険だ』って」

 

突然知らない人から腕を掴まれれば、誰だってドキッとすると思う。

 

でも、僕が味わった恐怖心はとても強烈なもので、心臓がぎゅっと握りつぶされるかと思った。

 

下宿屋まで命からがら逃げ帰ってきた、と言っても過言ではない。

 

「参ったな...この街にいるのか。

住民だったら厄介だな」

 

と呟くユノはとても怖い顔をしていた。

 

「どうしよう...!」

 

「大丈夫だ。

明日、お母さんに話して、その後、病院に行くんだ。

襲われなくても済むような薬を出してもらえるはずさ。

薬がある、ってこの前話しただろう?」

 

「そうだった!

あ~、よかった」

 

僕は胸を撫で下ろした。

 

ちりんちりんと風鈴の音が届いてくる。

 

開けた窓からぬるい風が吹き込み、ユノの前髪を揺らした。

 

窓の外を眺めるユノの横顔がとても綺麗だった。

 

「......」

 

ここで僕は、大きな事実に気付く。

 

...ユノは僕の香りに気付いた。

 

ということは。

 

「ユノちゃん!」

 

「んー?」

 

「ユノちゃんもエッチな気持ちになるの?

だって、僕のニオイに気付いたんでしょ?」

 

「......」

 

ユノの表情が、ぼんやりとしたものから真顔に変わった。

 

「いや...」

 

風上に座ったユノは微笑むと、ゆっくりと首を振った。

 

「俺はそうならない」

 

「とても苦しそうだった」

 

「大丈夫だ。

チャミの香りに気付いたかもしれないけど、チャミの側にいてエッチな気持ちになんてなるはずないよ」

 

「ホントに?

襲わない?」

 

「ば~か。

チャミがおねしょしていた頃から知ってるんだぞ?

お前相手に、エロい気持ちになるわけないだろう?」

 

「おねしょしたことなんてないよ!!

酷いよ。

嘘言わないでよ!」

 

「ははっ。

ごめんごめん、ジョーダン」

 

つん、と拗ねる僕を、ユノは「まあまあ」となだめた。

 

こんなやりとりは、いつも通りだった。

 

「チャミが『オメガ』だと気付いた俺だけど、変な気持ちになったことはない。

 

チャミの香りを嗅ぐと、少しだけ具合が悪くなるだけさ」

 

僕は『オメガ』になったらしいけれど、僕に対するユノの態度は全然変わっていないから、彼の言葉は信じていいんだ。

 

(つづく)

 

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