「......」
遠回しに、「一緒にいたあの人は誰なの?」と問いただしていた。
去年の僕と違うのは、多少の知識があった点だ。
ユノはアルファだということ、男同士で愛しあうことができること、オメガの男は妊娠できること、アルファとオメガは惹き寄せあっていること...例えそれが暴力的なものであったとしても。
ユノには、裸で抱き合える仲の誰かが居たってことだ。
涙腺をゆるみそうになったのを、眼に力を入れて堪えた。
「とうもろこしとは全然違う匂いだよ。
とうもろこしをユノちゃんの部屋の前に置いたのは僕なんだよ。
持ってきたよ、って教えようとしたんだけど、お客さんが居たから止めたんだ」
「......」
ユノは黙っている。
否定も肯定もしない。
僕をまっすぐに見据えている。
でも、時折焦点が合わなくなるのは、迷っているせいなのか。
アルファらしい鋭い目の光は無く、隙だらけのユノは“普通の人”に見えた。
アルファの仮面を脱いだユノの姿も好きだと思った。
「あれは...」
ようやくユノが沈黙を破りかけた時、僕は猛烈な後悔の念に襲われた。
『ごめん、僕の勘違いだった。変なこと訊いてごめんね』と、質問を撤回したくなったんだ...でももう遅い。
迷いが吹っ切れたのか、ユノの眼に意志が戻ってきた...ように見えた。
「わかった」
ユノはふぅっと大きな吐息をついた。
「話すよ」
僕の心臓がぎゅっと縮んだ。
知りたくないことを聞かされる、って分かったんだ。
「えっと...変なこと訊いてごめんね。
誰なのかなぁ、って思っただけ...あはは」
「いや...。
話すよ。
まさかチャミに見られていたとは思わなかった」
ユノは投げ出していた片脚を引き寄せ、膝を抱いた両腕に顎を乗せた。
「隠すつもりはなかった。
あの頃の俺とチャミは、下宿屋の息子と下宿屋で、年の離れた友達同士だった。
友達だからって、なんでもかんでも話すわけないだろ?」
「う~ん...。
僕、友達がいないからよく分かんないや」
しょんぼりしている僕の頭に、ユノの大きな手が乗った。
「俺が友達じゃないか、だろ?」
「そうだったね!
でもさ、僕はユノちゃんには、なんでも話せるよ!
質問されたら、なんでも答えるよ!
ユノちゃんに隠し事なんてないよ!」
「本当に、そうかな?」
ユノはじぃっと、僕を見つめた。
黒く濃いまつ毛が、切れ長のまぶたを縁取っている。
ドキリ、とした。
事細かに教えてあげたくても、ユノの側で過ごせる時間は限られている。
それから、ユノに伝えにくいことも沢山ある。
例えば、身体の変化やユノへ抱く気持ちの内訳などがそうだ。
どれだけ隠そうとしても、優秀なアルファのことだから、僕の気持ちも考えも何もかも見透かしていそうだ。
この人の側にいて、内緒ごとを抱え続けるのは難しいなと思った。
今だってそうだ。
昨年この部屋で目にした光景についてのモヤモヤを放っておけなくて、問いただしてしまった。
ユノの眼には僕はどんな風に映っているのだろう。
ぶかぶかの制服を着たひ弱なガキが、ユノの眼に映りこんでいそうだ。
大人の私生活に口を挟むなんて、ガキのすることだ。
「言いたくないこと...ある」
「だろ~?」
そう言ってユノは、僕の頭をガシガシと撫ぜた。
「あの頃は、チャミに教える必要はないと思った。
まさかチャミが『オメガ』だとは知らなかったからだ。
俺が『アルファ』だと、チャミに知らせていなかったからな」
「うん...」
「20過ぎた男が、自分の恋愛事情を小学生にべらべら喋ったら気持ち悪いだろう?」
ぐさっ。
胸に太い矢が突き刺さった。
「あんなところ見せてしまって、マジで恥ずかしいよ」
「びっくりしたよ」
「セックスしてるところなんて、絶対に見られたくない。
ショックだったろ?」
「そのわりには、恥ずかしそうにしてる風に見えないよ?」
「そう見えるかもしれないが、俺の中はパニック状態だよ。
『やべぇ、チャミに見られてたか!』ってさ。
手汗がすげぇ。
ほら」
握られたユノの手は汗で湿っていた。
「ホントだ」
「しかもさ」
と言いかけた続きは、とても話しにくい内容らしく、少しの間が空いた。
「しかも、相手が男で...驚いただろ?」
「...うん」
「男同士でもセックスできるんだよ」
「知ってるよ」
男女間でのみ可能な行為だと思っていたことが、オメガ認定された以降、性に関する知識が増えていった。
男のアルファオメガカップルの写真も見せてもらった。
「チャミが見た通り、俺は男としかセックスしたことはない。
どういう意味が分かるか?」
「え...あ、うん。
そ、そうなんだ!」
この発言はびっくりだ。
「男を部屋に連れ込んだのは初めてだ。
チャミは学校に行ってる時間たったからさ」
「家庭訪問の日だったから学校が早く終わったんだよ」
ユノは「そっか」と言って、苦笑した。
「彼とはもう会っていない。
チャミが『オメガ』だと分かってすぐ、二度と会わないと伝えた」
「そうなの?」
「当たり前だろ。
チャミが『オメガ』に目覚めた時、立ち会ったのは俺だ。
だから、俺にはチャミを護る義務がある。
恋人は作らない」
ユノの言葉は嬉しかった。
嬉しかったけど、知りたい事実は未だ残っている。
僕は灰皿の吸い殻を指さして質問した。
「じゃあどうして、あの煙の臭いがしたの?」
・
誤魔化すことなく認めたユノは偉いと思う。
でもさ、正直言って僕の心は潰れそうで今の話を受け止め切れないよ。
あんなかっこいいユノに恋人がいなかった方があり得ない話だ。
恋人がいて当然なんだ。
でもさ。
『俺はひとりで部屋にいた。誰もいなかった。チャミの夢の話じゃないのか?』って、しらを切って欲しかった。
僕に知られたくないから嘘をついて欲しかった。
知りたいけど知りたくない...矛盾しているのは分かっているんだけれど。
(つづく)