※当作品はオメガバース設定です
「次の診察は来月ですね。
今日から処方内容が変わりましたから、慣れるまで気分が悪いかもしれない」
医師は処方箋を僕に手渡しながら言った
「今回の内診ではこれといった変化は見られなかったけれど、微熱が続くとか、お尻から何かが出るとか変わったことがあれば、どんな小さなことでも教えてね」
「はい」
「ユノさん、チャンミン君の付き添いご苦労様。
...貴方も“いろいろ”と大変でしょう」
と、医師に労われたユノは苦笑した。
「まあ...そうですね」
授業で教師が言っていたように、アルファのユノにとって僕の側にいることはやはり、辛いのか
僕の香りが強い時期は距離を取ったり、お互い服薬を続けていたり、アルファ除けになる煙だとか、僕らなりに気をつけて生活をしているつもりだった。
「平気?」
「まあまあ、です」
ユノみたいな強い人は弱音を吐かないはずなのに、弱気な彼の言葉に驚いた。
僕の傍に居ることは試練に近いらしい。
悲しくなった。
「強がりを言っているのではなく?
正直に教えてください。
私は貴方を責めません」
意思はユノの言葉を鵜呑みにできないぞとばかり、彼の顔をじぃっと見据えていた。
「貴方のやせ我慢が、チャンミン君の安全にかかわることなのよ」
「そうですね」
僕は2人のやりとりをハラハラしながら聞くしかなかった。
ユノに頑張ってもらわないと、僕が困る。
だって、ユノがギブアップしてしまったら、彼が下宿屋を去るか僕は学生寮に入る
13歳だから許されるわがままだ。
僕はユノが何と答えるのかを、息を詰めて待った。
「...でも、俺は貫きとおしますよ。
チャミの属性変化を目の当たりにしたのは俺です。
俺がアルファであるばかりに、チャミに不自由な思いをさせたくない。
本来なら、俺がチャミんちを出るのが最適なんでしょうけどね」
医師は相槌を打ちながら、ユノの話を聞いている。
「チャミを護れる人は、俺を除いて他にいません。
なんせ、母親がオメガなのですから」
「その通りね」
そんな重たい覚悟を持って、僕んちの下宿屋に住み続けていたのか
2人だけの時には聞かされることがない、ユノの気持ち。
診察室の中ならば、医師を前に嘘はつけない。
ユノの言葉は本物だと確信した。
「俺自身がチャミを傷つけることはありません。
約束します」
「その言葉を聞けて安心したわ」
医師の肩の力が抜けた。
彼女自身も緊張していたのだろう。
「今の会話は聞かせたくない内容だけど、チャンミン君に自覚してもらいたいと思って、敢えて聞いてもらったのよ」
「うん」
ユノは医師に頭を下げると、「帰ろうか」と診察室のドアを開けた。
「ユノちゃん、先行ってて」
「え?」
僕はユノの背中を押して診察室から追い出すと、ドアをぴしゃりと閉めた。
「オーケー。
待合室にいるよ」
ドアの向こうからユノの気配が消えたのを確認した。
「先生に聞きたいことがあります。
悩み事があったら何でも相談にのる、って言ってましたよね?」
「そうよ。
チャンミン君はいい子過ぎて、何も言わないんだもの。
遠慮しているのかな、って思ってたの。
無理に聞き出すこともできないから、心配していたのよ」
僕の真剣な様子に、立ち話で済まされないものを感じ取ったみたいだ。
「座りましょうか」と僕を促し、自身も患者用の丸椅子に腰かけた。
「えっと。
僕、知りたいんです。
...『番』についてです」
「授業で習ったのね」
「はい。
言葉だけ。
来週の授業でもっと詳しく教えてくれるみたいです」
「それはよかった。
1年くらい前...あなたが初めてここに来た日のことよ。
1枚の写真を見せたでしょう?」
「あ」
赤ちゃんを抱いた二人の男性の写真のことだ。
「彼らは『番』制度で結ばれた関係なの。
お互いが『特定の人』なの」
「......」
「僕とユノちゃんは...『番』ですか?」
どうやら医師は、僕の質問を予想できていたみたいだ。
驚いた風はなかった。
「気になるわよね」
「だって、僕がオメガだって初めて気づいたのはユノちゃんでしょ?
僕のことを守ってくれてるし...」
医師は「そうなってくれるといいね」と言って、中途半端な笑顔を見せた。
胃のあたりがずん、と重くなった。
「あなたたちは年が離れている。
特に、チャンミン君が未だ子供だから心配。
先生としては、あなたの『番』が見つかるのは、もっと後になって欲しいな」
「どうして?」
「ほら。
アルファとオメガの関係性は、どうしても生殖活動が伴ってくるからね」
「あ...」
「近いうちに チャンミン君に“発情期”が訪れる
その時、ユノさんがどうなるか、実際になってみないと分からないの。
だから今は何とも言えない。
ごめんね」
(つづく)