(50)麗しの下宿人

 

※当作品はオメガバース設定です

 

「次の診察は来月ですね。

今日から処方内容が変わりましたから、慣れるまで気分が悪いかもしれない」

 

医師は処方箋を僕に手渡しながら言った

 

「今回の内診ではこれといった変化は見られなかったけれど、微熱が続くとか、お尻から何かが出るとか変わったことがあれば、どんな小さなことでも教えてね」

「はい」

「ユノさん、チャンミン君の付き添いご苦労様。

...貴方も“いろいろ”と大変でしょう」

と、医師に労われたユノは苦笑した。

「まあ...そうですね」

 

授業で教師が言っていたように、アルファのユノにとって僕の側にいることはやはり、辛いのか

僕の香りが強い時期は距離を取ったり、お互い服薬を続けていたり、アルファ除けになる煙だとか、僕らなりに気をつけて生活をしているつもりだった。

 

「平気?」

「まあまあ、です」

 

ユノみたいな強い人は弱音を吐かないはずなのに、弱気な彼の言葉に驚いた。

僕の傍に居ることは試練に近いらしい。

悲しくなった。

 

「強がりを言っているのではなく?

正直に教えてください。

私は貴方を責めません」

意思はユノの言葉を鵜呑みにできないぞとばかり、彼の顔をじぃっと見据えていた。

 

「貴方のやせ我慢が、チャンミン君の安全にかかわることなのよ」

「そうですね」

 

僕は2人のやりとりをハラハラしながら聞くしかなかった。

ユノに頑張ってもらわないと、僕が困る。

だって、ユノがギブアップしてしまったら、彼が下宿屋を去るか僕は学生寮に入る

13歳だから許されるわがままだ。

僕はユノが何と答えるのかを、息を詰めて待った。

 

「...でも、俺は貫きとおしますよ。

チャミの属性変化を目の当たりにしたのは俺です。

俺がアルファであるばかりに、チャミに不自由な思いをさせたくない。

本来なら、俺がチャミんちを出るのが最適なんでしょうけどね」

 

医師は相槌を打ちながら、ユノの話を聞いている。

 

「チャミを護れる人は、俺を除いて他にいません。

なんせ、母親がオメガなのですから」

「その通りね」

 

そんな重たい覚悟を持って、僕んちの下宿屋に住み続けていたのか

2人だけの時には聞かされることがない、ユノの気持ち。

診察室の中ならば、医師を前に嘘はつけない。

ユノの言葉は本物だと確信した。

 

「俺自身がチャミを傷つけることはありません。

約束します」

「その言葉を聞けて安心したわ」

 

医師の肩の力が抜けた。

彼女自身も緊張していたのだろう。

 

「今の会話は聞かせたくない内容だけど、チャンミン君に自覚してもらいたいと思って、敢えて聞いてもらったのよ」

「うん」

 

ユノは医師に頭を下げると、「帰ろうか」と診察室のドアを開けた。

 

「ユノちゃん、先行ってて」

「え?」

僕はユノの背中を押して診察室から追い出すと、ドアをぴしゃりと閉めた。

「オーケー。

待合室にいるよ」

 

ドアの向こうからユノの気配が消えたのを確認した。

 

「先生に聞きたいことがあります。

悩み事があったら何でも相談にのる、って言ってましたよね?」

「そうよ。

チャンミン君はいい子過ぎて、何も言わないんだもの。

遠慮しているのかな、って思ってたの。

無理に聞き出すこともできないから、心配していたのよ」

 

僕の真剣な様子に、立ち話で済まされないものを感じ取ったみたいだ。

「座りましょうか」と僕を促し、自身も患者用の丸椅子に腰かけた。

 

「えっと。

僕、知りたいんです。

...『番』についてです」

「授業で習ったのね」

「はい。

言葉だけ。

来週の授業でもっと詳しく教えてくれるみたいです」

「それはよかった。

1年くらい前...あなたが初めてここに来た日のことよ。

1枚の写真を見せたでしょう?」

「あ」

 

赤ちゃんを抱いた二人の男性の写真のことだ。

 

「彼らは『番』制度で結ばれた関係なの。

お互いが『特定の人』なの」

「......」

「僕とユノちゃんは...『番』ですか?」

 

どうやら医師は、僕の質問を予想できていたみたいだ。

驚いた風はなかった。

 

「気になるわよね」

「だって、僕がオメガだって初めて気づいたのはユノちゃんでしょ?

僕のことを守ってくれてるし...」

 

医師は「そうなってくれるといいね」と言って、中途半端な笑顔を見せた。

胃のあたりがずん、と重くなった。

 

「あなたたちは年が離れている。

特に、チャンミン君が未だ子供だから心配。

先生としては、あなたの『番』が見つかるのは、もっと後になって欲しいな」

「どうして?」

「ほら。

アルファとオメガの関係性は、どうしても生殖活動が伴ってくるからね」

「あ...」

「近いうちに チャンミン君に“発情期”が訪れる

その時、ユノさんがどうなるか、実際になってみないと分からないの。

だから今は何とも言えない。

ごめんね」

 

(つづく)