(1)ユンホ先輩

ユンホ先輩について語ろうと思う。

29歳まで勤めていた会社で、僕はユンホ先輩と7年間共に働いた。

「ユンホ先輩を超える人が今後現れるか?」と問われたら、僕は「現れない」と即答するだろう。

エネルギーの塊のような人なので、傍にいて疲れることも多かったけれど、僕とは真反対の素直な明るさに、救われたこともしばしばだった。

 

 

3歳年上のユンホ先輩は、同じ部署で僕と同様ヒラだった。

すっきりとした顔立ちで長身といった、見た目は仕事ができる風だった。

「できる風」と言ったのには理由がある。

ユンホ先輩は不良社員だった。

度重なる遅刻早退、欠勤。

外回り中のサボりは当たり前で、社に戻らず自宅に直帰してしまうこともしばしばだった。

当時は特に、世知辛いご時世。

常識的な会社だったらとっくの昔に解雇しているはずなのに、ユンホ先輩はこうして今もここにいる。

なぜ、クビにならないのか...?

僕ら他社員の3カ月分の売り上げを、ユンホ先輩はたった1日で達成してしまうのだ。

ユンホ先輩はなくてはならない人材だった。

キャラクターが多少、濃かったとしても、目をつむろうではないか...会社のスタンスはそうだった。

部署でただ一人、きれいに有休を使いきっても堂々としていた。

ぎょっとするほど大きな声で笑い、定年退職する課長の送別会で号泣していた。

ユンホ先輩が常連クレーマーからの電話に出た時のことだ。

話が長く理不尽な言いがかりに、

「気に入らないなら買うんじゃねぇ!

二度とかけてくるな!」

と一喝してガチャンと電話を切っていた。

僕は心の中で拍手していた。

(もちろん、上司たちも)

 

 

僕らの部署は、部長、課長、主任、ユンホ先輩、僕...以上5人所帯で、年の近いユンホ先輩と共に行動する機会が自然と多くなる。

入社したばかりの頃は、ユンホ先輩の言動をまともに受け取って振り回されてヘトヘトになっていた。

部長に泣きついたこともあったっけ?

「あの人は一体、何なんですか!?」と訴えると、「もうしばらく我慢してくれないか?」と僕の肩をポンポン叩いてなだめた。

(その翌週、ユンホ先輩は大口注文を取ってきて、昨対を落として焦っていた署員一同、拍手喝采だった)

 

 

数年も一緒にいれば、聞き流す術も上達する。

「天ぷらを食いにいくぞ」と、ユンホ先輩に昼食を誘われたけれど、蕎麦の気分だった僕は「先輩ひとりで食べてきてください」と、きっぱり断った。

ユンホ先輩相手の場合、おことわりの言葉も曖昧ににごしていたら駄目だ。

「チャンミン、お前は天ぷらが食べたいはずだ。

俺と天ぷらを食べていれば間違いなし!

チャンミンの今日の昼めしは、天ぷらだ!

天ぷらを食う運命だ」

と、強引に天ぷら屋に引っ張っていかれてしまう。

断られたからと言って、しょげるユンホ先輩じゃないし、その日の彼は独りで昼食をとる気分じゃなかったらしい。

「今日の昼めしは蕎麦にする」と、僕の後を追いかけてきた。

風邪気味で身体がだるかった僕は、「今日の先輩は、ひとりで天ぷらを食べる運命なんですよ」と、ユンホ先輩を追い払った。

ユンホ先輩はがっくし肩を落とすと、「可愛くない後輩だ」と僕とは逆方向へUターンした。

「先輩...天ぷら屋はそっちじゃないですよ」と呼び止めるべきなんだろう。

でも、後輩に断られて、多少は傷ついているユンホ先輩のプライドのために、開きかけた口を閉じた。

広い肩幅や高い腰の位置に、スタイルいいなぁと見惚れた。

僕はここで気付いた。

先輩に向かって無遠慮にズケズケと言えるのも、相手がユンホ先輩だからだ。

僕はユンホ先輩の前だと、自由に素直に振舞える。

これってなかなか、凄いことじゃないかな?

 

(つづく)