【20】NO?ー僕の知らぬ間にー

 

~ユン~

 

俺の言動一つで、振り回される相手を目にするのは愉快だ。

 

自分の外貌が周囲に与える影響を承知しているから、恵まれた条件を利用させてもらっている。

 

 

飛んで火にいる夏の虫。

 

 

光に誘われて集まる不快な虫たちの中には、稀に美しい蝶が迷い込んでくる。

 

羽を休めて眠りについている時刻になのにも関わらず。

 

 

俺は美しいものが好きだ。

 

 

俺の手のひらにひらりと止まったそれを、眺めて愛でた後、その羽をむしる。

 

羽を失い毛虫と成り下がったそれも、しばし眺めた後、手の平を傾げて地面にポトリと落とす。

 

 

残酷だろう?

 

 

真白な造形を指先から創造するには、破壊行為が必要なんだ。

 

 

「ユンさん...」

 

液状粘土の入ったポリバケツを下げた民に呼ばれた。

 

「あの...出来ました」

 

必死に作業していたのだろう、長めの前髪が汗で額に張り付いていた。

 

細かくちぎった粘土に水を少しずつ加えて揉みこんで、どろどろの状態にするよう指示をしておいたのだ。

 

粘土10㎏分。

 

前のアシスタントだったら1日かかったものを、この子は半日でやり遂げたか。

 

細い腕を肘まで白く汚していて、汗をぬぐった時に付いたのか額に乾いた粘土がこびりついている。

 

「こんな感じで...よろしいですか?」

 

丸いカーブの上瞼の下のみずみずしい瞳が、俺の言葉を待っている。

 

褒めてもらいたがってる顔をしている。

 

「付いているよ」

 

民の額の汚れを親指で拭ってやる間、ギュッと目をつむったりして、可愛い顔をするんじゃないよ。

 

滅茶苦茶にいじめたくなるじゃないか。

 

まさか本気にするとはな。

 

面白半分で「来ないか?」と誘ったのを真に受けて、ここまで訪ねてきた。

 

飲み込みも早く、真面目で賢そうな子だと、接客してもらった時に見抜いていたが、

 

そんなことよりも、民の見た目や佇まいが好みだったというのが、民を誘った最大の動機だ。

 

悪いが俺は、残酷な男だ。

 

疑うことを知らない純真な眼を見ていると、君の羽をむしりたくなるんだよ。

 

民の尻に手を伸ばしかけたが、「まだ早い」と思いとどまった。

 

 


 

~民~

 

「うわぁ...」

 

閉店後の美容院で、照明が絞られ、タオルハンガーに大量のタオルが干されている中、民は鏡の前に立っていた。

 

身体にぴったりフィットしたベストに、お尻がぎりぎり見える超ミニのプリーツスカートを身に着けている。

 

「ファストファッション店で買ってきたものを改造しているんですよ」

 

ウエスト部分に、合皮製のベルトを当てながらカイが言った。

 

「休日は、手芸店や古着屋を回っています。

衣装に使えそうなものを買い集めているんですよ」

 

襟ぐりと肩口に銀色のスタッズがびっしりと並んでいる。

 

「地区予選の前の晩、Aちゃんと徹夜をして付けたんです。

延々と」

 

「すごいですねぇ」

 

スカートから民の長くて細い脚が伸びて、用意された靴のサイズが合わずに裸足のままだ。

 

「今年のテーマは『フューチャー』です。

メタル感とウェット感を、ヘアカラーとスタイリング、衣装の3つで表現するのです。

だから、仮装大会じゃありませんよ」

 

黒のTシャツにベストを合わせたカイは、鏡に映る民と目を合わせて言った。

 

「カイさーん。

このラメじゃやり過ぎですか?」

 

椅子に乗って民のまぶたにアイシャドウを塗っていた女の子が、メイクと衣裳を担当するAちゃんだ。

 

カイの勤めるサロンでは、もう一人ファイナル進出を果たしたスタイリストがいる。

 

反対側の鏡の前でカイたちと同じように、モデルを囲んで衣裳合わせをしている。

 

折れそうに華奢なモデルに、シルバーのフェイクファーのドレスを着せていた。

 

「民さんは太ももが細いし、お尻の形を引き立てるような...」

 

カイは民の下半身をひとしきり眺めたあと、何度か頷き、

 

「スカートじゃない方がいいですね。

Aちゃん、ブルーのパウダー持ってきて」

 

Aちゃんはメイクボックスから探し出した容器を、カイに手渡した。

 

パウダーをたっぷりとつけた指を、民の太ももにこすりつけた。

 

「後で拭きとるので、安心してください。

うん、いいね。

タイツなんか履かずに、脚をペイントした方がいいね、うん」

 

「シルバーの革パンをカットしましょうか?」

 

「そうしよっか。

ぴたっと肌に張りつかせて、腰骨とお尻の形がもろ出る感じにしたいよね。

アンドロイドなのに、ここだけ骨っぽさと肉感があって...っていう風にしたいんだ」

 

民のお尻の側で、カイとAちゃんがああでもないこうでもない、と衣裳づくりの相談をしている。

 

(カイさんが言うと全然、イヤらしくない。

私のコンプレックスを美点にしてくれる。

嬉しい)

 

カイは民の正面に立ち、民の前髪をかきあげたり下ろしたりし始めた。

 

「お客さんとしてせっかく今の髪色にしたのに申し訳ありませんが、一度リセットさせてもらいます。

 

3日かけて髪をブリーチします。

 

真っ白になるまで色を抜きます。

 

コンテストの前日に、色を入れます」

 

「ひどいんですよ、カイさんは。

私の頭はカイさんの実験台なんですよ」

 

Aちゃんはダークグリーンの髪を引っ張りながら口を尖らせた。

 

「民さんと出会えてよかったです。

もしモデルが見つからなかったら、Aちゃんをモデルにして出場する予定でした」

 

「私みたいなちびっ子がステージに上がったら、それだけで落選ですよぉ」

 

「カイさん。

髪型のことですけど...」

 

民は前日チャンミンに言われたことで、気がかりなことがあった。

 

カイは民の心配が何であるかすぐに察したようだった。

 

 

「安心してください。

 

ファイナルステージでは、髪はほとんど切りません。

 

ヘアはあらかじめ作りこんでおいて、ステージ上ではスタイリングの仕上げを行うだけです。

 

少しだけハサミを入れますが。

 

突飛なヘアスタイルとカットテクニックを披露するコンテストじゃありません。

 

日頃のサロンワークを通して身につけたテクニックとセンスを駆使して、モデルのもつ美をどれだけ引き出せるか...っていう趣旨なんですよ。

 

衣裳は別にして、髪型はサロンスタイルじゃ駄目なんです。

 

街中で歩いていてもおかしくない髪型じゃないと。

 

カット主体のコンテストは、それこそなんでもありですがね。

 

髪の色はすごいことになると思いますが、コンテストの後に色は戻してあげますから。

 

安心してください」

 

目を輝かして語るカイの話を聞いているうちに、民の気持ちもワクワクしてきた。

 

 

(日々のサロンワークから吸収したものを、ここぞという時に発揮するのね。

 

技術だけじゃなくて、アートな才能も必要なんだ。

 

ユンさんもそうだけど、カイさんもアーティスト。

 

きっと彼らの頭の中は、目指す色や形がはっきりとあるんだろうな)

 

ふとした時に、ユンが宙を見つめてじっと動かないままでいる時があった。

 

(きっと、浮かんだイメージを逃さまいと追っているときなんだ)

 

 

「カイさんは、どうしてコンテストに挑戦するんですか?」

 

民が尋ねると、カイは照れ臭そうに笑って言った。

 

「好きなんでしょうね、こういうことが。

 

モデルになってくれた人に似合うスタイルを、思う存分追求できる機会ってありませんから。

 

出場料も高いし、カラーリング剤や衣裳の材料費は自分持ちです。

 

モデル料はご心配なく、これはサロンから出ます」

 

「頑張ってくださいね」

 

「もちろん。

民さんという素材を、頑張って調理しますから」

 

 


 

~チャンミン~

 

チャンミンは待ち合わせのレストランへ向かう電車に乗っていた。

 

(よくよく考えると、レストランは別れ話の場にふさわしくなかった。

 

食事をしながら別れを告げるなんて、無神経も甚だしい。

 

メインディッシュを食べ終えて、食後のコーヒーの時に「話がある」なんてあらたまって切り出されたら、胃におさめたそれまでの食事を吐き出したいくらい不味いものになってしまう。

 

しまったな。

 

今ならリアに予定変更をお願いできるかもしれない...)

 

携帯電話を操作しかけたその時、着信音が鳴り響いて、驚いたチャンミンはそれを取り落としそうになる。

 

「リア」

 

『チャンミン?

仕事が休みになったのよ。

今、家に居るの。

外へ出て行く元気がないから、外食はナシにして、いいでしょ?」

 

「ああ」

 

助かった、とチャンミンは安堵した。

 

何事につけ、チャンミンは断りの言葉を口にすることが苦手だった。

 

「こんなんで、ホントに大丈夫なのかよ...」

 

自分を叱咤するように、独り言をつぶやいた。

 

(情けない。

なにビビってるんだ)

 

腕時計が19時を示している。

 

(民ちゃんは帰りは22時を過ぎると言っていた。

 

それまでは、リアと2人きりになれる。

 

よし。

 

すぐに帰宅して、家に居るリアと話をしよう。

 

2人きりになれる場所で、まっすぐ彼女の眼を見て告げよう)

 

チャンミンは予約を入れていたレストランへキャンセルの電話を入れると、家路を急いだのだった。

 

 

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