~チャンミン~
スクリーンに民ちゃんが映る。
前髪のひと房だけを青く染め、上瞼ぎりぎりで切られた前髪の下で光る透明な瞳。
高い頬骨に塗ったグリッターが濡れたように光っている。
そういえばK君がコンセプトについて説明をしてくれた。
「『フューチャー』です。
民さんの中性的なスタイルはアンドロイドのようです。
でも、優しい目付きをしていますから、アイライナーで囲ったりせずナチュラルに仕上げたいと思います。
つまり、メタリックなBODYに反して、顔は人間的で温かみがある感じにしたいのです」
無機質なメタル感ある衣裳とラメが輝く手足。
ぺったりと額にはりついた前髪のほかは、バサバサに逆立ててドライ感をだしている。
僕が試着した時よりもパンツは短くカットしてあり、民ちゃんの細くて長い脚がまっすぐ伸びている。
メインステージにKさんを残して、民ちゃんは会場に向かって歩く。
いつもの民ちゃんの歩き方だった。
まっすぐ膝を伸ばしてかかとから着地するしっかりとした脚運び。
(歩き方は男っぽいんだけど、立っている時は少し内股なんだ)
民ちゃんのことだ、神妙な面持ちだけど、きっと恥ずかしくてたまらないんだろうな。
スポットライトが民ちゃんを正確に追いかける。
ランウェイの突き当りで立ち止まり、顔を交互に傾けて会場の面々にスタイリングを披露する。
10数秒後、Uターンしてメインステージに引き返す。
少し余裕がでてきたのか、客席の方へ視線を向けている。
その時、民ちゃんと目が合ったと思った。
ライトを浴びた民ちゃんには、ここにいる僕の姿なんて絶対に見えるはずないのに。
内緒にしていたから、会場に僕がいるなんて知らないのに。
民ちゃんが一瞬、照れ笑いをした。
目を細め鼻にしわをよせた、いつもの民ちゃんの笑い方だった。
スクリーンに映し出された民ちゃんの両耳が真っ赤だった。
ぞくぞくっと寒気が背筋を走る。
もし僕が今、民ちゃんと同じ衣裳を身に着け、同じヘアスタイル、メイクをしたとしても、こうはなれない。
僕は男で、民ちゃんは女だからなんてことが理由じゃない。
僕にはなくて民ちゃんだけが持っている透明感の差なんだろうと思う。
涙が溢れていた。
民ちゃんの魅力に最初に気付いたのは僕だ。
民ちゃんの魅力に誰も気づかないで。
これ以上、綺麗にならないで。
いつものTシャツ姿に戻って欲しい。
ねえ民ちゃん、僕のことを見て欲しい。
競技とショーイングを終えた面々は、結果発表を待つだけとなった。
KとA、民は自販機で買った冷たい飲み物で一服をしていた。
競技会では審査員たちがボードを片手に、ステージにずらりと並ぶモデルをつぶさに見て審査していく。
息がかかるくらい顔を近づけてカットラインを観察したり、中には胸ポケットに入れたコームでカラーの染まり具合を確認する審査員もいた。
その間、民は息を止めて腰に片手を当てたポーズをキープしていた。
長時間の同じ姿勢でいたのと大勢の人からの視線、眩しく熱いライトで、民はへとへとだった。
「記念写真を撮りましょうよ」
一息ついた後、AはKと民を誘う。
「いいね!」
「民さん、あの柱の前に立ってください」
Kは携帯電話を片手に、背景にうってつけの太い柱を指さした。
写真を撮られることが苦手な民だったが、一生に一度あるかないかの晴れ姿だ。
ステージに上がった高揚感も手伝って、Kの指示通りにポーズをとる。
「私の携帯電話でも撮ってください」
「もちろん」
「最後は3人一緒に!」
近くにいた者にカメラマンを頼んで、3人顔を寄せ合って笑顔の1枚をおさめた。
短い期間だったが共に頑張った「戦友」同士の記念写真だ。
民は口元をほころばせながら撮影した写真を1枚1枚見ていく。
(カットモデルをやってみてよかった。
KさんもAちゃんも、いい人だった。
一生懸命になってる人たちの側にいられて、楽しかった。
それから...こんな自分は初めて!)
かかとは靴擦れを起こしてヒリヒリしていたし、肩も腰もバリバリと音がしそうなくらいに凝っていたけれど、民は幸せだった。
その中の1枚に、気取ってポーズをとった後恥ずかしくなって顔をくしゃくしゃにして笑った写真があった。
目は糸のように細く、思い切り笑っていたため歯茎も見えてしまっていたが、「この写真が一番好きだ」と民は思った。
(チャンミンさんに送ってあげよう)
撮ってもらった中から、選りすぐりのものを5枚ほど続けさまに送信した。
(つづく)
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