【57】NO?

 

 

~民~

 

 

今は仕事中だから、休憩時間に見てくれるといいな。

 

きっと驚くだろうな。

 

こんな私でも、綺麗に見える時があるんですよ、って。

 

そこで、初めて気づいた。

 

綺麗に撮れた写真を真っ先に見てもらいたいのは、お兄ちゃんや友達や、それからユンさんでもなく、チャンミンさんだということに。

 

平日開催のコンテストに、会社勤めのチャンミンさんを誘うわけにはいかなかったが、もし週末開催だったとしたら、絶対にチャンミンさんを招待していたのに。

 

実は、ユンさんを招待したことをほんの少しだけ後悔していたのだ。

 

ランウェイでユンさんを見つけた時、嬉しさよりも猛烈な恥ずかしさが自分を襲った。

 

「見られたくなかった」と思った。

 

仕事を通じた顔しか知らないユンさんに、私の赤裸々な部分を見せるのは、まだタイミング的に早いと思った。

 

そして、ユンさんは秘密だらけで、求められてもいないのに自分をさらけ出すのは怖いと思った。

 

憧れの人には、丸ごとの自分を見せたくない。

 

でも、チャンミンさんには丸ごとの自分を見せても大丈夫だという安心感があった。

 

なんでだろうね。

 

顔が似ているから?

 

チャンミンさんは優しい人だから?

 

分からない。

 

私はため息をつくと空いているベンチに腰掛け、ロビーのあちこちで写真撮影をする人々を眺めた。

 

KさんとAちゃんは、「また後で」とどこかへ行ってしまった。

 

今後の勉強のため、気になるスタイリングを写真におさめにいったのだ。

 

私の方も可愛いモデルさんが何人かいたので、見かけ次第声をかけて写真を撮らせてもらことにした。

 

ごく稀にプロのモデルさんもいるけれど、大半はスカウトされたり、知人友人関係なんだとか。

 

「失礼ですが、男の方ですか?」と、何度か尋ねられた。

 

いつもだったら苦笑まじりに「女です」と答えていたけれど、今日は「はい、そうです」と真逆なことを言える余裕があった。

 

Kさんと同じテーマの「フューチャー」のモデルさんたちは、シルバーや白、ブルー系統でまとめているものが多い。

 

ステージ上で「お!」と思ったのが、3人向こうにいたレインボーカラーに染めた「作品」

 

「フューチャー」なのに7色にカラフルでポップだったから、同じテーマでも解釈によってガラリと世界観が変わるんだ、と思ったのだ。

 

グラデーションに染めるのは難しいとKさんは苦労していたから、どうやって染めたんだろうと、そのテクニックが凄いと思った。

 

そう。

 

私たちモデルは、選手たちが作り上げた「作品」なのだ。

 

今の私は「私」じゃない。

 

Kさんの「作品」なのだ。

 

私という髪と顔と身体がキャンバスになっただけなのだ。

 

打ち込めるものと才能を持つKさんやAちゃんが羨ましかった。

 

私も、自分自身の手で私自身を創ることはできるのだろうか。

 

自分の特技や趣味ってなんだろう、と考えていたら、

 

「民くん」

 

背後から聞き覚えのある声をかけられ振り向くと、ユンさんだった。

 

「ユンさん!」

 

慌てて立ち上がると、頭を下げた。

 

今日のユンさんは、麻のパンツにスモーキーピンクのサテン素材の開襟シャツを着ていた。

 

見慣れた白いシャツにチノパン姿とは違ったコーディネートに、ドキッとした。

 

豊かな黒髪を真っ直ぐ背中に垂らしているのに、涼し気な雰囲気だった。

 

半分裸みたいな恰好が恥ずかしい。

 

ユンさんを前にすると、自分のこと全てが恥ずかしくなってしまうのだ。

 

ユンさんはふっと笑って、指を伸ばし私の頬に触れた。

 

ユンさんの指がラメやグリッターで汚れてしまう、と心配した。

 

「民くんが綺麗を通り越して可愛らしくなっていて驚いたよ」

 

「嬉しい...です」

 

視線を落とすと、ジュート素材のスリッポンが目に入り、「ユンさんは、何もかもが完ぺきだな」と冷静に思っていた。

 

「結果は未だ?」

 

「はい。

あと30分か1時間くらい後に」

 

「優勝すると海外に行けるんだって?」

 

「はい」

 

「手ごたえは?」

 

「どうでしょうか...。

私の目には、全部優勝候補に見えてます」

 

ユンさんは周囲を見渡していたからきっと、Kさんを探しているだんと思った。

 

「集合時間までは解散なんです」

 

「そう。

じゃあ、しばらく俺が居ても大丈夫だね?」

 

「はい」

 

ユンさんに促されて私は、再びベンチに腰掛ける。

 

「民くんは本当にスタイルがいいんだね?」

 

「いえいえ、背が高いからですって」

 

「俺は事実を言っているんだよ?

もっと自信を持ちなさい」

 

少し前もユンさんから同じことを言われた。

 

「とても、よかった」

 

「ありがとうございます」

 

「次は...俺のモデルになるんだよ」

 

「あ...」

 

「綺麗に作ってあげるから」

 

ユンさんは私を覗き込むと、念を押すようにそう言った。

 

ユンさんの香水のスパイシーないい香りが、鼻腔をくすぐった。

 

 


 

 

~ユン~

 

 

俺はヘアスタイリングをもって表現する世界は知らないが、アーティストの目から言わせてみれば、民に似合い過ぎている。

 

民の持つ透明感を活かすあまり、本来のテーマが薄れてしまっている。

 

民の個性が出過ぎてしまっているようだ。

 

固く閉じた身体、少女性が見え隠れした無垢な顔、揺れる透明な瞳に不安感が見え隠れしている。

 

無垢が故に染まりやすいのだ。

 

今の民そのものを表しているじゃないか。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”27″ ]