義弟(7-1)

 

~ユノ33歳~

 

3か月も過ぎれば気心が知れてきたのか、それとも不貞腐れているのも面倒になってきたのか、チャンミンの口数が増えてきた。

 

俺を睨みつけることも、ほとんどなくなった。

 

俺のことが嫌でたまらないのなら、毎週律義にアトリエに通わないはずだ。

 

もっとも、要らないと首を振るチャンミンの手に、無理やり握らせたバイト料が、まあまあな金額だったこともあるのかな。

 

 

ヌードを描くつもりは全くなかった。

 

初デッサンの日、俺の指示する前にチャンミンは脱いでしまい、ソファに横たわっていた。

 

己がとった行動に俺がどう反応するかを面白がる...挑戦的な...目で俺を見上げていた。

 

子供と大人の端境期らしい、どこか不格好な骨格を鉛筆でたどり、凹凸が作る影と光を指の腹や練り消しで作った。

 

描き散らかした十数枚のデッサン画の中から、「これだ」というポーズが見つかった。

 

たっぷりとドレープをきかせた黒のビロード布に、チャンミンは半身を起こして横たわっている。

 

長すぎる前髪が、チャンミンの片目を覆ってしまっていたため、ソファの彼の元に歩み寄る。

 

前髪を耳にかけてやったとき、チャンミンの長いまつ毛で縁どられた上瞼が震えた。

 

まぶしいものでも見るようにチャンミンの目が細められ、その瞳の美しさに俺の手が止まる。

 

たまに見せるチャンミンの表情に、俺の肌が粟立った。

 

この感じは...なんとなくその正体が分かりかけていた。

 

その度に俺は深呼吸して、そう認識しそうになるのをシャットアウトする。

 

いけないことだからだ。

 

 

チャンミンを男として描くつもりはなかった。

 

女としても描くつもりはなかった。

 

テーマは決まった。

 

俺が初めてチャンミンを目にした時、感じたイメージ。

 

妻Bの弟で、15歳の少年に対して抱くものにしては、破廉恥なイメージ。

 

チャンミンの両親には絶対に見せられない類のものに、仕上げたい。

 

男娼、という言葉が頭に浮かんだのだ。

 

ゴヤの作品に、『裸のマハ』というのがある。

 

その像がずっと、チャンミンを見てからずっと、俺の頭からこびりついて離れてくれない。

 

いっそのこと、イメージ通りに実現させてしまえばいいじゃないかと、俺は開き直ったのだ。

 

一糸まとわぬ少年を、ビロードの布を拡げた上に寝かせる。

 

両腕を頭の後ろで組ませる。

 

初日にチャンミンが、俺の前で見せた...『裸のマハ』と同じ...ポーズをほぼそのまま採用することにした。

 

太ももまでの網ストッキングを履かせ、男の部分は片手で隠す。

 

チャンミンを妖しく彩ることに、俺は夢中になっていた。

 

Bには、黙っていた。

 

Bの方も、夫が自身の弟をモデルに描いていることは知っているが、深く詮索しなかった。

 

 

「...そのブレスレット...?」

 

「ああ」

 

チャンミンの言葉に、俺は手首に巻いたプラチナ製のそれに触れる。

 

「誕生日だったんだ」

 

「...そうですか」

 

Bから贈られたものだった。

 

肘まで袖をまくし上げた時、ブレスレットを付けたままなことを思いだした。

 

忘れていたのは、チャンミンを飾る小道具の選定で、頭がいっぱいだったからだ。

 

しゃらしゃら音をたてるのがうっとうしく、外してしまう。

 

チャンミンに履かせた網ストッキングのねじれを直してやる。

 

ガーターベルトを着けたら過剰になるな...何かもっと、いい小道具はないものか。

 

「うーん...」

 

俺は立ち上がり、数歩下がって目を細めた。

 

「姉さんから、ですか?」

 

チャンミンからの問いかけに、「ああ」とそっけなく答えた。

 

Bの話を出すことを躊躇してしまったのは、これが最初だった。

 

なぜだろう?

 

俺はもう一度、ひざまずいて限界まで網ストッキングを引き上げた。

 

黒の網目格子から、浅黒いなめらかな肌がのぞいている。

 

チャンミンは背もたれに垂らしていた片腕を持ち上げ、その手で包み込むように股間を隠した。

 

いつもなら堂々とさらけ出しているくせに、俺の顔が30センチの距離に接近して、さすがに気恥ずかしくなったのか。

 

俺の方こそ...。

 

そのか細い指を目にして、身体の奥底から沸き起こった熱いもの。

 

俺はチャンミンから目を反らし、その嵐が去るのを呼吸を整えながら待った。

 

俺がおかしくなってしまう前兆が、この時すでに現れていたのかもしれない。

 

 

(つづく)

 

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