再び僕は飛び起きて、PCの元に走る。
マウスを操作し、登録しているサイトの管理画面を開くと、確かに予約が入っていた。
頭がスカスカな僕は、「予約不可」設定をし忘れていた。
その結果、本日18:00からの予約を受け付けてしまっていて、それすらチェックをし忘れていた。
「ひっ!」
「チャンミンは売れっ子の添い寝屋というから、どれだけ凄いのか期待してる」
背後に立ったユノに抱きしめられて、思わず身体を固くしてしまう。
足音をたてずに近寄ったユノは、猫みたいだ。
「緊張してるね...。
もっとくつろげよ」
「だってっ...!
...あっ...!」
さーっと背筋に電流が流れ、腰の力が抜ける。
「おっと!」
とっさに伸びたユノの腕に、力強く腰を支えられた。
ユノったら、僕のうなじに唇を押し当てて、それだけじゃなく舌を這わすんだもの。
「チャンミンは、感度がいいね」
「......」
「さあ。
ベッドに行こうか?」
・
消えてしまった僕の「欲情」
ムラムラして女性客を襲う心配をしなくてもいいから、好都合だった。
僕は眠い時は客に構わず眠ってしまう「不良添い寝屋」。
脱力系スタイルを貫き通していたら、意外に好評価で、予約が途切れることがなくなった。
おかげで贅沢な部屋を手に入れることができたし、部屋から一歩も出ずに仕事ができるなんて、最高だと思った。
ところが、次第にむなしさを感じるようになった。
身体も冷えていった。
このまま僕は淡々と、他人の隣で眠るしかできないのか。
こんなことを考えていたら、まるで僕の心を読み取ったみたいにユノは尋ねる。
「添い寝屋が辛いのか?」
「辛くはないです。
自分に合っていると思っていました」
「過去形だね」
「『欲』がないことにイライラしてきました」
なんだかんだ言ってても、『不能』は虚しい。
食欲ではカバーできない。
医者にかかればいいことだけど、それも出来ないし、それ系の出張サービスを利用したこともあった。
くたりとしょぼくれたままのモノに、彼女たちは憐みの眼差しを向けた。
情けなくて、自尊心や自信がしゅるしゅると抜けていった。
こんなんじゃ、恋人も作れないし結婚も絶望的だ。
焦ってきたのだ。
「辛いんだろ?」
「...はい」
潔く認めてしまえ。
僕をまるで抱き枕のようにしているユノ。
カイロのように熱を放つユノの体温が、じわじわと僕の肉体に沁みていく。
気持ちが良かった。
ああ...肉体が感じる『気持ちいいい』という感覚...久しぶりだ。
そうそう!
ユノは僕のお客でもあったんだ。
僕だけ癒されてて駄目じゃないか。
ユノの話を聞かなくっちゃ。
「ユノ。
どうして僕を雇ったのですか?」
ユノは僕の身体に巻き付けていた手をほどくと、肘枕をついた。
「聞きたい?」
「聞きたいも聞きたくないも...ユノは僕のお客です。
僕にも仕事をさせてください。
お悩み相談室じゃないですけど、眠れないわけがあるのなら、吐き出してしまいましょう?」
プロっぽいことを言ってる僕だけど、仕事のためじゃなく、ユノに興味があった。
ちょっとだけ迷って、引っ込めかけた手を伸ばして、ユノの頬を包んだ。
僕の方からもユノに歩み寄らないと、と思っても、どんなことをすればよいか分からなくて、とっさにとった行動。
僕の手の平の下で、ユノの頬がぴくりと震えた。
僕のことをさんざん撫でまわすのに、人から触れられるのは苦手なのかな、と思った。
「チャンミンを雇った理由は、さっきから言ってるように、不眠を何とかして欲しい。
それから、身体を冷まして欲しい」
熱を冷ますために、抱いたり抱かれたり...とかユノは言っていた。
「でも...僕はそういうことは出来ませんからね?」
「俺はそんなことは求めてないよ。
ん?
なんだなんだ、チャンミン?
残念そうな顔しちゃって。
求めた方がよかった?」
ムッとした僕は、ユノの頬に乗せた手を引っ込めようとしたら、がしっと手首を握られた。
熱い手だ。
「冗談だよ。
“そういうこと”に関しては、客のチャンミンにしてやるからな。
チャンミンは俺の言う通りにしていればいい」
「それはっ...!」
僕のオーダーが全部、ユノにバレてるから恥ずかしくて仕方がない。
「手はそのままに...冷たくて気持ちがいいから」
分厚い氷が熱く熱したものと接して、しゅわしゅわと音をたてて溶けていく。
そんな感じ。
かじかんだ指先に血が通う。
「話を戻そうか」
ユノの顔はやっぱり小さくて、僕の手で全部覆ってしまえるくらい。
すごいなぁ...こんなに綺麗な人が存在するなんて。
顔のパーツ全てが小作りで、行儀よくおさまっていて、女の人みたいな優美さもあるのに、女の人には見えない。
「...5年も眠れなくなって、身体も...。
原因は何も見当がつかないのですか?
きっかけみたいなもの...心当たりはないのですか?」
「明らかに『この日』だと言いきれるよ。
でも...不思議な現象の話だから...。
馬鹿にせず、最後まで聞いてくれるか?」
「はい」
そしてユノは、高くも低くもない不思議な声音で語りだした。
・
「恐らく、あのことがきっかけだったと思うんだ。」
「“あのこと”?」
ユノは仰向けに寝がえりをうち、大きく息を吐いた。
僕は乱れた毛布をユノの肩にかけ直してやった。
天井を仰ぐユノの横顔に見惚れながら、話の続きを待つ。
「5年前、俺はある女性と出会った。
かなり特殊な場所で」
特殊...?
どんなところだろう?
「その女性と出会ってしまったのが、きっかけだ。
うん...そうだ、そうに違いない」
「彼女と出会ったことが、熱くてたまらない身体になってしまったことに、どう繋がるのです?」
「彼女の顔を思い出そうとすればするほど、デティールが逃げていってしまうんだ。
覚えているのは、感触みたいなものかな。
いや、感触どころじゃない...ガツンと頭を殴られたみたいな衝撃だ」
「運命...の人...とか?」
「さあ...どうだろう?
彼女と経験して、脳みそが溶ける思いをした。
身体の芯までしびれてしまうくらいの凄いやつを」
「...ってことは、その...つまり...?」
「身体の相性がよかったんだろうなぁ」
「!」
ユノは5年前、とある女性と出会って、とあること(セックスのことだよね)をして、とんでもなく相性がよくて...。
「よく分からないのですが、身体の相性がよかったことと、不眠がどう繋がるのですか?」
ユノはふっと笑って、仰向けのまま眼球だけをこちらに向けた。
「身体がかっかしてたら、寝付けないだろう?」
「うーん...寝付けないでしょうね」
今の僕にはとても想像できないけど、同意してみせる。
「俺の身体と彼女の身体が、比喩じゃなくて、真の意味でひとつになったんだ。
どこからが彼女でどこからが俺のものかが分からないくらいに。
イメージわくかな?」
僕は首を振る。
「チャンミンがミルクで、俺が果物だとする。
このふたつをジューサーに入れて、シェイクを作るとする。
出来上がったシェイクを見て、どれがチャンミンで、どれが俺か...分かるか?」
僕は首を振る。
「ここからが、俺の話の重要ポイントだ。
いつまでも繋がったままじゃいられないだろ?」
「はい」
「身体を離した時にさ、彼女が俺の中に入ってきた」
「は?」
「彼女の熱いものが、俺のアソコを通して俺の中に入ってきたんだ。
彼女のものまで、俺が奪ってしまったんだ」
「!?」
・
僕は添い寝屋、ユノも添い寝屋。
僕はユノの客、ユノは僕の客。
足して引いてゼロになって、僕とユノは対等の立場。
僕の仕事部屋...寝心地の良い大きなベッド...防犯カメラに映された僕ら。
パジャマを着た二人の青年が向かい合った姿勢で、横たわっている。
誰にも言えずにいた秘密を、ひとつひとつ明かしていく。
想像すると、とても不思議で興味深い光景だ。
(つづく)
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