~ユノ~
チャンミン、ごめんな。
チャンミンをからかうのが楽しいんだ。
ちょっとやり過ぎたかな?
いちいちムキになるチャンミンが可愛いんだ。
確かに俺は、チャンミンと比べると若い。
チャンミンが、年の差を気にしていることは、十分わかってる。
俺がその壁を壊してあげるからな。
でもね、俺も年の差を気にしてるんだ。
年相応にみられない自分がコンプレックスなんだ。
朝食後は、翌日の準備にとりかかるため、それぞれが持ち場に向かった。
からりとよく晴れ、機材をのせた軽トラックが走り回り、祭り旗を揚げる掛け声が遠くから聞こえる。
学校が休みの子供たちは、いつもと違う雰囲気に興奮を隠せず、まとわりついては大人たちの邪魔をしている。
チャンミンは母セイコと共に、宴会会場になる広間を掃除していた。
ふすまを外して、畳敷きの2部屋をつなげて広々とさせた。
縁側の雨戸も開け放ち、空気を入れかえた。
「チャンミン」
日光にあてるため、座布団を縁側に並べていたチャンミンにセイコが声をかけた。
その固い声に、チャンミンは「とうとうきたか」と気を引き締めた。
「そこに座りなさい」
正座をしたセイコの正面に、チャンミンも座る。
(何を言われるか、想像がつく!)
緊張のあまり、チャンミンの手の平はすでに汗ばんでいた。
「ユノ君とは、どういう関係なの?」
(やっぱり母さん、単刀直入にきたか)
「単なる『後輩』じゃないでしょ?」
「...うん」
チャンミンは観念して、あっさり認めることにした。
「付き合っているの?」
「...うん」
「いつから?」
「半年くらい前」
「彼はいくつなの?」
「いくつだっていいじゃないか」
「彼といくつ年が違うの?」
「母さんには関係ないだろう?」
「彼は、学生?」
「『後輩』だって言っただろう?
社会人してるって」
(まるで尋問みたいだ。
母さんが引っかかってるのは、
僕とユノとの年齢差、それだけなんだ!)
予想はしていたが、やっぱりショックだった。
『職場の後輩』設定にしておかないと、セイコにつっこまれる要素を増やすだけになるので、実際のところはぼかしておくことにした。
ユノはチャンミンの『元教習生』だ。
チャンミンが先生でユノが生徒だった。
ユノが若すぎることに加えて、教え子に手を出したと誤解されてしまうと、頭の固いセイコの拒絶反応を煽ってしまう。
実際のところ、ユノと個人的な連絡を交わすようになったのは、彼が卒業してから。
正式に交際するようになったのは、それからずっと後のことだ。
あと一歩のところで奥手な2人だったから、交際半年になっても軽いキスを交わしただけの関係だ。
~チャンミン~
「いい年して、若い子に手を出して...」
母さんの言葉に、僕の全身がカッと熱くなった。
一番言われたくない台詞だった。
「そんな言い方...ひどい!」
たまらず大声を出した。
「その通りでしょう?」
僕の目に涙がふくらんできたのが分かる。
「若い子にのぼせて...。
母さんは、チャンミンに泣いてほしくないだけよ」
「......」
「男の子を連れてきたことを、責めてはいないからね。
そこは誤解しなくていいからね」
僕の恋愛対象が女性じゃなく男性であることを、僕は10代の頃から家族には隠さなかった。
僕の家族は最初は驚いていたけれど、どうってことない風を貫き通してくれた。
事情を知らない親戚や知人が、お節介に女の子を紹介してくることもあったけど、父さんや母さんがシャットアウトしてくれていた。
実際は複雑な心境だったと思う。
僕は泣き虫なところがあって、失恋の涙を家族に見せたことも1度や2度の話じゃない。
僕の性的嗜好がご近所や親せきに知られるようになってからは、家族は嫌な思いをしたこともあっただろうに。
分かってる...お母さんが咎めているのは、ユノの年齢だってことは。
「チャンミン...悪い言い方をして悪かったね。
母さんはチャンミンが心配なんだよ。
あんなことがあったでしょ?」
「......」
「ユノ君は、知ってるの?」
僕は首を振る。
「知られたら、ユノ君に逃げられると、思ってるの?」
「そんなんじゃないもん。
ユノは...っ...そんな人じゃないもん」
しゃくりあげる僕をしばらく見つめていた母さんは、僕の背中をなぜた。
「ユノ君が、ちゃんとした人だってことは、ちゃんと分かってるよ。
少し心配だっただけよ。
母さんの言い方が悪かったね」
母さんは立ち上がると、首にかけていたタオルで僕の涙をぬぐった。
「さあさあ、10時のお茶にしようかね。
皆を呼んでおいで」
僕は大きく頷いた。
・
気持ちをストレートに表現するユノだけど、実は相当な照れ屋さんだ。
人付き合いが得意な質だけど、いきなり彼氏の実家に連れてこられて、彼なりに緊張して、明るく人懐っこくふるまっているに違いない。
ごめんね、ユノ。
「彼氏です」って紹介してあげられなくて。
ユノのことが恥ずかしかったわけじゃないんだ。
自分が恥ずかしかった。
ユノと2人きりのときは全然意識していないのに、いざ第三者の目を意識すると、自分が恥ずかしくてたまらない。
自分ってば、まだまだだね。
ユノの邪気のない澄んだ目に映る自分が、少しでも彼にふさわしい姿でいてあげたい。
ユノは賢いから、僕が教えてあげられることは何もないよね。
少しでも若く、カッコよくいられるように努力するからね。
(つづく)
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