(4)Hug

 

 

 

「うっうっうっ...」

 

「...もしかして...泣いてる?」

 

胸にしがみついたユノの頭を引きはがして、チャンミンはユノの顔を覗き見る。

 

「チャンミ~ン」

 

薄闇の中で、涙を浮かべたユノの目が光っていた。

 

「たんこぶ、できたでしょ?」

 

チャンミンは、ユノの前髪をかきあげてやる。

 

ユノは昨日、鴨居に一度、床に一度、頭をしたたか打ち付けている。

 

「2個もたんこぶをこしらえてしまった」

 

「可哀そうに...」

 

チャンミンは、腫れた箇所に触れないよう、ユノの頭をなぜてやった。

 

「チャンミン...キスしたい」

 

チャンミンの手が止まる。

 

「......」

 

すがるようなまなざしで胸元から見上げるユノに、チャンミンの胸がキュンとなる。

 

(参ったなぁ。

そんな可愛い顔をしないでよ)

 

「軽くね、1回だけだよ」

 

「えー。

ディープがいい」

 

「ちょっ!」

 

もぞもぞと下から這い上がってきたユノは、チャンミンの頬を捉えると一気に唇を重ねてきた。

 

男っぽい強引さに、チャンミンはくらくらする。

 

チャンミンもユノの両ほほをはさんで、キスに応える。

 

(止められない!)

 

と、ユノの手がチャンミンの股間に回った。

 

「ユノ!?」

 

驚いたチャンミンは、ユノの頭をはたいた。

 

「いでっ!」

 

チャンミンの打ち下ろした手が、ユノのたんこぶに当たってしまったのだ。

 

「こらぁぁぁぁぁっ!!!」

 

ガタっとふすまが開いた。

 

「!!!」

「!!!」

 

とっさにチャンミンは布団にもぐりこむ。

 

「練習は、昼間にやれって言っただろうが!」

 

ユノは、今しがた起きたといった風を装って、目をこすりながら

 

「う...うん...おじいさん...ですか?

俺は寝言がすごいんです」

 

と言って、大あくびをする。

 

「ったく。

騒がしい奴だ」

 

ぶつぶつ言いながら、ゲンタはふすまをぴしゃりと閉めた。

 

ふすまの向こうに耳をそばだてて、ゲンタのいびきを確認する。

 

「それじゃあ、部屋に戻るね」

 

布団から出ようとするチャンミンの足首を、ユノはつかんだ。

 

「ここで寝ていってよ」

 

「駄目ったら駄目!

ユノを刺激しちゃうから、駄目!」

 

ユノの手を足首から引き離すと、チャンミンは部屋を出て行ってしまった。

 

「はぁ...」

 

ユノは、キスの余韻に浸りながら枕を抱きしめ、布団の上を右へ左へと寝返りを打った。

 

(拷問だ!

若くて健康な男にとって、これは拷問だ!)

 

(全く、僕たちったら高校生みたいなことしてるんだから!)

 

チャンミンは暗い廊下を忍び足で歩きながら、高校時代を懐かしく思い出したりしていたのだった。

 

 

 


 

 

翌朝。

 

1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。

 

チャンミンの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。

 

そして、チャンミンとチャンミンの職場の後輩ユノ(実は彼氏)。

 

早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。

 

弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。

 

朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。

 

母セイコはユノのお代わりをよそっている。

 

「なんだかお祭りみたいですねー」

 

納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったユノは、明るい声で言う。

 

「ふん、祭りは明日だよ」

 

ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。

 

「お前さんは、張り切りすぎなんだ。

うるさいったらありゃしない」

 

寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい。

俺って寝言やいびきがひどいんです。

ユノとは一緒に寝られないって、チャンミン先輩によく言われるんです。

ねー、先輩?」

 

ユノは隣のチャンミンに同意を求める。

 

「ぶはっ!」

 

コーヒーを飲んでいたチャンミンは、吹き出す。

 

(この子のことだ。

うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。

って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないか)

 

「やだなぁ、先輩、汚いですね」

 

ティッシュをとってチャンミンの顔を拭こうとする。

 

「じ、自分でできるから!」

 

チャンミンはユノの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。

 

「先輩!

それは雑巾ですよ」

 

「ユノ、うるさい」

 

「ゆうべは俺が先輩を寝かさなかったせいですね。

寝不足で頭が回ってないんですね」

 

「なっ!

別々に寝たでしょう?」

 

「結果的には別々でしたけどね。

仕方なく別々でしたけどね」

 

「!」

 

(ユノの馬鹿馬鹿!

意味深なことを言わないでよ!

やっぱり、昨夜のことを根に持ってる)

 

と、チャンミンはテーブル下のユノの脚を蹴る。

 

「痛いです!

会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」

 

ユノは『後輩』に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって口に放り込んだ。

 

「うるさいなあ」

 

「先輩!」

 

ユノはチャンミンの脚を蹴った。

 

「痛いなぁ!」

 

チャンミンはムキになってユノを蹴り返す。

 

(チャンミン!)

 

ユノはチャンミンの耳元でささやく。

 

「何?」

 

(じゃれつかないでったら。

『職場の後輩』設定だっただろ?

バレちゃうよ?)

 

「!」

 

チャンミンは周囲がしんとしていることに気づいた。

 

「え...っと...」

 

3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてユノとチャンミンを注目しているのだ。

 

「......」

 

ユノは立ち上がった。

 

「えーっとですね、皆さん」

 

コホンと咳ばらいをした。

 

「ゆうべは、お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、

申し訳なかったです」

 

ユノは頭を下げる。

 

「気にすんな!

俺の方が立派だけどな、ハハハっ」

 

「お父さんったら」

 

はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。

 

(う...恥ずかしい!

覚えていない分、恥ずかしい!)

 

「おじちゃん!」

「遊ぼ―」

 

食事を終えたケンタとソウタが、ユノの背中に飛びついた。

 

「は~や~く~!」

「おじちゃん、のろま~」

 

「ケンタ!ソウタ!」

 

兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。

 

「俺は『おじちゃん』じゃないよ」

 

ユノは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。

 

「『お兄さん』って呼ばないと、遊ばないよ」

 

「やだ~」

 

ソウタがユノの首にかじりついた。

 

「仕方がないなぁ」

 

「ごちそうさまでした」とユノは席を立ち、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。

 

真っ赤な顔をしたチャンミンは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。

 

(ユノの馬鹿!馬鹿!)

 

 

 

(つづく)

 

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