「うっうっうっ...」
「...もしかして...泣いてる?」
胸にしがみついたユノの頭を引きはがして、チャンミンはユノの顔を覗き見る。
「チャンミ~ン」
薄闇の中で、涙を浮かべたユノの目が光っていた。
「たんこぶ、できたでしょ?」
チャンミンは、ユノの前髪をかきあげてやる。
ユノは昨日、鴨居に一度、床に一度、頭をしたたか打ち付けている。
「2個もたんこぶをこしらえてしまった」
「可哀そうに...」
チャンミンは、腫れた箇所に触れないよう、ユノの頭をなぜてやった。
「チャンミン...キスしたい」
チャンミンの手が止まる。
「......」
すがるようなまなざしで胸元から見上げるユノに、チャンミンの胸がキュンとなる。
(参ったなぁ。
そんな可愛い顔をしないでよ)
「軽くね、1回だけだよ」
「えー。
ディープがいい」
「ちょっ!」
もぞもぞと下から這い上がってきたユノは、チャンミンの頬を捉えると一気に唇を重ねてきた。
男っぽい強引さに、チャンミンはくらくらする。
チャンミンもユノの両ほほをはさんで、キスに応える。
(止められない!)
と、ユノの手がチャンミンの股間に回った。
「ユノ!?」
驚いたチャンミンは、ユノの頭をはたいた。
「いでっ!」
チャンミンの打ち下ろした手が、ユノのたんこぶに当たってしまったのだ。
「こらぁぁぁぁぁっ!!!」
ガタっとふすまが開いた。
「!!!」
「!!!」
とっさにチャンミンは布団にもぐりこむ。
「練習は、昼間にやれって言っただろうが!」
ユノは、今しがた起きたといった風を装って、目をこすりながら
「う...うん...おじいさん...ですか?
俺は寝言がすごいんです」
と言って、大あくびをする。
「ったく。
騒がしい奴だ」
ぶつぶつ言いながら、ゲンタはふすまをぴしゃりと閉めた。
ふすまの向こうに耳をそばだてて、ゲンタのいびきを確認する。
「それじゃあ、部屋に戻るね」
布団から出ようとするチャンミンの足首を、ユノはつかんだ。
「ここで寝ていってよ」
「駄目ったら駄目!
ユノを刺激しちゃうから、駄目!」
ユノの手を足首から引き離すと、チャンミンは部屋を出て行ってしまった。
「はぁ...」
ユノは、キスの余韻に浸りながら枕を抱きしめ、布団の上を右へ左へと寝返りを打った。
(拷問だ!
若くて健康な男にとって、これは拷問だ!)
(全く、僕たちったら高校生みたいなことしてるんだから!)
チャンミンは暗い廊下を忍び足で歩きながら、高校時代を懐かしく思い出したりしていたのだった。
翌朝。
1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。
チャンミンの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。
そして、チャンミンとチャンミンの職場の後輩ユノ(実は彼氏)。
早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。
弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。
朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。
母セイコはユノのお代わりをよそっている。
「なんだかお祭りみたいですねー」
納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったユノは、明るい声で言う。
「ふん、祭りは明日だよ」
ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。
「お前さんは、張り切りすぎなんだ。
うるさいったらありゃしない」
寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。
「ゲンタさん、ごめんなさい。
俺って寝言やいびきがひどいんです。
ユノとは一緒に寝られないって、チャンミン先輩によく言われるんです。
ねー、先輩?」
ユノは隣のチャンミンに同意を求める。
「ぶはっ!」
コーヒーを飲んでいたチャンミンは、吹き出す。
(この子のことだ。
うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。
って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないか)
「やだなぁ、先輩、汚いですね」
ティッシュをとってチャンミンの顔を拭こうとする。
「じ、自分でできるから!」
チャンミンはユノの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。
「先輩!
それは雑巾ですよ」
「ユノ、うるさい」
「ゆうべは俺が先輩を寝かさなかったせいですね。
寝不足で頭が回ってないんですね」
「なっ!
別々に寝たでしょう?」
「結果的には別々でしたけどね。
仕方なく別々でしたけどね」
「!」
(ユノの馬鹿馬鹿!
意味深なことを言わないでよ!
やっぱり、昨夜のことを根に持ってる)
と、チャンミンはテーブル下のユノの脚を蹴る。
「痛いです!
会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」
ユノは『後輩』に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって口に放り込んだ。
「うるさいなあ」
「先輩!」
ユノはチャンミンの脚を蹴った。
「痛いなぁ!」
チャンミンはムキになってユノを蹴り返す。
(チャンミン!)
ユノはチャンミンの耳元でささやく。
「何?」
(じゃれつかないでったら。
『職場の後輩』設定だっただろ?
バレちゃうよ?)
「!」
チャンミンは周囲がしんとしていることに気づいた。
「え...っと...」
3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてユノとチャンミンを注目しているのだ。
「......」
ユノは立ち上がった。
「えーっとですね、皆さん」
コホンと咳ばらいをした。
「ゆうべは、お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、
申し訳なかったです」
ユノは頭を下げる。
「気にすんな!
俺の方が立派だけどな、ハハハっ」
「お父さんったら」
はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。
(う...恥ずかしい!
覚えていない分、恥ずかしい!)
「おじちゃん!」
「遊ぼ―」
食事を終えたケンタとソウタが、ユノの背中に飛びついた。
「は~や~く~!」
「おじちゃん、のろま~」
「ケンタ!ソウタ!」
兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。
「俺は『おじちゃん』じゃないよ」
ユノは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。
「『お兄さん』って呼ばないと、遊ばないよ」
「やだ~」
ソウタがユノの首にかじりついた。
「仕方がないなぁ」
「ごちそうさまでした」とユノは席を立ち、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。
真っ赤な顔をしたチャンミンは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。
(ユノの馬鹿!馬鹿!)
(つづく)
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