神社の駐車場に並ぶ、似たような車の中から記憶にあるナンバーを頼りに、テツの車を見つける。
(これだから田舎は物騒なんだから!)
鍵が刺さったままのテツの車に、ユノは乗り込んだ。
ハンドルにしたたか膝を打ち付けて、舌打ちしてしまう。
「あーもー!」
温厚なユノにしては、珍しいことだ。
(どうしてこんなに狭いんだ!)
テツの車は軽トラックだったため、シートを下げることも、背もたれを倒すこともできず、その狭い空間に長い脚を押し込む。
クラッチペダルとシフトレバーを確認すると、ユノはそろそろと発車させた。
(マニュアル車は久しぶりだから...難しい)
途中、何度かノッキングを繰り返していたが、次第にコツをのみこむと、アクセルをふかしてスピードを上げた。
目指すはショッピングセンター。
午後にはチャンミンに会えるのに、この時のユノはとにかく早く彼に会いたくて仕方なかったのであった。
ユノはフードコートで、食事中のセイコとチャンミンを見つけた。
ショッピングセンターでは、翌日の祭りのために食料品を買い込む家族たちでごった返していた。
バーベキュー用の肉や野菜、缶ビールの箱、スナック菓子などを積み上げている買い物カートが行き来している。
祭り当日の夜は、どの家庭でも親せきを呼んでの宴会を開く。
その間を巧みにすり抜けながら、ユノの登場に目を丸くしているチャンミンとセイコの側まで、小走りで近づく。
チャンミンたちも、周囲より頭ひとつ突き出た長身と、頭にタオルを巻いてジャージ姿のユノを、早い段階で見つけていた。
(日ごろ意識していない僕だけど、
ユノは、雑踏の中に混じると、スタイルのよさが際立つんだよね。
カッコいいなぁ)
「チャンミン!」
つかつかと、ユノは2人のテーブルの前まで来ると、
「セイコさん、こんにちは」
セイコに挨拶をすると、ぽかんと口を開けたチャンミンに、ずいっと顔を近づけた。
「俺に見惚れるのは分かるけどさ。
行くよ!」
「へ?
行くって、どこに?
今、ランチ中なんだよ?」
「俺はまだ、昼メシを食べてない!」
「じゃあ、一緒に食べていく?」
「そんな時間はないだって」
席を詰めようとするチャンミンの手を、ユノはギュッと握る。
「ユノ!」
隣に座るセイコの視線を意識して、チャンミンはユノの手を振りほどこうとするが、ユノの握力の方が上だった。
「離してよ!」
「チャンミンに、用事があるんだよ!」
「こんなところで何してるの?
準備は?
テツさんは?」
「テツさんは神社」
「買い物の途中なんだ。
ユノこそ、放っぽりだしてきていい訳?」
「こちらはほとんど終わったよ。
みんな、適当にだべってる。
俺ひとりいなくなっても、大丈夫だって」
「用事って何?」
「あーもー!
チャンミンはうるさいなぁ。
お口にチャックして、俺についてきて!」
見かねたセイコが助け舟を出す。
「買い物したものを車まで運んでくれたら、行っていいわよ。
夕方までに戻っておいでね」
「母さん!」
「セイコさん、ありがとうございます」
チャンミンの手を握っているのにも関わらず、動じていないセイコの様子に、ユノはぴんときていた。
(俺たちの仲...バレてるな、これは)
・
セイコの車のトランクをバタンと閉めると、「チャンミンをしばらく、お借りします」とユノはセイコに頭を下げた。
ユノはチャンミンの手を握って、ぐいぐい引っ張っていく。
「ちょっと!
ユノ、どうしたの?」
くるっと振り返ったユノの目は鋭かった。
「チャンミン!」
「?」
「とにかくひと気のないところへ行こう!」
「ひと気がないところって...!
ユノ、落ち着いて!
今は昼間だから!」
ユノが急に立ち止まったため、その背中にチャンミンが衝突してしまった。
「止まんないでよ!」
チャンミンは、ユノを睨みつける。
「やだなぁ、チャンミン」
くるりと振り向いたユノの表情が、ふにゃふにゃと緩んでいた。
「何を想像したんだ?
ひと気のないところで、
何をしようって、想像したのかなぁ?」
「うっ...!」
「屋外で 俺たちの『初めて』をしようってか?
ふふふ。
チャンミンって、えっちだなぁ」
目を三日月型にさせて、ユノは肘でチャンミンをつつく。
「え、えっちなのは、どっちだよ!」
チャンミンは首まで真っ赤になっていた。
「ははは!
チャンミンは可愛いなぁ。
俺の可愛い『彼氏』だなぁ」
そう言って先を歩くユノの首も真っ赤になっていて、チャンミンは吹き出した。
(大胆なことを言いながらも、ホントは恥ずかしくて仕方がないくせに)
ユノの均整のとれた後ろ姿の後を追いながら、チャンミンはこう思う。
(そんなユノが、僕は大好きなんだ)
・
「ユノ...。
これに乗ってきたの?」
駐車場に停められた軽トラックを見て、チャンミンは笑った。
「うん、そうだよ」
ユノはチャンミンのために、助手席のドアを開けてやる。
(ここまで軽トラックが似合わないとは)
膝小僧はダッシュボードにぎゅうぎゅに押しつけられている。
(僕も似たようなものだけど)
「ドライブしよっか?」
ユノはシートベルトを締めると、助手席のチャンミンに笑顔を向ける。
「テツさんは、乱暴な運転をしているんだなぁ。
クラッチを繋げるのが難しいんだ」
そろそろと発進させると、念入りに左右確認をした後、満車状態の駐車場から国道へ出た。
「よく考えれば、プライベートなドライブって初めてだ」
「確かにそうだね」
開けた窓から吹き込む風で、チャンミンの髪はもみくちゃにされる。
準備に大わらわな大人たちや、自転車で走り回る子供たちをあちこちで見かけるのは、祭り前日のせい。
「チャンミンを助手席に何度も乗せたね。
チャンミンったら、真っ青な顔をしてグリップを握ってた」
「そうだったね」
チャンミンは、シフトレバーを握るユノの手の甲に、自分の手の平をのせた。
「くすぐったい」
「ユノは上手いのか下手なのかよく分かんない教習生だったなぁ」
「運転が下手なふりをしてたの、気づいてた?」
「やっぱり?
僕の時だけ、滅茶苦茶下手なんだから。
他の先生の時は、すいすい運転しちゃって」
「『チャンミン先生』を困らせてみたかったんだ」
「僕の教え方が悪いんだろうかって、真剣に悩んだんだよ」
「ごめんなさーい」
「とんだ『不良教習生』だった。
ホント、振りまわされたんだから」
「ははは!」
窓に肘をつけ頬杖をついたチャンミンは、生真面目な顔で運転をするユノを見つめる。
「あまり見られると、緊張するよ。
チャンミン先生、俺の運転はどうですか?
合格ですか?」
ユノの頬は真っ赤になっていた。
・
〜チャンミン〜
そうだった。
ひとつ車内で、何十時間も過ごしたんだった。
礼儀正しくて、ユーモアたっぷりな話し方で、ふいにハンドル操作を誤らせるからこちらは冷汗をかいて。
こんな風に助手席に座って、真剣な面持ちのユノの横顔を見ていたんだった。
この子ったら。
本当に綺麗な横顔をしている。
僕に向けられる澄んだ黒い瞳は、出会った頃から全然変わっていない。
やだな...感動する。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]