~ユノ~
「お前を買い取ったっていう客は...どんな奴だった?」
ふと思い立って、尋ねてみた。
鬼畜のような奴だったら許せない、と思ったんだ。
チャンミンは「...言いたくないです」と言って、鼻にしわを寄せた。
「辛いこと思い出させてしまったな...ごめんな」
「辛くなんてありませんよ。
別にどうってことなかったです。
お店にいる時よりは快適でしたから」
買い主がチャンミンを『返品』した理由はなんだったんだろう?
これまでの同居生活で、特別おかしいところはない。
「僕んちはまあまあ、マシな家でした」
唐突に、チャンミンは語り始めた。
「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも妹も、みーんな仲良しでした。
誕生日プレゼントを貰えるくらいマシな家でした。
チョコレートを買ってもらったんです。
1枚全部、僕が独り占め...美味しかったなぁ...。
でも...。
お父さんが大きな借金をこしらえて、怖い人が家に毎日、怒鳴りに来たんです。
で、お父さんはジョーハツしちゃって。
マグロ漁船に乗せられたんだと思います。
お母さんは土下座して、怖い人に謝っているんです。
お父さんだけじゃ、足りなかったみたいです。
僕は...」
チャンミンは人差し指と親指で、数センチの隙間を作った。
「こーんなに小さかったから、よく覚えていませんけどね。
僕だけが捕まって...売られちゃったんですよねぇ。
身売りって言うんでしたっけ、こういう場合?」
「...ご家族とは、それ以来?」
「はい。
ずーっと会ってません。
でも、『頑張ってね』『チャンミンのおかげで、幸せに暮らせてるよ』って、手紙をくれるんですよ」
ベタ過ぎて、チャンミンの話は半分以上嘘だろう。
嘘の中には、「こうありたい」願望が含まれている。
半分は真実。
チョコレートの話は、本当のことだろう。
手紙の話は、嘘だ。
胸が痛くなる。
・
入浴を終えた俺は、甘くとろっとしたリキュールをちびちびと舐めていた。
「!」
突然、背後から抱きしめられた。
「お兄さん」
背中が湯上りの湿気をまとったチャンミンが密着して熱い。
俺の首に腕を巻きつけ、肩ごしに身を乗り出して俺の手元を覗き込んでいる。
「お兄さんは、何を飲んでいるんですか?
綺麗な色ですね」
ピンク色をしたグラスの中身に興味津々のチャンミンに、
「これはね、イチゴのリキュールだよ」と教えてやった。
「りきゅーる?」
「お酒に果物やハーブを漬け込んだものだよ。
このまま飲んでもいいし、ソーダで割ったり、他のお酒と混ぜたりもできる」
グラスを手渡すと、チャンミンは恐る恐る口をつけた。
「...甘い...美味しい」
「砂糖が入ってるからね。
それに...」
その小さな小瓶をチャンミンに見せてやった。
「イチゴがいっぱい入ってる...!」
「綺麗だろう?
外国製だよ。
...一気に飲んだら駄目だ。
甘くて飲みやすいけど、アルコール度数が高いんだ」
ボトルのラベルに記載された数字を、とんとんと指で指した。
「...ほら、30度もある」
チャンミンの前髪から落ちた水滴が、俺の腕を濡らした。
「髪がびしょびしょだぞ?」
「ドライヤーは音がうるさくて、嫌いです」
「仕方ないなぁ」
洗面所までタオルを取りに行こうと、椅子から立ち上がったとき、チャンミンの姿にぎょっとした。
「...チャンミン」
はあっとため息をついた。
「服を着ろ。
何度言えば分かるんだ?」
「だって...。
お風呂に入ったばかりだし、暑かったから」
俺からの注意を受けて、チャンミンは頬を膨らませ、床に視線を落とした。
親に怒られた小さな子供のように、裸足の指をもじもじと動かしている。
「暑いのならエアコンの温度を下げてやるから。
この家には俺だけしかいないとはいえ、人目を気にしないといけないよ」
「お兄さんは、僕が服を着ていないと困るんですか?」
頭を上げたチャンミンは、キッと俺をにらんだ。
「え...。
困りはしないけど...。
前にも言ったように、目のやり場に困るんだ」
下着をとりに大股で洗面所に向かう途中、リビングの入り口に脱ぎ捨てられたそれを拾い上げた。
履いていたのを、ここで脱いでしまったのか...でも、なぜ?
「履くんだ」と、下着をチャンミンに投げてよこした。
チャンミンはキャッチした下着をしばらく、手の中でもてあそぶばかりで、一向に身に着けようとしない。
俺は目一杯威厳を込めた目で、チャンミンを見据えていた。
「...分かりました」
根負けしたチャンミンは渋々、その小さな下着に足を通した。
件の箇所が隠れて、ほっとしたつかの間...。
「お兄さんは、僕のことが嫌いなんですか?」
押し殺した声に、俺ははっとした。
これまでの会話の中で、どこに「チャンミンが嫌い」と思わせる言葉があったのか記憶を巡らしていると...。
チャンミンに手首をにつかまれ、誘導されたのは彼のあそこだった。
「僕の身体は嫌いですか?」
俺の手の平に、薄い生地越しの塊がおさまっている。
「...嫌いじゃないよ」
「じゃあ、どうして僕を抱いてくれないのですか?」
「親愛の情を示すこと」イコール「肉体関係を結ぶこと」ではないことを、どうやってチャンミンに教えてやればいいのだろう?
仕事で客に抱かれていた時、全てが苦痛に満ちたもののはずはない。
快感に意識を飛ばすことも多かったはずだ。
チャンミンはきっと、もともとは感受性の豊かな子なはずだ。
狭い空間に閉じ込められ、五感にも蓋をされていた生活を送るうちに、感覚も鈍ってくる。
唯一、刺激されるところは下半身で、そこの感覚には常人より敏感になる。
チャンミンは『頑丈なあそこ』と言って、自身を嘲笑していたけれど...。
俺との同居生活が始まって以来、尻を突き出す必要がなくなり、衣食住にも不足しなくなった。
際立った刺激のない、こんな普通の生活に何か物足りなさを感じ、欲求不満に陥っても仕方がないかもしれない。
チャンミンは不安なんだろう。
俺のせいだろうな。
努めてチャンミンとは性的な関係に陥るまいと、心も身体も距離をとっていたことに、チャンミンは不安に感じたんだろうな。
手を動かすことができなかった。
俺の手の下で、チャンミンのものが徐々に膨張していった。
「ここは...どうですか」
今度は、チャンミンの後ろに俺の手がいざなわれた。
筋肉の痩せた、やわらかい女のような尻...でも、小さな男の尻。
「こんな僕は嫌いですか?
ここは僕の商売道具です」
「...商売道具だなんて...言ったらいけないよ」
「その通りでしょう?
仕事でいっぱい使ってきていて、僕はもう『犬』じゃないのに、ここがウズウズするんです。
お兄さんのことを考えていると、おちんちんが元気になってきます。
分かるでしょう?」
ここで指を動かしてしまったら、もう後には引けない。
チャンミンの心身を含めて、受け止める覚悟はあるのか?
『責任』という言葉が浮かんだ。
例え『恋人』という関係性ですら、心を縛るもの。
何者にも縛られたくない...そう心に決めていたのに。
手首を握るチャンミンの指の力が抜けた。
俺の手はそこにとどまったままだ。
もう、我慢できない...。
腹をくくった。
谷間に沿って指を上下させた。
チャンミンの腰がぶるっと、震えた。
~チャンミン~
「お尻もむずむずしてくるんです。
だから...
汚い自分が嫌になります」
僕は思っていることそのまんま、口にした。
本当にそう思っていたから。
僕は汚れているけど、汚れた僕を抱きしめて欲しい。
「チャンミンは...汚くなんかない」
お兄さんの言葉だけじゃ、僕は満足できない。
言葉は嘘ばっかりだ。
だって僕自身が嘘つきなんだもの。
お客を喜ばせるために、思ってもいないことをいっぱい言った。
喜んだお客は、僕の扱いを手加減してくれるし、次回も指名してくれるから。
「...んっ...あ、ああぁ...」
お兄さんの優しい指が、僕の敏感なところに埋められる。
僕は喉をのけぞらせた。
(つづく)
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