(9)あなたのものになりたい

 

~ユノ~

 

俺の自制とは頼りないものだったんだな。

 

チャンミンによって導かれた指は、彼の谷間に埋められてゆく。

 

俺の背にチャンミンの両腕がまわり、肩に頬を摺り寄せた。

 

指先が到達したそこは、湯上りの火照りと興奮で、熱く湿り気を帯びていた。

 

いいのだろうか。

 

流れにのって、この指をより深い穴へと埋めていってもいいのだろうか。

 

「...お兄さん。

挿れて...奥に...」

 

囁くようなかすれ声、俺の薄いTシャツ越しに熱い吐息がかかる。

 

俺の迷いを見通したのか、

 

「はあぁ...」

 

そのため息は甘美なものなのに、局部を触れられて、安堵しているかのように聞こえた。

 

よかった...念願叶った、というように。

 

チャンミンはこうされたかったのだろう。

 

俺はチャンミンのために、一か月くらいの期間に過ぎないが、出来る限りのことをしてきたつもりだ。

 

快適な衣食住を用意したのは、感謝の言葉や見返りが欲しいわけじゃない。

 

誰かのために心を尽くすこと...初めてだった。

 

俺のやり方はきっと、的外れだったり、不足していたことも、もしくは過剰だったりもしただろう。

 

でも、俺なりにチャンミンには、何ひとつ不自由のない生活を贈りたかっただけだ。

 

暮らしの過程で、見聞を広め、面白いなぁ、好きだなぁ、幸せだなぁ、と思えることを増やして欲しかった。

 

どんなにささいなことでも、そのひとつひとつに、顔のパーツ全部を使って驚いたり、笑ったりするチャンミンの姿にどれだけ癒されたことか。

 

チャンミンを側に置いているのは、結果的に俺自身のためで、可愛そうな元『犬』を庇護している征服感を得たかったんだろうな。

 

要するに、自己満足を得たいがための施しだ。

 

そんなつもりはなくても、チャンミンは『施し』の匂いを嗅ぎ取っていたのかもしれない。

 

...そんなつもりはなかったんだけどな。

 

俺はチャンミンと同じステージに立っていなかったのだろう。

 

日々の何気ない言葉や行動から、『大事にされている』実感を得にくい者だったとしても、俺がそんな風じゃチャンミンが不安に感じて当然だ。

 

チャンミンは愛玩犬じゃない、人格と個性、思考をもったひとりの成人男性。

 

『俺はチャンミンを買ったわけじゃない』ことを証明しようと、性的な接触を避けてきた。

 

自制してきた。

 

『犬』であった過去から全く抜け出せていないチャンミンを、そこから脱却させるには、見守るだけじゃ足りない。

 

ひとりの人間として...男として対面しないと。

 

俺がしたかったこと。

 

俺が欲しいもの。

 

チャンミンが欲しがっているもの。

 

 

 

 

チャンミンは俺の指を口に含むと、唾液をまつわりつかせて、潤いを足した。

 

俺はチャンミンの下着の中に、手を滑り込ませた。

 

谷間の奥へ到達した指。

 

閉じたままのそこは柔らかく、指の腹でくるくると円を描くうちに口を開く。

 

「あっ...あ、ああぁ...」

 

ふるふるとチャンミンの腰が小刻みに震えている。

 

チャンミンは背中に回していた腕を上げ、俺の頭をしがみつくように抱きしめた。

 

俺の中指が飲み込まれる。

 

その抵抗のなさに、チャンミン自身でそこを慰めていたことが分かった。

 

俺の家に来てからも、日常的にいじってきたのだろうか。

 

『犬』時代、一日に何度も使ってきたそこ。

 

仕事中のそれと、プライベートで行うそれと、チャンミンはうまく区別できているのだろうか。

 

熱くぬめったものが、俺の指を締め付ける。

 

「あ...はぁ...」

 

指の腹で壁をぐるりと擦りあげ、ひねりながらゆっくりと抜く。

 

「もっと...お兄さんっ...。

もっともっと...!」

 

俺の首にしがみついたチャンミンは、切羽詰まった声でそう繰り返した。

 

そして、自ら下着を腰下まで引き下ろした。

 

チャンミンの先端から下着へと、透明な糸がひく。

 

露わになったチャンミンの前が、むくりと正面を向いている。

 

体毛を全て処理してあるせいで、艶めかしい。

 

「...はぁ...」

 

唾液を足した中指と薬指をクロスさせ、入り口へと埋めていった。

 

根元まで埋めたまま、かぎ型に曲げた2本の指で壁を探る。

 

これ以上押し広げたら痛いかもしれない...ところが、3本目もぬるりと飲み込まれた。

 

『犬』だったチャンミンのそこは、女のように柔軟だった。

 

「お目が高い。この子は女のように柔らかいですよ」と言った店主の台詞が蘇った。

 

「...んんっ...」

 

そこを探り当てた時、チャンミンの腰がガクガクっと痙攣した。

 

「あ、はっ...はぁ、気持ちいいです...いいです。

もっと...もっと」

 

チャンミンの熱い吐息が、耳たぶを湿らせぞくりとした。

 

チャンミンの肌は燃えるように熱かった。

 

力いっぱい抱きしめられて、俺はのぼせそうだった。

 

「お兄さん...もっと。

激しくして...もっと...!」

 

チャンミンは一歩後退し、片膝をソファに乗せた。

 

俺は一旦指を抜き、次は前から腕を差し込みそこへ突き立てる。

 

俺はチャンミンの乞いに応え、彼の中に埋まった指のスライドを大きくした。

 

振動に合わせてチャンミンのそそり立ったものが、俺の一の腕にぺたぺたとぶつかる。

 

「いいっ...いい、あっ...いいです」

 

今日は、指だけで勘弁してもらおうと思った。

 

女のそこのように、俺の3本の指を締め付けてくるうねり。

 

感じ入るチャンミンの喘ぎに、俺の全身が沸騰しそうだった。

 

絶対に手をつけてはいけないと自制していられたのもわずか1か月のこと。

 

その自制が壊れたからといって、最後までしてしまうのは勢い任せのようで、俺自身が嫌だったのだ。

 

なんだかんだ理屈をこねていたくせに、結局はセックスなんだと。

 

「...ああ...あん...ああああぁ...」

 

今夜は愛撫だけで。

 

チャンミンの反応を見ながら、手加減したものではなく、苦痛をもたらすようなものでもなく、最大限の快楽をもたらす愛撫だ。

 

チャンミンの天国行きへのスイッチも、既に見つけた。

 

『商売道具』だとチャンミンが嘲笑する穴を、俺のかつての『商売道具』のひとつであった指で愛撫する。

 

俺の身体も穢れている。

 

指だけに限らず、唇も舌も、前も後ろも。

 

タチもできる『犬』は珍しかったから珍重された。

 

肌を合わせているその者の、性感を引き出すための道具だった。

 

「お兄さんのえっちは優しかったです」と、うっとりと語ったチャンミン。

 

優しくなんかない。

 

肌を合わせた者の『いいところ』をいち早く見つけて、そこを効果的に刺激してやるコツを会得していただけに過ぎない。

 

俺だって、かつては『犬』だったんだから。

 

 

 

 

俺の胸に伏せたチャンミンの頭が、ずりずりと落ちてきたのを、彼の腰に腕を回して支えてやる。

 

チャンミンの目はあらぬ世界を見つめ、ぽかんと開いた口も唾液で濡れて光っている。

 

チャンミンの先から垂れ続ける潤みの線が、俺の腕へと伸びては切れている。

 

チャンミンのそこをこすり、タップする。

 

「あっ...あっあっあっ...」

 

俺の指の動きにあわせて、背に回したチャンミンの腕に力がこもる。

 

喘ぎはかすれた甲高いものに変わってきた。

 

間断なく喘いで、そして果てた。

 

先から放たれたものが、俺の腕を濡らした。

 

 

 

 

俺たちは『犬』だった。

 

見世物として『犬』同士が繋がり合うこともあったが...。

 

『犬』を離れたところで、プライベートな場で、私情で『元』犬同士が繋がり合うなんて...。

 

俺がチャンミンに手を出すべきじゃないと自制してきた理由の1つなのだ。

 

俺こそ『犬』であったことを、未だに引きずっている。

 

俺の指だけで、肌を紅潮させ、身を震わすチャンミンの背を見て、このことに気付いたのだ。

 

 

(つづく)

 

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