(8)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

 

「お前を買い取ったっていう客は...どんな奴だった?」

 

ふと思い立って、尋ねてみた。

 

鬼畜のような奴だったら許せない、と思ったんだ。

 

チャンミンは「...言いたくないです」と言って、鼻にしわを寄せた。

 

「辛いこと思い出させてしまったな...ごめんな」

 

「辛くなんてありませんよ。

別にどうってことなかったです。

お店にいる時よりは快適でしたから」

 

買い主がチャンミンを『返品』した理由はなんだったんだろう?

 

これまでの同居生活で、特別おかしいところはない。

 

「僕んちはまあまあ、マシな家でした」

 

唐突に、チャンミンは語り始めた。

 

「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも妹も、みーんな仲良しでした。

誕生日プレゼントを貰えるくらいマシな家でした。

チョコレートを買ってもらったんです。

1枚全部、僕が独り占め...美味しかったなぁ...。

でも...。

お父さんが大きな借金をこしらえて、怖い人が家に毎日、怒鳴りに来たんです。

で、お父さんはジョーハツしちゃって。

マグロ漁船に乗せられたんだと思います。

お母さんは土下座して、怖い人に謝っているんです。

お父さんだけじゃ、足りなかったみたいです。

僕は...」

 

チャンミンは人差し指と親指で、数センチの隙間を作った。

 

「こーんなに小さかったから、よく覚えていませんけどね。

僕だけが捕まって...売られちゃったんですよねぇ。

身売りって言うんでしたっけ、こういう場合?」

 

「...ご家族とは、それ以来?」

 

「はい。

ずーっと会ってません。

でも、『頑張ってね』『チャンミンのおかげで、幸せに暮らせてるよ』って、手紙をくれるんですよ」

 

ベタ過ぎて、チャンミンの話は半分以上嘘だろう。

 

嘘の中には、「こうありたい」願望が含まれている。

 

半分は真実。

 

チョコレートの話は、本当のことだろう。

 

手紙の話は、嘘だ。

 

胸が痛くなる。

 

 

 

 

入浴を終えた俺は、甘くとろっとしたリキュールをちびちびと舐めていた。

 

「!」

 

突然、背後から抱きしめられた。

 

「お兄さん」

 

背中が湯上りの湿気をまとったチャンミンが密着して熱い。

 

俺の首に腕を巻きつけ、肩ごしに身を乗り出して俺の手元を覗き込んでいる。

 

「お兄さんは、何を飲んでいるんですか?

綺麗な色ですね」

 

ピンク色をしたグラスの中身に興味津々のチャンミンに、

「これはね、イチゴのリキュールだよ」と教えてやった。

 

「りきゅーる?」

 

「お酒に果物やハーブを漬け込んだものだよ。

このまま飲んでもいいし、ソーダで割ったり、他のお酒と混ぜたりもできる」

 

グラスを手渡すと、チャンミンは恐る恐る口をつけた。

 

「...甘い...美味しい」

 

「砂糖が入ってるからね。

それに...」

 

その小さな小瓶をチャンミンに見せてやった。

 

「イチゴがいっぱい入ってる...!」

 

「綺麗だろう?

外国製だよ。

...一気に飲んだら駄目だ。

甘くて飲みやすいけど、アルコール度数が高いんだ」

 

ボトルのラベルに記載された数字を、とんとんと指で指した。

 

「...ほら、30度もある」

 

チャンミンの前髪から落ちた水滴が、俺の腕を濡らした。

 

「髪がびしょびしょだぞ?」

 

「ドライヤーは音がうるさくて、嫌いです」

 

「仕方ないなぁ」

 

洗面所までタオルを取りに行こうと、椅子から立ち上がったとき、チャンミンの姿にぎょっとした。

 

「...チャンミン」

 

はあっとため息をついた。

 

「服を着ろ。

何度言えば分かるんだ?」

 

「だって...。

お風呂に入ったばかりだし、暑かったから」

 

俺からの注意を受けて、チャンミンは頬を膨らませ、床に視線を落とした。

 

親に怒られた小さな子供のように、裸足の指をもじもじと動かしている。

 

「暑いのならエアコンの温度を下げてやるから。

この家には俺だけしかいないとはいえ、人目を気にしないといけないよ」

 

「お兄さんは、僕が服を着ていないと困るんですか?」

 

頭を上げたチャンミンは、キッと俺をにらんだ。

 

「え...。

困りはしないけど...。

前にも言ったように、目のやり場に困るんだ」

 

下着をとりに大股で洗面所に向かう途中、リビングの入り口に脱ぎ捨てられたそれを拾い上げた。

 

履いていたのを、ここで脱いでしまったのか...でも、なぜ?

 

「履くんだ」と、下着をチャンミンに投げてよこした。

 

チャンミンはキャッチした下着をしばらく、手の中でもてあそぶばかりで、一向に身に着けようとしない。

 

俺は目一杯威厳を込めた目で、チャンミンを見据えていた。

 

「...分かりました」

 

根負けしたチャンミンは渋々、その小さな下着に足を通した。

 

件の箇所が隠れて、ほっとしたつかの間...。

 

「お兄さんは、僕のことが嫌いなんですか?」

 

押し殺した声に、俺ははっとした。

 

これまでの会話の中で、どこに「チャンミンが嫌い」と思わせる言葉があったのか記憶を巡らしていると...。

 

チャンミンに手首をにつかまれ、誘導されたのは彼のあそこだった。

 

「僕の身体は嫌いですか?」

 

俺の手の平に、薄い生地越しの塊がおさまっている。

 

「...嫌いじゃないよ」

 

「じゃあ、どうして僕を抱いてくれないのですか?」

 

「親愛の情を示すこと」イコール「肉体関係を結ぶこと」ではないことを、どうやってチャンミンに教えてやればいいのだろう?

 

仕事で客に抱かれていた時、全てが苦痛に満ちたもののはずはない。

 

快感に意識を飛ばすことも多かったはずだ。

 

チャンミンはきっと、もともとは感受性の豊かな子なはずだ。

 

狭い空間に閉じ込められ、五感にも蓋をされていた生活を送るうちに、感覚も鈍ってくる。

 

唯一、刺激されるところは下半身で、そこの感覚には常人より敏感になる。

 

チャンミンは『頑丈なあそこ』と言って、自身を嘲笑していたけれど...。

 

俺との同居生活が始まって以来、尻を突き出す必要がなくなり、衣食住にも不足しなくなった。

 

際立った刺激のない、こんな普通の生活に何か物足りなさを感じ、欲求不満に陥っても仕方がないかもしれない。

 

チャンミンは不安なんだろう。

 

俺のせいだろうな。

 

努めてチャンミンとは性的な関係に陥るまいと、心も身体も距離をとっていたことに、チャンミンは不安に感じたんだろうな。

 

手を動かすことができなかった。

 

俺の手の下で、チャンミンのものが徐々に膨張していった。

 

「ここは...どうですか」

 

今度は、チャンミンの後ろに俺の手がいざなわれた。

 

筋肉の痩せた、やわらかい女のような尻...でも、小さな男の尻。

 

「こんな僕は嫌いですか?

ここは僕の商売道具です」

 

「...商売道具だなんて...言ったらいけないよ」

 

「その通りでしょう?

仕事でいっぱい使ってきていて、僕はもう『犬』じゃないのに、ここがウズウズするんです。

お兄さんのことを考えていると、おちんちんが元気になってきます。

分かるでしょう?」

 

ここで指を動かしてしまったら、もう後には引けない。

 

チャンミンの心身を含めて、受け止める覚悟はあるのか?

 

『責任』という言葉が浮かんだ。

 

例え『恋人』という関係性ですら、心を縛るもの。

 

何者にも縛られたくない...そう心に決めていたのに。

 

手首を握るチャンミンの指の力が抜けた。

 

俺の手はそこにとどまったままだ。

 

もう、我慢できない...。

 

腹をくくった。

 

谷間に沿って指を上下させた。

 

チャンミンの腰がぶるっと、震えた。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「お尻もむずむずしてくるんです。

だから...

汚い自分が嫌になります」

 

僕は思っていることそのまんま、口にした。

 

本当にそう思っていたから。

 

僕は汚れているけど、汚れた僕を抱きしめて欲しい。

 

「チャンミンは...汚くなんかない」

 

お兄さんの言葉だけじゃ、僕は満足できない。

 

言葉は嘘ばっかりだ。

 

だって僕自身が嘘つきなんだもの。

 

お客を喜ばせるために、思ってもいないことをいっぱい言った。

 

喜んだお客は、僕の扱いを手加減してくれるし、次回も指名してくれるから。

 

「...んっ...あ、ああぁ...」

 

お兄さんの優しい指が、僕の敏感なところに埋められる。

 

僕は喉をのけぞらせた。

 

 

(つづく)

 

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