~チャンミン~
僕とユノの馴れ初めは、3か月ばかり前のことだ。
出会った時、僕らにはそれぞれ『彼女』がいた。
僕と彼女、ユノと彼女、2組で旅行に出かけていた。
ユノを初めて見た時、「あ...」って。
実際に、「あ...」って声が出ていた。
そして、「凄い...」と思った。
何が凄いのか説明がつかない凄いものが、僕のハートを鷲掴みしてシェイクした。
僕はてくてく、道を歩いていた。
違うな...逆だ。
てくてく歩いていたのはユノの方で、彼をさらって走り去ったのは僕の方だ。
僕は元来、恋愛事に熱心な方じゃない。
でも、女の子と肌が触れそうに近くにいると、うずうずしてしまう欲求は抑えられない。
それと同じものを、ユノ相手にも感じてしまったのだ。
ユノは女の子じゃないのに...変なの...なんて、全く思わなかった。
20年ばかりの僕の常識はひっくり返り、ごちゃごちゃ考える前に身体が動いていた。
初めて顔を合わせてわずか2日後に、僕はユノのアソコを握っていた。
...僕がこんなに情熱的な男だったなんて!
この発見に驚いた。
~ユノ~
「新学期が怖い」とチャンミンは不安がっていた。
さらに「見せつけてやろうぜ」なんて、俺は余裕を見せていた。
不安がるフリをしていたのはチャンミンで、いよいよ新学期が始まるとなった今、緊張し出したのは俺の方だったのだ。
・
例の旅行から戻り、駅で解散した俺たちは各々の自宅へと帰った。
荷解きを終え、洗濯機が回る音を聞きながら、ベッドに仰向けに寝転がった俺の手にはスマホがある。
そこには、ホテルの部屋で撮った笑顔の俺たちの写真。
幸福と期待で笑顔が光ってる。
顔しか写っていないけど、下はパンツ一丁で、彼女にフラれた(フッた?)30分後の俺たちの笑顔。
失恋したのに、この笑顔。
旅先の非日常的な空間で生まれた恋。
現実的な日常に立ち返ってみると、いかにぶっとんだことを始めてしまったことを実感するのだ。
俺は男、チャンミンも男。
数日前までは、自分には縁のない遠いこと、もっと言えば、絶対に自分にはあり得ない関係性だった。
同性相手に恋をする?
まさか!
あり得ない。
その「まさか」が、大してハードルの高いものじゃなかったことが、俺を驚かせるのだ。
恋する気持ちって...凄いなぁって。
どうしようもなく惹かれてしまったとき、それが恋。
年の差も容姿も立場の差も国籍も何もかも、恋心を阻む理由にはならないのだ。
恋路の邪魔にはなる。
それは大抵、第三者や外野の雑音だ。
俺が新学期を前に緊張している原因は、そこなんだと思う。
その雑音をどれだけ無視できるか、自分たちだけの世界に浸れるか、そして、何を言われようと揺るがない信頼を互いに築けるか...これが肝要だ。
俺もチャンミンも世間知らずの大学生で、好きでいさえすれば、それら雑音もとるにたらない問題にしてしまえると信じている。
いよいよ社会人となり、交際期間を1年また1年と重ねてゆくうちに、何かしらの物足りなさや将来への不安を抱くようになるだろう。
今はまだ、何も知らない21歳でいさせて欲しい。
せいぜい、学校内の視線だけを気にしていればいいんだ。
俺たちは何も、悪いことはしていないのだ。
俺とチャンミンは知り合ってまだ3日。
恋心に関しては自信がある。
信頼関係はこれから築く。
ひと晩会話してみて(会話だけじゃなく、ブツのしごきあいもしたけれど)、俺たちを包み込む空気の層の濃さが同じだと知った。
チャンミンといるとリラックスできる。
己惚れじゃなくチャンミンだって、同じ感覚を抱いたと思うんだ。
例えば、帰りの列車の中で。
俺の寝ぐせを梳かしつけてくれたチャンミンの手や、大あくびしたのをばっちり俺に見られ、照れ笑いした彼のまぶたの優しさ。
寝過ごしそうになった俺を容赦なくたたき起こし、2人分の荷物を抱え、俺の手を引いて先を歩くチャンミンの背中。
...一緒にいて楽だ。
楽で楽しい。
それに...。
舌をからめあい、唾液を味わい、粘膜が擦り切れそうなほど刺激し合った昨夜。
ゾクゾク興奮して、気持ちがよかった。
(なんて思い出したりするから、俺のあそこは目覚めてしまうんだ。
いつもの半分程度だ。
さすがに今日は、もう無理だ。
2、3日はオナる必要はない、と今は思えても、明日になればせずにはいられなくなるんだろうな。
なんせ、俺は若いから)
最高だ。
新しい恋は、希望に満ちている!
前向きな気持ちになった途端、俺はふと立ち止まる。
恋の仕方は知っている、好きでいられる間が恋だから。
ところが、「愛し方」となると自信がないのだ。
「愛し方」とはつまり...そう、アレのことだ。
・
翌日を新学期に控えた日、「チャンミンちに行っていい?」と言ったところ、「う~ん...」浮かない声だった。
付き合って数日も経たないうちに、自宅を訪ねるのは早すぎたのかな?
チャンミンは、プライベート空間に招くのはもっと、交際期間を経てからだと考えるタイプなのかな?
当初、俺の部屋で会う予定だったのが、そのアパートは朝から断水していた(工事用重機が水道管を傷めてしまったのだとか)
集合場所をファストフード店やファミリーレストランに変更するのではなく、チャンミンの部屋を指定したワケは、公の場じゃ「えっちなことができないから」、だけじゃない。
チャンミンの部屋ってどんな風なのかなぁ、って興味があったんだ。
好きな人のことって、何でも知りたいものだろ?
特に、恋愛初期の頃は。
渋るチャンミンの声に、拒否られたと俺の心は受け取って、しゅんと萎んできた。
俺の沈んだ声に、チャンミンは慌てて言った。
「ごめんね、ユノ。
ユノに来てもらいたくない、っていう意味じゃないんだよ。
ユノが困るかなぁ、と思ったんだ」
「困るって、俺が?」
「うん。
僕ね、家族と暮らしているの。
1人暮らしじゃないんだ。
ユノの部屋にいけなくて、残念だよ...。
ユノはどんな部屋で生活しているか、知りたかったから」
「...チャンミン...」
俺とおんなじこと思ってたなんて...胸がきゅんとして、拗ねた心もほどけた。
「実家暮らしなんだ、へえぇ」
「祖父母と3人暮らしなんだ」
「そうなんだ」
両親は?と尋ねそびれてしまった。
もし悲しい話なら、不躾に尋ねるのをはばかれたし、いやいや、こういうデリケートな内容は最初のうちに、さらっと訊いてしまった方が、チャンミンとしても気が楽かもしれない、とか、あれこれ考えるいつもの俺の癖のせいで、しばし無言になってしまった。
「父は亡くなっていて、母は再婚してどこかにいる。
僕はじーちゃん、ばーちゃんに育てられたんだ」
「そっか...」
「ほらほら~。
笑って、ユノ?
暗い話でもなんでもないんだから」
「うん」
チャンミンの家は、俺のアパートと大学を挟んだ反対側にあった。
「へえぇ」と感心したのは、ご近所に暮らしていても、その気で出会わなければ接点がない、という点だ。
大学の裏門で待ち合わせをし、チャンミンに案内されながら、見慣れない風景に俺はキョロキョロしていた。
俺の生活圏は、表門側一帯だったから、チャンミンに案内されなければ、裏門側の住宅街にわざわざ足を運ぶことはなかっただろう。
「小さい頃からここに住んでたの?」
「うん。
ここが僕の地元だよ。
どうしても進学がしたくて...家から近くて学費が安いところとなると、この学校を目指すしかなかったんだ」
「頑張ったね、チャンミン」
「頑張って勉強したよ~。
あ...ここだよ」
俺たちはごくごく普通の一軒家の前で立ち止まった。
「!」
チャンミンにぎゅっと手を握られて、驚いた俺はチャンミンの顔を見る。
今まで手を繋ぎたいのを我慢していたのは、ここは往来の場で公共の場なのだ。
門扉を開けて、家の中に通され、チャンミンの自室に入ったらすぐにしたいこと...道中ずっと、我慢してきたこと。
「チャ...!」
俺の唇はチャンミンのそれに塞がれた。
目をつむるタイミングを失い、チャンミンの頭越しに大学講堂の先端。
チャンミンの行動は予測不可能。
俺たちの側すれすれを、原付バイクが通り過ぎた。
明日からの新学期。
こんな風にチャンミンは、俺をドギマギさせることをごく当たり前に、さらりと自然にしてくるんだろうなぁ、と予感した。
(つづく)
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