~民~
「結果がどうであれ、この舞台に立てただけで凄いこと」と、チャンミンさんにポロリと本音を漏らした自分に反省した。
ステージの上では優勝者に称賛の拍手送っていたAちゃんは控室に戻った号泣した。
椅子に座りこんだKさんは無言のまま肩を落としていた。
「準優勝だったから、よかったじゃないですか」などと、気休めの言葉なんて一切かけられない空気に、彼らの姿を遠巻きに見ることしかできない。
優勝者は、私が「お!」と注目したレインボーカラーの作品で、超越したカラーテクニックと、テーマの解釈が斬新だとの総評をもらっていた。
私にはとても理解できないアートの世界だけど、人の心を打つものは理屈や理由は不要なんだと思う。
ユンさんの作品もそう。
ホテルのフロント前に展示されていた鳳凰の彫刻。
荒々しさと繊細さがひとつの作品の中で表現されていて、胸を打ったのだ。
「綺麗に作ってあげるから」とユンさんは私に囁いた。
自分自身の世界を作り上げるテクも知恵もない私は、誰かの手によって素敵に作ってもらえるのなら、それは素晴らしいことだなぁ、って。
今回のカットモデルのお仕事で、そう思った。
作品のモデルだなんて恐れ多いし、恥ずかしい気持ちでいっぱいだけれど、少しだけ楽しみになってきた。
「次がありますよ」って、AちゃんはKさんを慰めている。
更衣室がいっぱいだったので、仕方なくその場で着替えた。
背中に手を回してコルセットのホックを外すと、締め付けていた胸が解放されて緊張と共に全身でホッとした。
コルセットを外して隙間なく並ぶスタッズを見て、KさんとAちゃんが夜なべをしてひとつひとつ縫い付ける姿が目に浮かぶ。
あんなに頑張ったのに...。
「ん?」
視線を感じて周囲を見回すと、控室中のあちこちで私を見ている。
「わっ!」
大慌てでコルセットを抱きしめた。
男なのか女なのか不明な私はコンテストの間中、興味本位の視線を浴びていたんだった。
裸になる度、鏡に映る少年のような自分の身体が嫌いだ。
今ので周りの人たちは絶対に、私は男だと確信したに決まっている。
泣きそう...。
私の様子に気付いたAちゃんが大急ぎでケープを首に巻いてくれて、ショートパンツを脱いでいつものデニム姿に私は戻った。
うなだれていたKさんが、むくっと顔を上げ、
「もらった賞金で次のコンテストを目指します!」
と、宣言した。
「Kさん...」
「来年もこの大会を目指します!
次はシニア部門になるので、強敵揃いになりますが。
近々の大会は来月にあるので、まずはそれに向けて頑張ります」
「え~。
少しは休ませてくださいよぉ」
Aちゃんはうんざりした表情だったけど、その目はワクワクに満ちて輝いている。
本当に...彼らが羨ましかった。
サロンに戻った私はメイクを落とし、カラーリングのし直しと痛んだ髪をトリートメントしてもらった。
「民さんのしたいスタイルにしてあげますから、遠慮なく言ってください」
疲れているだろうに、Kさんは気を遣ってくれ、お言葉に甘えてフルコースの施術を受けた私。
「わぁ...」
Kさんにお任せしたら、自分で言うのもなんだけど「いい感じ」になったのだ。
私の本質を分かってくれてる、と思った。
「Kさん...凄いです...!」
変身した私を見て満足そうなKさん。
「今までありがとうございました」
アルバイト代の入った封筒をうやうやしく受け取った私は、頭を下げた。
「民さん!」
サロンを出ようとした時、後ろからKさんに呼び止められた。
「はい?」
「チャンミンさん...民さんのお兄さんみたいな人」
「みたいな?」
「お兄さんだと最初勘違いしてましたが、本当は違いますね。
間違っていたらすみません」
驚いた。
「どうして分かったんですか?」
「会場にいらっしゃってたでしょう。
お二人が並んでいるところを見て...兄妹じゃないんだな、って思ったんです」
「どこでそう思ったんです?」
「なんとなく。
お二人の間で流れる空気、というか...。
うまく説明ができなくて申し訳ありませんが、兄妹じゃないな、って。
あ!
意味深な意味で言ってるわけじゃありませんよ」
Kさんの観察眼はすごい。
双子みたいな私とチャンミンさんを、他人同士だって見抜くなんて。
「民さーん」
半泣きのAちゃんが私に抱きついてきた。
「私を綺麗にしてくれて、ありがとうね」
私は身をかがめて身長150センチのAちゃんの背中を撫ぜる。
私より若いのにしっかりしていて、夢を追いかけていて、一生懸命な女の子。
「Aちゃんは、もしかしてKさんのことが...?」
Aちゃんの耳元で囁いたら、ぼっと頬を赤くした。
「内緒ですよ!」
「もちろん!
お似合いだと思うよ」と、こっそり囁いた。
阿吽の呼吸のKさんとAちゃんだもの、きっとうまくいくはず。
サロンの外まで見送りに出てくれた二人に手を振って、私は帰路につく。
賞品のシャンプーやヘアパック、ドライヤーを片手に、私はチャンミンさんのお家へ向かっている。
チャンミンさんのアドバイス通りに、髪を染めてもらいましたよ。
ぱっと見は茶色だけど、光があたると深みの赤が感じられる色ですよ。
私は幸せで胸いっぱいだった。
(つづく)
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