~チャンミン~
「僕が引っ張るから、ユノは押すんだ」
「オッケー」
2人とも太ももまで水に浸かった上での力作業。
「いくよ」
「くーっ!」
一息つく。
「もうちょっと」
「おーもーいー!」
力が入りにくくて手こずった。
掛け声に合わせて力をこめているうち、数センチずつギシギシきしみながら移動させることができた。
「抜けてる!」
50センチほど移動させた時、ユノが目を輝かせて僕を見た。
発電機があった場所に向かって、水が流れ込んでいくのが分かった。
吸い込まれていく水が、水面に水流の渦を作っている。
「やった!」
「やった!」
僕とユノはお互い手を握って上下に振る。
「助かったぁ!」
突然、ユノがへなへなと水中に沈みかける。
「わぁ!
ユノ!」
僕は慌ててユノの手を引っ張り上げた。
安堵のあまり腰が抜けたみたいだ。
僕は身をかがめてユノの腰に腕をまわし、自分の肩の上に担ぎ上げた。
「おい、俺は荷物じゃないんだぞ」
文句を言うユノ。
(強がっていたんだな。
ホントは怖くてたまらなかったんだな)
「水の中から出よう。
ドアが開くまで、しばらくかかる。
僕も寒い」
僕も限界だった。
入口ドアのステップよりも高い場所はないかと、周囲を見回す。
「あそこまで移動しようか」
室内に並ぶタンクのうち、1つだけ背丈が低いタンクがある。
低いとはいえ2メートルはある。
「ほらユノ、端を持って」
「よいしょっと」
ユノをタンクの上に載せてから、僕もよじ登る。
タンクはつるつる滑るのと、足がかりがないから懸垂の要領で身体を持ち上げる。
「鍛えた筋力が活かされたね」
「よいしょっ」
タンクは、高さ2メートル、直径1メートルの円筒形のもの。
幸いタンクの背面は、壁に接している。
「狭いから、気を付けて」
僕はユノを突き落とさないよう、用心しながらタンクの上に両脚をおさめた。
「高いなぁ。
怖いなぁ。
俺は高いところが苦手なんだよ」
ユノは下を見ないよう、顔をそむけて目をつむっている。
「下は水だから、万が一落ちても大丈夫だよ」
「ばっかもん!
そういう問題じゃないんだよ」
「落ちないよう気を付けなくちゃ」
「ほこりだらけだし」
ユノが真っ黒になった手を僕に見せる。
たっぷりとほこりが堆積していたから、僕らの濡れた洋服は容赦なく汚れてしまう。
「狭いな」
タンク上部は面積1メートル、天井まで1.5メートル。
ユノは中腰、僕は膝立ちでバランスが悪い。
落ちないように互いに二の腕をつかんでいる格好だ。
「この姿勢はキツいぞ」
「ユノはここにいなよ。
僕は下にいるから」
「ばかたれ!
あんたが凍死するぞ」
「どうしよっか...」
「よし!
チャンミン、あんたは壁際に行って」
ユノと場所を入れ替える。
「オッケー...いてっ!」
ふいに上げた頭を、コンクリートの天井にぶつけてしまった。
「うっ、ううぅぅ...」
「大丈夫か?」
頭頂部を抱えていると、ユノはぶつけた箇所を撫でまわし、触った手のひらに目を凝らした。
「安心しろ、チャンミン。
血は出ていない。
のっぽな自分を忘れるんじゃないぞ」
そろそろと、ユノと場所を入れ替える。
「あんたがまず座るんだ」
そろそろと腰を下ろした。
「もうちょっと脚を広げな」
「よっこらしょ」
広げた僕の太ももの間に、ユノが腰を下ろした。
(近い近い近い!)
僕は手のやり場に困って、迷った挙句タンクの淵をつかんだ。
「チャンミン、俺を突き落とすなよ」
「当たり前だろ」
ユノの片手が伸びて、僕の手首をつかむとぐいっと自身のウエストに巻きつかせた。
「!」
「つかんでて。
手を離すなよ。
俺はとにかく、高いところが苦手なんだ」
「う、うん」
ユノのウエストで組んだ僕の手の平が、汗ばんできた。
ぽたぽたと未だ天井からしたたり落ちる水音が、コンクリート造りの部屋に反響する。
しばらくの間、僕らは無言だった。
「...チャンミン」
「ん?」
「照れるな照れるな」
「なっ...!」
ユノにバレていた。
僕の両足の間のユノのお尻とか。
僕の手の下のユノの固いウエストとか。
目前に伸びるユノのうなじとか。
意識し出すと、僕の心拍数は上がっていく。
すっかり寒さを忘れてしまった。
僕は相当、困惑していた。
僕には刺激が強すぎた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]