(まずい...)
チャンミンは、自分の両足が挟んでいるものを意識しだした。
途端に、胸の鼓動が早くなる。
喉がごくりと鳴ってしまう。
(まずい...。
この状況はあまりにも...。
まずい!)
デニムの厚い生地を通して、ユノの身体の熱が伝わってくるだけじゃない。
(自分が抱えている、ほどよい弾力ある固い身体!
これが、大問題なんだ!
何か違うことを考えるんだ!
えーっと、よし!
明日の段取りを考えよう!
報告をして、屋上に上がって被害調査と原因追及、恐らくバルブの故障だろうから、工事が必要になる、修理・交換となれば当分雨水に頼れないだろうから、潅水が不足して...。
ダメだ!
明日の心配より、今の心配だろ!
ドア下まで水がひいたら、僕がまず先に降りて、それからユノを下ろして、ここの後片付けは明日考えよう。
課長に連絡を入れて...その前に、僕らはびしょ濡れだから、家まで歩くのは無理があるな...。
寒いよな、コートを羽織ればなんとかなるか...。
ドームを出て、家に帰って...ユノはどうする?
家まで送っていった方がいいよな。
...ユノの家ってどこだろう?
...ユノは一人暮らしだろうか?
送っていったら建物の前で別れるのか?
部屋の前まで送っていった方がいいのか?
で、「お疲れ様」って言って別れて...。
その前に「お風呂でちゃんと温まりなよ、って言ってあげよう。
...家に帰ったら「大丈夫?」って電話をかけて。
...明日の朝は、体調は大丈夫か電話をかけて...。
ダメだ!
ユノのことを考えてたらダメだろう!)
「どうしたチャンミン?」
チャンミンの固く握ったこぶしに気づいたユノが、振り返る。
「べ、別に」
「まだ水はひかんのかなぁ」
「あと30分かそこらだと思うよ」
「そんなにかかるのぉ?
俺の身体がもたない、寒い、怖い!」
「駄々をこねるなよ。
あともう少しだから」
ユノは深呼吸をし、ぎゅっと目をつむる。
(楽しいことを考えていよう。
ここから出られたら、何を食べようっかなぁ。
熱々のラーメンがいいなぁ。
いやいや、その前に風呂に入りたい。
お湯に身体を沈めたら...いいねぇ...。
明日の仕事は休んでやる!
一日、家でゴロゴロしてやる!
......ん?
......んん!?)
ユノの思考が止まる。
「......」
(これは...。
...これは...。
これは...!
間違いない!
どうしよう...気付いてしまった!
黙っているべきか。
気付かないふりをしたら、かえって恥ずかしいよなぁ...)
「...チャンミン」
「ん?」
「俺がこれから言うこと...気にし過ぎるなよ」
「どうした?」
(言い方に気を付けないとチャンミンのことだ、しつこく悩むに違いない)
「俺は気にしてないからな!」
「?」
(しまった!
全然気づいていなかったか!
そっとしておこう)
「何でもない」
「え?」
「俺の気のせいだった」
「言いかけて止めるなんて、気になるじゃないか」
「でもなぁ...」
(弱ったなぁ。
言いだしにくくなった)
「いつもユノはズケズケ言うくせに」
「ええっと」
「早く言えって」
「言っちゃうよ、いいか?」
「いいよ」
「あたってる」
「あたってる?」
「そう」
「何が?」
「だからさ、あんたの」
「......」
「あたってる」
「わっ!」
ユノが何を指摘しているのかを、理解したチャンミン。
パッとユノに回していた腕を離し、後ろに飛びのこうとしたが、それが難しい時と場所だった。
「こらっ!」
すぐさまユノの手がチャンミンの手首をとらえて、強引にウエストに回される。
「落ちるとこだったじゃないか!
あれほど突き落とすなって、言ってたのに!」
「ゴメン」
「なあ、チャンミン」
「なんだよ......」
「ユノさんは、非常に嬉しいぞ」
「?」
「あんたがれっきとした男だってことが分かって」
「......」
腕を抜こうとするチャンミンの手を、ユノは押さえ込む。
「だーかーらー!
手を離すなったら!
恥ずかしがるのは後にしろ!」
「後にしろって言われても...」
「生理現象なんだから、気にするな」
(生理現象だから、余計に恥ずかしいんだって)
「はあ」
チャンミンはがくりと首を落とす。
ユノから離れるわけにもいかず、自分の意志でどうにでもできない。
(辛い...。
恥ずかしいなんてレベルじゃないよ。
ユノの顔を見られない)
「ユノ...僕は下にいるよ」
腰を上げようとするチャンミンの膝を、ユノは強く押えた。
「だから、気にするなって」
「くっついていたら、おとなしくなってくれない」
「今さら何照れてるんだよ!
あんたのはとっくの前に見せてもらったこと、忘れたのか?」
「だから、あの時の話はするなって!」
「あはははは」
(からかうと面白い奴だなぁ)
ひとしきり笑ったおかげか、ユノの中から高所の恐怖心が薄らいでいた。
「ユノ!
お願いだから動かないでくれる?」
「刺激しちゃうから?」
「本当に突き落とすよ」
「わかった。
大人しくしているよ」
お尻がしびれてきたユノは、もぞもぞと動かす。
「ユノ!
動くなったら!」
「チャンミンが暴れん坊すぎるんだって」
「暴れん坊って...ユノ...もう」
(ごめん、チャンミン。
あんたをからかうのは、本当に楽しいよ)
(つづく)
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