(うっ...)
第三ボタンまで開いたユノのパジャマの胸元から、チャンミンは目をそらした。
(目の毒だ。
ボタンを閉めないと...)
「...ったく」
チャンミンはユノの胸元に伸ばしかけた手を、瞬時に引っ込めた。
(いかにもユノらしいことを、しないで欲しい)
パジャマのボタンが1段ずつずれている。
(ボタンをかけ直してやるのは...僕には...できない)
「布団をかけろって、寒い!」
「ごめん!」
寝返りを打ってしまったユノの背中に、チャンミンは声をかける。
「どうして欲しい?」
「......」
「食べられるものはある?」
「......」
「プリンとゼリーと、どっちがいい?」
「チャンミン、帰れ」
ユノは右足首の先が気になって仕方がない。
「嫌だ」
「チャンミンのくせに生意気だぞ」
「ははっ。
この前のお返しだから。
ユノの要望にだいたい応えられるよう、いろいろ用意してきたんだ。
何でもあるよ。
で、何が欲しい?」
「ラーメン」
「ラーメンは...ない」
「冗談に決まっているだろ?
ラーメンなんか食べられるわけないだろうが」
「そうだ!
ユノ、熱を測ろう!
体温計も用意してあるんだ」
チャンミンはキッチンカウンターから、買い物袋ごと持ってベッドに戻ってきた。
「ほら、脇に挟んで」
「うーん...チャンミンがやって」
「え!?」
「チャンミンにできるわけないよなぁ。
貸して、自分でやる」
「薬にアレルギーはないよね?
熱冷ましの薬を飲もうか?」
ギュッと目をつむったユノは、こくんと頷いた。
「水がいるね」
キッチンカウンター下の扉をバタバタ開けて、ようやくグラスを探し出し、水道の水を汲んでユノの元へ戻る。
「はい、薬だよ。
身体をちょっとだけ起こせる?」
「...無理。
口移しで飲ませて」
「えっ!?」
「冗談だよ」
(具合が悪いくせに!
そうそう氷枕!)
冷凍庫の中を見て「やっぱり」とつぶやくと、買ってきたばかりの氷をボウルに出す。
(ユノの冷蔵庫の製氷皿は空っぽだろうと、予想した通りだった)
「頭を上げるよ」
シャラシャラと氷がぶつかる音をさせるゴム製の枕に、ユノの頭を乗せる。
「このままじゃ冷たいよね。
タオルを巻こうか。
洗面所は...?」
「タオルはいらん」
チャンミンの手首をユノの熱い手がつかまえた。
(洗面所に行ってもらったら困るんだ)
「わかったよ。
体温計を渡して。
うーん、38.5℃か。
これは辛いね」
(チャンミンが、優しいよぉ。
...ぐすん)
チャンミンの声音が優しくて、看病する手がぎこちなくて、朦朧とした頭であっても泣きそうに感動していた。
チャンミンは床に腰を下ろすと、ベッドにもたれた。
「用があったら、僕を呼びなよ」
「俺のことはいいから、早く帰れ」
「嫌だ」
「もう欲しいものはない。
来てくれて、ありがとうな。
寝れば治る。
バイバイ。
帰りな、チャンミン」
「僕はユノの看病をするって決めたんだ。
だから、帰らない」
「......」
ユノはチャンミンの方へと寝返りをうった。
横になったユノから見えるのは、チャンミンの後頭部。
膝の上に置いたタブレットが放つ青白い光が、チャンミンの顔を照らしていた。
「チャンミン...一緒に寝るか?」
「え?」
振り向くと、熱のせいでうっとりとした表情のユノがこちらを見ていた。
「俺と一緒に寝るか?
ここに」
「......」
「こら。
何を想像してた?
顔が赤いぞ、チャンミン」
「ユノの方こそ、真っ赤っかだよ」
「熱があるんだから、当然だろうが」
「熱があるなら、大人しくしてろ!」
「してるじゃんか...。
チャンミンがうるさいんだよ...。
...帰れって言ったのに...」
そこまで言うと、ユノは眠りについた。
ふうっとチャンミンはため息をついた。
ベッドにあごをのせると、目の高さにユノの寝顔があった。
眉間にしわを寄せて苦しそうで、ユノの熱い息が感じられるほどその距離は近かった。
チャンミンは人差し指でユノの眉間のしわをのばした。
閉じたまぶたに、その指を移した。
指の下で、まぶたがふるふると震えている。
小さな鼻先まで指を滑らす。
苦しいのか軽く開いた上唇に、チャンミンの震える指先が触れた。
熱い息がかかる。
チャンミンの心臓は早鐘のように、速く強く打っていた。
(つづく)
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