~冬~
チャンミンにトイレを覚えさせるのは、早いうちに諦めた。
この子は私がちょっと目を離した隙に、おしっこをするのだ。
特にお気に入りなのがラグの上だった(タミーや私たちの足の匂いが染みついているせいなのかな)
ユノさんは雪が溶け始めた春先になると、薪割りに精を出す。
日当たりの良い軒下に、薪を山と積んで湿気を飛ばす。
秋口になるとその薪をポーチの床下に積み直す。
ストーブ脇の木箱いっぱいに薪を用意するのが、私の仕事だ。
氷点下の外気に身を丸め、ポーチから薪を一抱え取って引き返してくるわずか数分の間に、チャンミンはラグの上に水たまりを作っていた。
「もう!」
仏頂面な顔をしたって、赤ちゃんのチャンミンには通じない。
肌色の鼻をひくひくさせて、そう広くはないリビングの探検の真っ最中だった。
帰宅したユノさんに、「チャンミンったらトイレを覚えてくれないの!」と訴えた。
チャンミンのためにトイレは用意してあった。
タミーが子犬の時、寝床として使用していた藤籠に新聞紙とおがくずを敷いたものがそうだ。
市場で買ってきた魚の内臓を抜く作業をしていたユノさんは、手を止めた。
「それはミンミンがチャンミンを観察していないからだよ。
あの子をよ~く見てごらん」
チャンミンはごろりと横になったタミーのお腹に、鼻づらをこすりつけている。
雄のタミーにはあるはずのないおっぱいを探しているのだ。
温厚なタミーは、チャンミンにされるがままになっている。
太短い後ろ脚を踏ん張って、同じく太短い前脚でタミーのお腹をふにふにしていた。
「そっか!」
チャンミンの短い脚じゃあ、藤籠の縁を乗り越えられないのだ。
どうしてこんな単純なことに気付かなかったのだろう。
度重なる粗相の後始末にカリカリしていた私は、チャンミンを観察する目を失っていたのだ。
タミーがそわそわし出した。
ドアを開けてやると、タミーはポーチから前庭に降り立ち、後ろ足をあげた。
私はドアを開けて、タミーが用を済ませて戻ってくるのを待った。
「駄目だよ、チャンミン!」
小さなチャンミンが私の両足をすり抜けて行ったのだ。
ポーチには、雪原から吹き込んだ雪が数センチほど降り積もっていた。
「チャンミン!
寒いから!」
毎日のホットタオルと、ユノさんが職場から持ち帰った塗り薬で、チャンミンの皮膚炎はよくなっていった。
そうであっても、禿げたところに産毛が生え始めた程度。
チャンミンが凍えてしまう!
ドアの框に脚をひっかけてしまい、チャンミンはポーチの床にまともに頭から突っ込んでいた。
慌てた私は、チャンミンを抱き上げようとした。
「好きにさせておきなさい」
リビングのユノさんは私を止めた。
「でも...」
「いつまでも家の中に閉じ込めておくのは可哀想だよ」
ユノさんの大きな足跡をたどって、チャンミンはよたよたと歩いている。
文字通り、よたよたよちよちと。
ここに来てから、ミルクを沢山飲んだおかげで、チャンミンはひと回り大きくなった。
チャンミンは頭も大きいし、お尻も大きい。
極めてアンバランスな身体付きなのだ。
歩を進めるたびに、お尻を左右に揺すっている。
短い尻尾をぴんと伸ばしてバランスを取ってはいるけど、前脚を滑らせて再び頭を打ちつけた。
雪で覆われたポーチの板張りの床は凍り付いている。
私はヒヤヒヤしながら、チャンミンの後ろ姿を見守った。
そのうちに足元の不確かな地を歩くコツを覚えたらしい。
足取りがスムーズになってきた。
庭へと下りる階段の手前まで到達した時、私はチャンミンへ駆け寄ろうとした。
幼い動物は高低差が分からないのだ。
「チャンミンの好きなようにさせておきなさい」
再度、ユノさんは私を止めた。
チャンミンはふんふんと床の匂いを嗅ぎだした。
その場をぐるぐると廻り出した。
階段下のタミーの目が、見守るものになっている。
チャンミンは大きな腰をすっと、落とした。
「やった...!」
まだまだバランスのとれない足腰で、生後1か月の赤ちゃんだ。
片脚をあげるのはまだまだ早い。
くるりと向きを変えたチャンミンの、私を見上げた顔といったら!
「どう?」と自慢げに、大きな大きな目をキラキラさせていた。
私は駆け寄り、チャンミンを抱き上げた。
「偉いね~。
よくやったね~」
チャンミンの丸い頭を何度も撫ぜた。
大きな鼻は雪まみれになっていた。
「チャンミン、いい子だね~。
凄いね~」
白と黒と茶色のまだら模様の背中を撫ぜた。
この時こそ、ユノさんは私を止めなかった。
チャンミンは私の唇をぺろぺろ舐めた。
(つづく)
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