【83】NO?

 

 

~チャンミン~

 

 

リアの浮気を知った昨夜以降、彼女とは顔を合わせていない。

 

リアの奴...。

 

体調が優れないのに、一体どこにいるんだ。

 

...浮気相手のところだ、きっと。

 

裏切りを知って、身が切れるほど痛みが襲った。

 

痛みの正体は、哀しみじゃない。

 

間抜け過ぎる自分が情けなかったからなんだ。

 

僕は彼女のどこを見て、何に惚れたのか分からなくなった。

 

多分、僕は見たいものしか見ていなかったんだろう。

 

そんな僕を、リアは早い段階で見抜いていたんだと思う。

 

疑いを持って問いただしたり、もっと側にいてくれと要求したり、僕らの間に波風をたてるような言葉を口にすることを恐れている僕に、リアは気付いていたんだ。

 

腑抜けで盲目な僕を試すかのように、奔放さを発揮させていったのだろう。

 

助長させたのは、僕だ。

 

「民ちゃん...」

 

知らず知らず言葉が漏れる。

 

ずりずりとキッチンカウンターに背中を滑らせて、僕は床に座り込んだ。

 

大理石の冷たい床が、裸足の足裏に心地よい。

 

「僕は...馬鹿か」

 

僕のことを覚えていないことに絶望して、とっさについた嘘。

 

僕に対して記憶がない(実際は『ふり』だったんだけど)まっさらな民ちゃんに、僕の願望を刻みたくなった。

 

信じ込む民ちゃんに、民ちゃんの質問にしどろもどろになりながらも、僕の心は踊った。

 

「ごめん、冗談だよ」って取り消せなくなって、いっそのこと本当のコトにしてしまおうって、本気で思ったくらいだ。

 

...楽しかった。

 

民ちゃんとの『恋人ごっこ』は、本当に楽しかった。

 

もしこれが、現実だったらどんなにいいことか、と切に望んだ。

 

民ちゃんに信じ込ませて、僕の願望を現実にすることができたらって。

 

民ちゃんは単純で素直だから、ころっと騙されるだろうと知っていたんだ。

 

記憶喪失が嘘だったと知って、僕は民ちゃんを見直した。

 

この子は一筋縄じゃいかないぞ。

 

「あの」民ちゃんに、そんな器用なことができるとは想像もしていなかった。

 

なんでまた、あんな嘘を思いついたんだろう。

 

からかうつもりにしては、冗談きついよ、民ちゃん。

 

僕が嘘をついているって知ってて、『恋人のフリ』に合わせるんだから。

 

あーもー、恥ずかしい。

 

やっとのことでひねり出したストーリー...。

 

1.民ちゃんから告白されて付き合うようになって、

 

2.民ちゃんに誘われて即ベッドインして(しかも昼間)、

 

民ちゃんったら目を輝かして突っ込んだ質問を浴びせてくるんだから。

 

それにしても、楽しかった。

 

本当のことだったら、どんなにいいことか...。

 

この台詞を何度も反芻している。

 

「待てよ...」

 

現実にすればいいじゃないか!

 

希望の光が見えてきた。

 

悶々していないで、行動に移すべきだ。

 

想いを小出ししていった方がいいかな。

 

それとも、はっきりストレートにぶつけた方がいいかな。

 

「あ...」

 

夢の中の民ちゃんの台詞。

 

「ユンさん...」

 

あれは夢の中だけの話だ。

 

カットコンテストの日、民ちゃんとユンが談笑していた光景があまりにショックだったせいだ。

 

ユンを尊敬のまなざしで見つめる民ちゃん。

 

あれはいただけない。

 

膝に組んだ腕に顔を埋めた。

 

リアのことは、もういい。

 

僕の手に負えないことだ。

 

 

(つづく)

 

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