~チャンミン~
僕がすねているわけは、お兄さんに怒られたからだ。
リビングのソファの上に寝っ転がって、背中を丸めていた。
「パンツなんて穿いてやるもんか!」
お兄さんたちを困らせてやりたくて、裸ん坊のままでいた。
洋服なんて邪魔なだけだ、肌ん坊の方が慣れている。
僕は頭だけを起こし、リビング繋がる廊下の方を窺った。
また「あの女」が我が家にやってきた。
「今日は休日だ」ってお兄さんはお酒を飲んでいたくらいだ、約束無しで訪れるとは、常識知らずな女だ。
「犬」時代の僕は、女の人を目にする機会はほぼ、ないと言って等しい。
稀に客が女の人を同伴してくる時があった。
客の男と連れの女の人、そして犬の3人でしたいから、と。
「当店はお客様は男性に限っております。お客様と犬と1対1のプレイをお楽しみいただく場所であります」
たまにはクソ店長もいいこと言うなぁと、見直しかけていたら、「ただし、お買い取りいただけましたら、どうぞお好きになさってください」と抜かすんだ。
僕はこれまで2回、お買取りされた。
2回目はお兄さんに、お買取りされた。
お兄さんも、1度は誰かにお買取りされた。
お兄さんにお買取りされた僕は、お兄さんだけのもののはず。
あの女の登場で、僕の立場が危ぶまれてきた感が濃くなってきた。
お兄さんの愛情を、僕はあの女と分け合わないといけないなんて!
「あの女とは仕事関係に過ぎず、えっちしたことはない」と、お兄さんは僕を安心させようと、まっすぐに僕と目を合わせて断言していた。
...でも、不安になってきたんだ。
僕は女の人には叶わない。
あの女は身体の曲線を強調する服を着ていた。
太ももまで切り込みのあるスカートと、タンクトップみたいなシャツを着ていた。
髪の毛も長くて、花の匂い...花の種類は分からない...をさせていた。
一体、お兄さんの部屋で何をするんだろう。
お兄さんを誘惑しに来たのかな。
居ても立っても居られなくて、お兄さんの書斎まで走り、ドアに耳をくっつけた。
「もう一度行ってみないと...」「危険...」とか漏れ聞いた。
なんのことかさっぱり分からない。
その後は聞き取れなくて、諦めた僕はリビングに戻った。
バルコニーへ戻り、脱ぎ散らかしたままだったパンツとTシャツ、ショートパンツを身に着けた。
裸ん坊でいる自分が恥ずかしくなったんだ。
まるで犬みたいじゃないか。
お兄さんと「あの女」は難しいことを話し合っているんだ。
僕にはとても理解できない単語も使っているんだ。
文字も満足に読めない自分が情けなかった。
じわっと涙が浮かんできたのを、仰向いてこぼれないようにした。
...でも、お兄さんは僕のことを好き、って言ってくれた。
えっちの時は沢山、「好き」をくれる。
えっちの時の僕だけが好きなのかな。
えっち以外の僕は行儀が悪くて無知で、仕事をしていなくて、お兄さんに追いつけない。
お兄さんの隣に立つ資格なんてないんだ。
ぼんやりしていられないぞ。
教科書とノートをテーブルに広げた。
靴箱から筆記用具と電卓を取り出した。
最近の僕は、算数の勉強も始めたのだ。
ふと思うところがあって、電卓を叩いてある数字を打ってみた。
そして、僕が壊してしまった電子レンジの値段で割り算してみた。
「20...」
あの電子レンジが最上位モデルだってのは知ってるけど...それにしたって...。
僕の価値は電子レンジ20台分に過ぎないんだ。
犬時代は店一番高額な自分に、僕は鼻高々だった。
小さな世界で...しかも、場末のいかがわしい店...一番だったとしても、電子レンジ20台と交換できてしまうのだ。
僕自身の価値を高めないといけない、と途端に焦り出した。
お兄さんに捨てられないように、「あの女」より知識を蓄えないと!
・
とても集中していたみたい、時計を見ると1時間以上経過していた。
鉛筆があたって痛む中指を擦る時、手首の包帯に目が留まった。
包帯を解き、絆創膏と湿布を剥がした。
赤黒い痣が手首を一周、擦り傷も出来ている。
昨夜の激しいえっちで付いた傷だ。
お兄さんが僕に怪我をさせたんじゃなくて、僕がお兄さんに頼んだんだ。
「そういう」えっちをする時用の道具があるんだ。
お兄さんに黙って、インターネットで注文したんだ。
それを見た時、お兄さんはびっくりしてたなぁ。
「チャンミン...お前...」って。
戸惑うフリはしなくていいよ、僕は知っているんだから。
お兄さんの眼の中で、めらめらと炎が揺れていたことを。
お兄さんも好きだよね?
この傷はお兄さんに愛された徴。
それにしても、痛いことが好きなんて、僕は変態だね。
腰の奥がウズウズした。
(つづく)
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