向かい合わせに横たわって、二人は互いの頬を両手で包み込んでいた。
深いキスに進む前に、確認したいことがあったのだ。
ユノは今、チャンミンの右頬に触れた手を下に落としたい欲求を抑えていたし、チャンミンの方も、ユノの腰を引き寄せたくて仕方がなかった。
壁一面の窓からは、人口500万人都市の夜景を見下ろすことができる。
曲がりくねったチューブの中を、青白い軌跡の光線が一定間隔で走っている。
時折、天に向けられたサーチライトを、飛行物体の船体が横切っていく。
空の裾野は、無数の人工照明でぼうっと黄色くにじんでいた。
これらは今の二人の視界には、当然入っていない。
「チャンミン」
「ん」
ユノはチャンミンの額に唇を押し当ててから、こう尋ねた。
「念のため訊いておくけど、チャンミンは...その...経験、あるわけ?
ご存じの通り、俺は同性派なんだ。
生まれてこの方、俺は男としか経験していないんだ。
...どういう意味か分かるか?」
(チャンミンがノンケだってことを知っている。
女性経験しかないことも知っている。
でも...半月前のチャンミンは、卵から孵ったばかりのひな鳥みたいだったんだ。
初めて好意を持った者の性別など、関係ないのだ。
もし観察者が女性だったら、彼女を好きになっていただろう。
最も身近にいた人物が俺だったから、好きになったまでだ。
...そう考えると、ちょっとだけ虚しい気持ちになってしまう)
ユノの質問に、チャンミンは考え込んでしまった。
チャンミンの答えを待つユノの二つの眼は、わずかな灯りを集めて光っていた。
片手を頬から離すと、その指でユノの細い鼻梁を...滑り台を滑り落ちるように...上から下へとたどった。
ユノの尖った鼻先から宙に放り出された人差し指は、彼の唇の上に着地した。
熱を帯びていたユノの唇に触れた時、緊張のあまり自身の指先が冷たくなっていたことにチャンミンは気づいた。
ユノの顔に触れながら、チャンミンは思いを巡らせていた。
(ユノは「経験はあるのか?」と尋ねている。
経験はない...おそらく。
あるのかもしれないけれど、覚えていないんだから未経験と同じことだ。
女性とはどうやってやるか知っているし、男の場合も同様だ。
知識として知っているだけだ)
「...ごめん。
初めて...だと思う...」
チャンミンはうつむいて、矢のように射るユノからの視線から逃れた。
みぞおちから下は濃い影に沈んでしまっている。
彼らが触れ合っているのは、両手で挟んだ頬だけだった。
「どうして謝るの?」
「経験あるよ」と見栄を張られたとしても、その嘘を信じるつもりでいたユノは、素直に認めたチャンミンのことがいじらしかった。
「...いや...やっぱり30歳になるのに、経験がないのも...さ。
ほら、僕って人付き合いが苦手だろ?
だから...ユノが初めてなん...だ」
チャンミンの告白の語尾は、消え入りそうだった。
(どの時代でも、生身の人間同士の関わり合いに無関心な者も一定数はいると思う。
チャンミンのような人物は特に珍しいわけじゃない。
チャンミンが持つ特殊な事情が、今の彼をこうさせているのだ)
「そっか。
身構えなくていいよ。
こうやって...」
ユノはチャンミンの肩を抱くと、自身の方へと引き寄せた。
「あ」
これで、二人のみぞおちから下がぴったりと接触した。
「......」
「......」
ぷっと同時に二人は吹き出した。
「緊張してる?」
「うん」
「やっぱり?」
「すぅぅ...はあぁぁ。
すごい緊張してる」
大袈裟に息を吸って吐いてみせるユノに、チャンミンは笑った。
二人の脚の付け根は、互いの柔らかく温かいものを感じ取っていた。
(最初のキスの時は、苦しいほど元気いっぱいだったのに、今はもう...。
今もまだ、探り合いの段階だ。
どっちがどっちだ?)
「......」
彼らの背中は呼吸が荒々しくなってきた証拠に、大きく上下している。
「ふう...」
こくりと頷き合ったのが合図だった。
「!!」
チャンミンはユノを仰向けにすると、その上にのしかかった。
チャンミンの素早い動きに驚く間もなく、ユノの唇はすっぽりとチャンミンの唇で覆い隠されてしまった。
チャンミンに応えようと舌を伸ばすのだが、口内を激しく踊るそれの荒々しさに、ユノの舌はチャンミンにゆだねるしかない。
(くっ...チャンミン...激しいな)
「んっ...んっ...ん」
舌同士を重ね合わせたままの息継ぎは、熱く荒々しい吐息のせいで性的に煽られるのだ。
ユノの顎をつかんだチャンミンは、唇を重ねなおすごとに右に左にと意のままに、ユノの頭を傾ける。
右に左にと操られるユノは、キスするだけが精いっぱい。
(は、激しい...。
この感じだと、俺...攻められる方になるんかな)
ユノはチャンミンと上下に身体を入れ替え、チャンミンを仰向けにした。
そして、背中に回していた手を、チャンミンの正面へと回した。
(チャンミンのペースに任せていたらあかん。
俺だって...!)
(つづく)
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