「マジか...?」
婚約指輪を飲み込んでしまった発言に、ユノは勢いよく振り返った。
みぞおちを撫ぜる僕を「信じられない」と言った表情で見ている。
驚いて当然だ。
「うん。
レントゲンを撮ったら、写ると思う」
「平気なのか?
いつまでも腹の中にあるのは具合が悪いだろう?
実はいつの間にか排出されてるかもしれないぞ?
...あれと一緒に」
「それはないと思う」
お腹をしみじみと見つめられて、アソコのサイズと形に自信がない僕だったから、落ち着かなくなってきた。
「ちょっとユノ!
やだ...恥ずかしいから見ないで」
「悪い!」
ユノの眼は下心ゼロだった。
「飲み込むって...凄いなぁ。
海に投げるとか、貴金属買い取りに出すとか、他にも方法はあるだろう?
飲み込むって...喉に詰まりそうだなぁ」
ユノは金属片が柔らかい食道に引っかかりながら、すべり落ちていく想像をしているらしい。
眉間と鼻にしわをよせ、唇を斜めに歪めているのに、ユノはやっぱり美形だった。
「当時は滅茶苦茶だったんだ」
「思ったんだけど、チャンミンの『小箱』って、もしかしたら指輪かもしれないぞ?」
「!?」
『小箱』イコール『婚約指輪』
そんな発想はなかった。
「下剤なんなり使って強制的に出すんだよ。
今まで試したことなかったのか?」
「ない」
僕は首を左右に振った。
指輪は排出されることなく、今も僕の身体の中にある。
3年の時を経て、あの指輪は僕の肉体と同化してしまっていそうだ。
明らかな異物であるのに、これまで違和感なく僕と共存してきた。
排出してしまうことが怖くて放置しているうちに、指輪の存在を忘れてしまっていた。
僕を置いて出て行った婚約者の話は、3年前にあの面談室で語った以来、ユノが初めてだった。
「腹から出した方がいい、絶対に。
チャンミンを苦しめ続けてきた婚約者を身体から出す体感だよ。
イメージの問題だよ」
「そっか...!」
「下剤で無理なら...最悪、手術...とか?」
「手術!?」
ぞっとした僕に、ユノはカカカっと笑って、僕の背中をバシッと叩いた。
「きっとそうだ、その通りだ。
チャンミン、腹ン中の指輪をなんとかして外に出せよ。
楽になれるぞ」
僕の心配をしてくれる優しいユノ。
僕の心配をすることで、ユノはユノ自身から気を反らしている。
ユノの背中を洗う作業に戻った僕は、そのタオルを腰まで移動させた。
さらにその手を、手が滑ってしまった風にお尻まで落とした。
「おい!
どこ触ってんだ!?」
「あは...ごめん」
ユノにタオルを奪われてしまった僕は、身体を濯いでお湯に浸かった。
ステンレス製の浴槽は、塩素の香りがするお湯で満たされている。
僕は浴槽の縁に後頭部をもたせかけて、目をつむった。
ユノの裸を見ていると、ドキドキしてしまうから。
このお湯の中なら、ユノと抱き合えるかもしれない。
ああ、僕ときたら、ユノと抱き合うことばかり考えている。
「ユノは?
結婚指輪...どうした?
捨てちゃった?」
「......」
ユノは向こうを向いたまま、これ以上こすったら皮が擦り剝けてしまうのでは?と、心配になる勢いで、二の腕を洗っていた。
「答えたくないんだな」と判断し、「今日は何をしようか?」と話題を変えた。
「...あるよ」
「え?」
「ある」
「?」
「指輪だよ。
俺の部屋にある。
ここに持ってきてる」
一切合切捨てたと話していたのに。
「指輪...霊安室で...指から抜き取って...ポケットに突っ込んで...帰った。
俺の部屋に、1組の指輪がある」
「...見せて?」
「はぁ?」
「ユノの結婚指輪、僕に見せてよ」
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]