(30)虹色★病棟

 

 

婚約指輪と結婚指輪。

 

なんと意味深なアイテム。

 

心の支えにも心の重しにもなってしまう、極めてデリケートなアイテムだ。

 

僕とユノ。

 

二人の男たちは喪失の痛みと別れを告げる場に、その痛みを象徴する物を持ち込んでいたのだ。

 

LOSTへ禁止されているわけではないから、持ち込みは自由だ。

 

婚約指輪イコール心の小箱...ユノの推理はなるほど、と思った。

 

そうかもしれない、と。

 

心の小箱は3年経った今も不意に暴れては、宿主を不快感に陥れるのだ。

 

つい先日の僕はユノから離れたくないがあまり、小箱が暴れ出したことにして(つまり、仮病だ)、都合よくそれを扱えるにまで回復した。

 

もっとも、小箱の鍵はユノが飲み込んでしまったから、彼から鍵を返してもらう必要があるのだけど。

 

小箱の正体が婚約指輪であるとしたら、それを物理的に手放す際には、その場にユノもいてもらわないといけないなぁ、と思った。

 

 

ユノと出会うまでの僕が、小箱について抱いていたイメージはこうだ。

 

LOSTに来てから1、2年あまりは、失恋から立ち直るためには、小箱を消してしまわなければならないと思い込んでいた。

 

例えば、炎で燃やしてしまう、地中深く埋めてしまう。

 

そのうち、心の傷とは完全に消してしまうことは不可能だと悟った。

 

それならば、何重もの箱に入れた上で、頑強な鍵をかけてしまうのはどうだろう?

 

小箱に棲まわせたまま、これからの人生を歩んでいくしかないが、時の経過と共にいつか鍵をかける必要がなくなるだろう。

 

小箱の中身がカラになった時とは、僕の寿命が尽きた時だ...とまで考えていた。

 

 

 

今日は薄い水色地に白い水玉模様のワンピースを着ていた。

 

 

元婚約者が着たこのワンピースを何度脱がしたっけ?と、思い出しかけて、勢いよく首を振った。

 

僕を残して出て行った彼のことは忘れよう。

 

ユノだ、ユノのことだけを考えよう。

 

結婚指輪を見せてくれるとは余程のことだ。

 

気合を入れて、薄いピンク色の女性ものの下着を身につけた。

 

ブラジャーはやり過ぎだと判断して、今回は止めておいた。

 

 

結婚指輪が僕の手の平に乗せられるまで、いくつもの工程が必要だった。

 

ユノはクローゼットの中からスーツケースを引きずり出した。

 

留め具を外して蓋を開けると、バスタオルに包まれた段ボール箱が収まっていた。

 

段ボール箱を開けるとひと回り小さい段ボール箱があり、それを開けるとタオルにくるまれたポーチがあり、その中にお菓子の空き缶があった。

 

マトリョーシカのようだった。

 

空き缶を開けると、ビニール製のジッパー袋に入れられたガラス瓶があり、その中に指輪が2つカラカラと金属製の音を立てた。

 

簡単には目に付かないようにするためなんだろうか。

 

ユノは無造作にガラス瓶を傾けて、その中身を僕の手の平にころん、と落とした。

 

「これだ」

 

つるん、と何の装飾もないシンプルな指輪だった。

 

「プラチナ?」

 

「ああ」

 

結婚指輪なんて珍しくもないアイテムだけど、僕は子細に観察を続けた。

 

マスクをしているから、吐息でそれらを汚す心配はない。

 

これはユノの心だ。

 

指輪をユノに返すと、やはり無造作にそれらをガラス瓶に戻した。

 

「ユノにとって、指輪ってどういう存在?」

 

さっきと逆の工程で容れ物が大きくなってゆき、最後にスーツケースに収まった。

 

「形見...かなぁ。

月並みな答えで悪いけど」

 

「悪くはないけど...」

 

ユノに座るよう目頭で促され、立ちっぱなしだったことに気づいた。

 

ワンピースにシワがつかないよう、そうっと腰を下ろした。

 

「どうして僕に見せてくれるの?」

 

「え?

それっぽいこと前にも言ったと思うんだけど?」

 

「それって...?」

 

「チャンミンだからだよ。

チャンミンなら見せてもいいなぁ、って思ったんだ」

 

「うん、確かにそれっぽいこと言ってたよね。

僕の記憶が確かなら、『気になる人が出来た』って。

僕の己惚れじゃなければ、それって...僕、のこと?」

 

ずばり尋ねてみた。

 

スーツケースを元に戻そうと、クローゼットの扉を開けかけた手を止め、ユノはゆっくりと振り向いた。

 

「ああ」

 

ユノの口元はマスクで隠れている。

 

真っ黒な瞳に僕は射られそうだった。

 

僕のラテックス製の手袋の中は、汗で蒸れていた。

 

「息も絶え絶えLOSTに逃げ込んで1か月も経たないうちにだぞ。

俺はチャンミン...お前のことが気になる」

 

「...っ...」

 

「俺の愛なんて、どうやら軽々しいものだったらしい」

 

「そんな...違うよ」

 

僕の否定に、「いや、その通りなんだ」とユノは悲し気に眉をひそめた。

 

「こんな自分が、俺は大嫌いだ。

でも、チャンミンは好きだ」

 

「ユノ...」

 

「俺はそうそう簡単に人を好きにならない。

俺の習性を見れば分かるだろ?

引いてもいいぞ?」

 

 

(つづく)