(31)虹色★病棟

 

 

「どうして?」

 

ユノの告白に、僕の声は喉に張り付いたままだった。

 

僕はユノが好き、ユノも僕が好き。

 

自分の思惑通りになったのに、僕はとても困惑していた。

 

そんなだから、「どうして?」なんてマヌケな問いをユノに投げかけてしまうのだ。

 

「『どうして』って...?

理由が必要なのか?」

 

「...そうじゃなくて」

 

僕はうつむいて、気持を落ち着かせようと、ワンピースの生地を握ったり離したりを繰り返していた。

 

ワンピースは皺くちゃになってしまった。

 

「チャンミンといると楽だし、気持ちがしゃん、とするんだ。

俺はこんな風だけど、チャンミンとなら触れ合えるんじゃないか、って。

...こんな風に」

 

そろそろと、ユノの手が僕の方へと伸びてきた。

 

ラテックスに包まれた指が、僕のマスクにそっと触れた。

 

「!」

 

息を止めてしまった後、マスクをしていることを思い出し、安心した僕はふぅっと息を吐いた。

 

ユノは...本気だ。

 

「近づきたい、触りたいと思えるのは...チャンミンが好きだからだろう?

恋愛感情のことだよ」

 

「でも...」の言葉を僕はぐっと飲みこんだ。

 

「でも」の後に続く言葉とは、「亡くした人のことは忘れてしまったの?」だったから。

 

今のユノに、絶対に言ってはいけない言葉だ。

 

ユノは僕と目を合わせたまま、マスクを外した。

 

やつれた顔をしているのに、両目だけはらんらんと光っている。

 

ユノの眼差しに射竦められそうだった。

 

ぱさついた髪と荒れた肌...瑞々しい眼とふっくら柔らかさそうな唇 。

 

この日のユノは白いシャツに濃灰のパンツを身につけていた。

 

無色彩の部屋と装いの中、そこだけ紅く色づいた唇を見ていると、すうっと吸い寄せられてしまいそうになる。

 

 

 

 

僕の唇を重ねたくなってしまう。

 

「結婚指輪だけど...」

 

『指輪』のワードに、今更だけどハッとした。

 

「厳重に収納しているのは、『思い出を大切に扱っている自分』と意識するためなんだ」

 

ユノにつられて僕も、クローゼットの方を振り向いた。

 

「本当はあんなもの...モノに過ぎないから、捨ててしまいたい。

でも、辛いからって捨ててしまったら、感情のやり場が行方不明になってしまいそうなんだ」

 

ユノの言葉の意味が分からず、首を傾げた。

 

「つまりだな。

目の前に実体がないと、何に対して悲しんでいるのか分からなくなるってことだ。

ちっぽけなモノだけど、あれは象徴なんだ。

ああ...俺は何が言いたいんだか...。

意味不明だろ?」

 

「ユノが言いたいことは、なんとなくは分かるよ」

 

ユノは僕のマスクから指を離すと、腰掛けた椅子ごと1歩、前に近づいた。

 

ガタガタっと椅子を引きずる音が、部屋に大きく響いた。

 

僕もマスクを外そうとしたら、「止せ」とユノに制された。

 

「古い恋を克服するには、新しい恋だとよく言われているだろう?

実はそうでもないらしい。

俺はちっとも回復していない。

新しい恋を得ているはずなのに、心が寒い」

 

「寒くて...当たり前だよ」

 

僕を好きだとユノが言っている。

 

「それじゃあ、チャンミンへの恋はまやかしのようなものなのか?

どう思う?」

 

僕はユノの言う通りだと思っていたけど、「...どうだろ...分からない」と曖昧に答えた。

 

「俺はホンモノなのか試してみたい。

お前相手なら抱き合えるかもしれない」

 

「!」

 

「前...俺に近づいたのは下心があったって、話してたよね?

あれは今も有効?」

 

「...うん」

 

「してもいいか?」

 

僕は頷いた。

 

僕は目を伏せて、傾けたユノの頬が近づくのを待った。

 

 

ああ、どうしよう。

 

僕は気づいてしまったのだ。

 

結婚指輪のサイズだ。

 

どちらがユノのものなのか、判別がつかなかった。

 

導かれる答えは、ユノの結婚相手は男だった、ということだ。

 

マスク越しにユノの唇を味わいながら、僕は喜んでいた。

 

前回のキスよりも温かく柔らかなキスに、腰の奥がうずいていた。

 

 

(つづく)