(40)虹色★病棟

 

素手で触れるには、そこは相当な抵抗感はあるはずだ。

 

手や背中に触れるのとはわけが違うのだ。

 

心置きなく素肌と素肌を重ね合わせることを、慌てたらいけない。

 

僕のお相手は極めて綺麗な男で、かつ普通じゃない傾向を持った男なのだ。

 

ユノの手は僕の背筋を上下に往復するだけだったから、抵抗があるんだろうなぁと推測したんだ。

 

「手袋...する?」

 

ユノから身体を離し、手袋を取りに温室を出ようとしたら...。

 

「その必要はないよ」

 

ユノは首を振っているけれど、僕を傷つけまいと無理をさせたくない。

 

「僕もするから、ね?」と言った。

 

互いに手袋をするのは、躊躇なく僕に触れて欲しいから。

 

「...イヤなのか?」

 

ユノの固い声に「違う違う!」と、きっぱり否定した。

 

「『ユノが』じゃなくて、『僕が』汚いかもしれない、っていう意味だよ」

 

「僕が」の「が」を力強く発音した。

 

ユノは周囲のばい菌を恐れる以上に、周囲を汚してしまうことに神経を払って生活している。

 

ユノと恋人同士でいるためには、僕も神経を払わないといけない。

 

気が早い僕はもう、ユノと付き合っている気分でいた。

 

「好きな気持ちを交換したばかりで、恋人同士になったとは言えない。

 

でも、今夜の僕らはこれから裸になって抱きあおうとしているのだ。

 

よりによって、LOSTで。

 

いいのかなぁ。

 

背徳感が僕らの興奮を加速させていた。

 

互いのものがユノのパジャマの、それから僕のワンピースの生地を押し上げていた。

 

さすがにコンドームは手に入らない。

 

スタッフステーションの注文用紙に『コンドーム1箱』と書くわけにはいかない。

 

なぜって、不要だからだ。

 

僕に強く勧められ、渋々ユノは手袋をはめてくれた。

 

次いで、僕にもはめてくれた。

 

僕の手は緊張と興奮の汗で湿っており、手袋をはめるのにてこずっていた。

 

伸縮性ある被膜が、指先から順に包み込んでゆく。

 

丁寧にはめてゆくさまが、まるで僕の指がアレにように感じられた。

 

薄い皮膜がぴっちり張り付いた指1本1本が色っぽかった。

 

「はあ...」

 

思わず甘い吐息を漏らす。

 

ワンピースの裾の下から、ユノの手がするりと滑り込んできた。

 

「...っ...」

 

身をすくめてしまった僕に、「大丈夫、俺に任せて」と耳元で囁かれた。

 

怖い。

 

僕が受け入れる側だなんて...初めてなんだ。

 

自分の指の経験はあるけれど、自分以外のモノが僕の中に侵入するなんて。

 

深呼吸を繰り返して、ユノの指が這ってゆく皮膚に意識を集中させた。

 

「...あぁ...」

 

全身の力が徐々に抜けてゆく。

 

興奮で体温が上がったことで、ユノの香りがふわりと鼻腔をかすめた。

 

初めて嗅いだユノの有機的な香りだった。

 

ユノに気づかれないように、すぅっと鼻で空気を吸い込んだ。

 

これからの動物的な行為を前に、石鹸と消毒薬で清められていた肌が生気を帯びはじめる。

 

つるつるした指でお尻を撫ぜあげられるたび、ぞくりぞくりと下腹が痺れた。

 

僕はユノの肩に頭をもたせかけ、3年以上ぶりの喘ぎ声の甘さが新鮮だった。

 

「しーっ」

「ごめん」

 

就寝時間後のフロアは空調の音がするのみ。

 

スタッフの見回りの時間にはまだ間があるけれど、怪しい人声はドアの隙間から容易に漏れるだろう。

 

僕はもともと、喘ぎ声が大きいのだ。

 

僕のお尻で遊んでいたユノの指が、いよいよ下着の下に忍んできた時、彼の指がぴたりと止まった。

 

女性ものの下着が気になるのだろう。

 

「......」

 

僕は息を止めて、じぃっとしていた。

 

ユノも何も言わなかった。

 

しばらくして、ユノの指が再び動き始め、僕はほぅっと息を吐いた。

 

当然だけど、ここに潤いを足すものはない。

 

ユノはワンピースの下から手を引き抜くと、その指を舐めた。

 

「...っ」

 

「チャンミンも...足して」

 

差し出された中指を咥え、たっぷり唾液をからませた。

 

ユノのものも僕のものも、混ざり合ってしまえば、ほら、汚くならない。

 

 

(つづく)