ユノの部屋をノックする直前にドアが開いた。
ドアの前に僕がいるとは予想していなかったらしく、ユノは「おっと」と驚きの声をあげた。
「お、おはよ」
自分でもはっきりと分かるほど、ドクンと心臓が収縮した。
(は、恥ずかしい)
昨夜を思い出して全身熱くなり、もじもじ俯いてふわもこファーのスリッパで床を蹴った。
「あ、ああ...」
ユノも恥ずかしいみたいだ。
照れる自分たちが可笑しくて、顔を見合わせて笑った。
気まずい空気がふっと消えて、「よかった」と思った。
透明ゴーグルの下のユノの眼は、寝不足でいつもより充血しているように見えた。
「今日もワンピースなんだ」
「うん」
「色がいいね。
似合ってる」
「そ、そう?」
薄桃色のポリエステル地に、白レースの衿が可愛らしいワンピースだ。
足元は白のレースアップシューズ。
全身を披露しようとワンピースの裾をひるがえしてターンしかけた直前、配膳ワゴンを押したスタッフと目があって、寸でのところでストップする。
ユノと肩を並べて食堂へ向かう。
二人だけの秘密が出来たおかげで、いつもの習慣も特別なものに思えてくる。
昨日の世界と今日の世界とでは、鮮やかさが違うっていうの?(大袈裟かな?)
食堂のテーブルに2メートルの距離を置いて座るのは普段通り。
こんな距離...昨夜の僕らはマイナス距離まで縮めたんだよ。
食事の様子を見張るスタッフや、もそもそとご飯を食べる入所者に向かって、「凄いでしょ?」と自慢したいくらいだ。
...もちろん、出来るはずもないけどさ。
・
「お風呂は...一緒に入る?」
おずおずと提案した。
昨晩抱き合った後、ユノも含めて僕もシャワーを浴びていない。
特にユノなんて、一刻も早く入浴したいはずだ。
1人当たりの入浴時間は20分と決められているから、二人で一緒に入浴すれば40分確保できる。
それから、期待していた。
昨夜は衣服をまとったままで、僕的には不発だったから。
・
ユノと初めて一緒に入浴をした日に、こんなことを思った。
湯船を満たす液体が消毒液だったら、僕らは全裸で抱きあえるのでは?と。
今の僕らだったら、消毒液なんて必要としないかもしれない。
深夜の給湯室で、半裸になったユノが体を拭いていた夢も思い出した。
僕は湯船の縁に組んだ腕に顎をのせ、身体を洗うユノの背中を眺める。
頭を2回、身体は3回洗うのがユノのルールで、その洗い方は「洗浄する」という言葉がぴったりだ。
昨夜のこともあり、回数が増えたら嫌だなぁと思っていたけれど、いつも通りで嬉しかった。
だって、僕と抱き合ったせいで、身が穢れてしまったと思われたことになるから。
(事実その通りだ。でも、すっきり割り切れる程の余裕は僕にはない)
僕らの気持ちが通じ合った今、心の距離と共に身体の距離も縮まるのではないだろうか。
...と期待しかけてすぐ、「焦ってはいけない」と心のブレーキをかけた。
ところが、一緒にいられる時間は限られている事実が心のブレーキを緩めさせ、アクセルペダルを踏まさせた。
湯船から出た僕は、大胆な行動に出た。
「チャンミン...!」
ユノの身体にボディソープを塗りたくった。
ユノの体毛が、浴室の照明を受けて1本1本光って見えた。
・
僕らは浮かれていた。
新しい恋に盛り上がっていた。
それぞれが抱えている喪失感を、見て見ぬふりをしていた。
僕はともかく、ユノこそ喪失のトンネルを抜け出さないといけないのに。
ここがLOSTであることも、意識の外に追いやっていた。
・
そこからの記憶はあいまいだ。
何度も指でイカされてガクガクで、ユノに腰を支えてもらわないと立っていられないほどだった。
突如、怖くなった。
「ユノ...よくないよ、こんなこと...」
僕はユノが好きだから、ユノとこういうこと出来るのは嬉しい。
いつか我に返って、本来悲しむべき時に悲しまなかったしっがえしがあるかもしれない。
それなのに。
ユノが発した温かいものを口で受けとめたとき、浮かんだ願望。
次は、僕の中にこれを注いで欲しい。
溢れるほど注いで欲しい、と。
(つづく)
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