~キスしていい?~
~チャンミン~
体格のいい僕らは4人分くらい、きれいに完食してしまった。
テーブルを挟んで対面しているのも不自然で、僕は民ちゃんの隣に壁にもたれて座った。
民ちゃんがちらちらと、隣の寝室へ視線を送っていることに気付いていたけれど、気付いていないふりをしていた。
さて...これからどうしよう。
今日あったことは、ここに向かう道中で話したし、テレビで仕入れた世界情勢や事件や事故、話題のスイーツを話題に出すべきか...。
僕らは共通の話題がないし、僕は民ちゃんのことをよく知らない。
民ちゃんは恋愛にかけてはピヨピヨのひよこだと自身を称していたけれど、僕も含めて...僕らは初心者のひよこなんだなぁ。
僕らは始まったばかり。
焦らずゆっくり、近づいていこうと思った。
ここでひとつ発見したことがある。
僕らは双子じゃない。
けれども、同じ顔をしている点が他の恋人同士とは違っていて、有利に働いていると思う。
探り合いの気遣いの負担が少ない...つまり、沈黙に気まずい思いをしないでいられるのだ。
「チャンミンさん、お風呂に入ってきていいですよ」
「風呂!?」
沈黙をやぶって飛び出た民ちゃんの言葉は、相変わらずだったけども...。
「はい、お風呂です」
「うそっ...匂う?」
「いいえ。
チャンミンさんの匂いがします。
チャンミン臭です。
さっぱりしたいでしょう?
お仕事お疲れ様です」
下げた頭を起こした民ちゃんは、ニヤついてもいないし真顔でもない。
ごく自然について出た台詞だったようだ。
「いやっ...それは...。
僕だけお風呂に入るのもおかしいでしょう?」
「ここはチャンミンさんのお部屋ですよ。
私に気兼ねせず、のんびりくつろいでください」
「くつろいでるよ」
「いーえ!
そわそわと落ち着きがないです」
緊張で固くなっていた民ちゃんが気になって、僕までも緊張していただけだ。
「民ちゃんだって似たようなものじゃない。
リラックスしていいんだよ。
民ちゃんだって...正座していないで、のんびりしたら?」
「そうですね」
民ちゃんは僕と並んで壁にもたれて、長い脚を伸ばした。
「僕だってほら、くつろいでるよ?」
民ちゃんに倣って、脚を伸ばしてみせた。
「テレビでも見てさ?」
民ちゃんにテレビのリモコンを手渡したが、「テレビは見たくありません」とぴしゃりと断られてしまう。
「私ひとり部屋に残すのが、怖いんでしょう?
チャンミンさんがお風呂に入っている間、家探しして、チャンミンさんが隠したえっちな本を見つけ出すとでも?」
「は!?」
「もう見つけちゃいましたけどね」
一瞬ドキッとしたが、大丈夫、この部屋にはない。
「民ちゃん!」
「たとえ彼氏であろうと、プライバシーは尊重します。
だから安心してください」
「民ちゃんがそんなことするなんて、思ってないから。
それに、見られて困るものは何もないし!
どうぞ、好きに見て構わないよ」
「『私も一緒に入る』と言ったら、チャンミンさんはお風呂に入ってくれますか?」
「は?」
「自分ひとりお風呂に入るのは、寂しいんでしょう?
一緒に入りましょうよ」
民ちゃんは立ち上がると、僕の手を引っ張った。
「......」
バスタオルはあるか、シャンプーは切らしていないか、僕のTシャツを貸してあげようか...僕んちに泊まっていくってことか!?
「冗談です」
民ちゃんはにっこり笑った。
「もぉ、民ちゃ~ん」
「ハハハっ。
やっとでいつものチャンミンさんに戻ってくれました。
肩に力入ってましたよ。
リラックスできました?」
「うん。
...じゃあ、お風呂は...?」
「ひとりで入って来て下さい」
「いやいや...せっかく民ちゃんが来てるのに...」
「チャンミンさんがお風呂に入っているうちに、私、帰っちゃったりして...」
「そんな!」
「嘘です」
「...民ちゃんったら...もう」
いつものやり取りだったけど、なんとなく...何かを誤魔化すために僕をからかったんじゃないかって...なんとなく、そう思った。
・
来客中に家主が入浴するなんて、不自然なことをできるはずもなく、僕らは肩を並べて壁にもたれ座っていた。
せっかくのお家デート。
甘い雰囲気になりきれず、ぴんと張り詰めた空気を払拭できないまま、帰宅してから1時間が経っていた。
床に座りっぱなしでお尻が痛い。
ソファを買うべきだな、フローリングの床の上じゃあ、くつろげなくても当然か。
引き寄せた両膝に顎を乗せた民ちゃんの目が、とろんとしている。
「眠いの?」
「はい...ふあぁぁ」
大きなあくびをした民ちゃんが可愛すぎた。
民ちゃんの肩を抱いて引き寄せた。
僕の腕にくるまれた民ちゃんの肩はかちこちで、彼女の視線は自身の膝に注がれたままだった。
「ねえ、民ちゃん。
何かあったの?」
「いいえ」
横顔を見せたまま答えた民ちゃんは分かりやすい。
「民ちゃん?」
「......」
より近く、民ちゃんへと頬を寄せた...彼女の吐息が感じられるまで。
「僕んちでご飯を食べたいって...僕に話があったんでしょう?」
「...いいえ」
昨夜の民ちゃんと昼間の電話の民ちゃん、そして今夜の民ちゃんとは違っていた。
民ちゃんはうつむいたままだ。
「悩んでることあるの?」
まるで保護者みたいな質問だな。
「いいえ」
「キスしていい?」
「いいえ。
...えっ!?
えっと...はい」
うつむいた民ちゃんの顎に手を添えて、こちらへと振り向かせた。
「えっ、えっ!?」
ぽかんと開いた民ちゃんの口を、すかさず塞ぐ。
民ちゃんの唇は柔らかくて、彼女の首筋から立ち昇る甘い香りにくらくらした。
(真ん丸びっくり眼のままでいるところも可愛い)
(つづく)
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