~ユノ~
息も絶え絶えなチャンミンを、浴室まで運んだ。
出しっぱなしのシャワーで温めておいた浴室は、湯気で真っ白に煙っていた。
チャンミンを床に下ろし、ぐったりとした彼の身体を浴槽にもたせかけた。
口は半開きで、目は閉じていた。
「チャンミン?」
頬をひたひた叩くと、小さく呻いてうっすらまぶたを開けた。
「おにぃ...さん?」
両頬はピンクに染まり、涙で濡れたまつ毛が黒々としていて艶っぽかった。
どこかの美女たちより、ずっと美人だった。
ミネラルウォーターのペットボトルを口にあてがうと、貪るようにごくりごくりと飲む。
途中で咳きこむものだから、「慌てるな」と背中を撫ぜてやらなければならなかった。
今日は少々...どころか、かなり無理をさせてしまったかもしれない。
間断なくイカせ過ぎたし、乱暴に突き過ぎたせいか、例の場所の周囲が赤く擦れていた。
下腹を撫ぜるチャンミンに「出したいか?」と尋ねると、彼は困ったように両眉を下げた。
「...はい。
そうみたいです」
かなり深いところをかき回したから、腹が痛くなっても仕方がない。
「トイレに行くか?」
「はい...すみません」
がくがくに膝を震わすチャンミンに、肩を貸して立ち上がらせた。
汗と湯気で肌が滑りそうになる。
「悪かった」と謝る代わりに、「今日のチャンミンは特によかった」と言った。
「ホントですか?」
喜び弾ける笑顔で、チャンミンは俺を振り仰いだ。
「最高によかったよ」
そう繰り返して、チャンミンのこめかみに口づけた。
「僕も...今日のお兄さんは凄かったです」
その言葉になぜか、俺は煽られた。
チャンミンの身体を労わろうとしたばかりなのに、意地悪をしたくなったのだ。
チャンミンの身体をすくいあげ、バスタブの中に下ろした。
「お兄さん!?」
バスタブから出ようするチャンミンを許さなかった。
「僕、お腹が痛いんです。
...行きたいんです」
そういうチャンミンを羽交い絞めに抱きしめた。
「や、やだ。
もう出ちゃいます。
やだ...やだ」
チャンミンは下腹を押さえて、深く屈んでしまった。
膝頭をこすりつけ、苦しさでゆがんだ顔で、潤んだ懇願の眼で俺を見上げている。
「お願い...お願いです」
その切なげな表情に、愛おしい気持ちで溢れそうになる
「じゃあ、お兄さんは、出てって。
ここから出てって...!」
俺の前で淫乱になるチャンミンなのに、後ろの始末を俺にさせることを好まなかった。
「今さら恥ずかしがる必要はないだろう?」
チャンミンを辱めて楽しみたいのではなく、純粋に綺麗にしてやりたいといった、愛情からきている。
でも、チャンミンは首を横に振るのだ。
果てた後のチャンミンは、放心してその場にぐったりしている。
いつもの俺たちはこうだ。
俺ひとりシャワーを浴びに行って、そのままチャンミンを寝かしておく。
べたつきを洗い流してさっぱりした後、チャンミンのところに戻って、眠る彼を横抱きする。
チャンミンは寝言とうわ言の間の甘えた声で、「お兄さん」とつぶやき、俺の胴にしがみつく。
むにゃむにゃとうごめく口元は、まるで小さな子供のようなのだ。
俺の身近に小さな子供がいたためしはないから、この連想はTV画面越しの情報だろう。
そのままうとうとしてしまい、ふっと目覚めた時には腕の中のぬくもりが消えている。
眠気に勝てず再びうとうととしていると、腕の中にぬくもりが戻ってきた。
水気の残る肌とシャンプーの香りから、シャワーを浴びてきたのだと分かる。
いつも、このような流れ。
一緒に入浴することもあったが、その時は俺に背を向けず、片手で手早く処理を済ませていた。
・
「俺の目なんて気にしなくていいから、ここですっきりしろ」
「......」
チャンミンは迷っているようだ。
阻む俺を突破したくても、この時のチャンミンはもう、一歩足を動かすだけであそこが緩んでしまう。
引き結んだ唇は口角が下がり、目は真っ赤に充血している。
「恥ずかしくないさ。
俺はチャンミンの全部が見たい。
綺麗にするところを俺に見せてよ」
「...でも...でも...!」
青ざめてきた顔色に、我慢もそろそろ限界のようだ。
「俺だって経験がある。
準備もそうだけど、片付けの様子は見られたくないよね。
虚しく寂しい行為だったね。
俺には分かってるよ、チャンミン」
「...えっ!?
経験...?」
「そうだ、俺は両方いける『犬』だった。
珍しいタイプだ」
「...そう...だったんですか」
・
客を迎えるための用意よりも、客を帰した後の始末の方が、何とも言えない哀しい気持ちになった。
あの店は当時、シャワールームが1つしかなかったため、他の犬たちと一緒に身を清めることも多かった。
『犬』同士、目を合わさず、欲の吐き出し口となった箇所を濯いだものだ。
ある日のこと、数人の『犬』たちとシャワーを浴びていた時、バラバラと固い何かが散らばる音がした。
音の正体を知り、俺は猛烈な悲しみに襲われた。
タイル床に散らばる光るもの...それはビー玉で、次々とその数を増やしていった。
その『犬』は泣いていた。
他にもこんなことがあった。
排水口へと渦を巻く赤く染まったお湯にギョッとしていると、俺の隣で『犬』の一人が崩れ落ちた。
プレイの加減を知らない客のせいだった。
居合わせた『犬』たちで彼を寝床まで運び、青ざめてゆく様子に店主を呼び、存在自体が秘密の店だったため、救急車も呼べなかった。
あの後、俺は買い取られて店を出てしまったから、倒れた『犬』のその後は知らない。
彼の客は出入り禁止になっていればいいのだが...。
・
「よくわかるよ。
見られたくないと思うチャンミンの気持ちはよく分かる。
俺は全部を知っているから。
俺は最初から最後まで...全部、チャンミンを愛したい」
「恥ずかしいのもありますけど。
お兄さんのものの場合は違うんです。
客たちのとは全然、違うんです。
洗ったらお尻が空っぽになって寂しくなるんです。
どうして僕の身体は、お兄さんのものを吸い込んでくれないんだろう、って」
「それは異物だから仕方がないさ。
俺たちには役に立たない...どころか、そこにあるべきものじゃないからね」
「でも...」
「難しいことは考えなくていいさ。
ほら、こっちに尻を向けて。
俺は何でも知ってるんだ。
だから、俺に全部を見せて」
チャンミンはそろりとこちらに背を向けると、身をかがめた。
赤く腫れたそこに指で触れると、ぴくっと震えた。
指で押し広げた中を、シャワーのぬるま湯で丁寧に、心をこめて濯いでいった。
「生きる術の不足した者たちを、自由にした。
俺がしたことは、ありがた迷惑だったかもしれない。
でもね、あそこはいけない。
あんなところにいたら、いけないよ」
つぶやきながら、かつてを思い出しながら涙をこぼしていた。
(つづく)
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