~ユノ~
気づいてるかな?
チョーカーを付けない日が増えていることを?
すうすうして落ち着かない、と言っていたお前が。
色素沈着した肌を隠す用途もあった。
突如自由の身になって、身ぐるみはがされて放り出されて、途方にくれたチャンミン。
「僕はこれからどうしたらいいの?」
チョーカーという首輪でもって、不安でたまらない心を繋ぎ止めて欲しい。
こちらの理由の方が大きかったんだろうと思う。
『犬』時代は、自分の肉体でありながら、自分のモノではなかった。
数時間だけ、お前の肉体は買い主のモノになるが、それも数時間かひと晩のこと。
残りは店の所有物、誰のものにもなれずに待機する肉体。
いざ、身も心もすべて自分の元に返却されても、困ってしまうのだ。
俺を追いかけてきてくれて、俺の方が救われた。
『犬』でしかいられないお前を、自由という名の試練に放り出すような真似を俺はした。
現実社会でひとり生き延びることの難しさを、知り過ぎている俺だったのに。
首輪を外され放たれるチャンミンを、店先で待つべきだったのに、らしくない行為...いわゆる『いいコト』をした自分に動揺していて、出来なかった。
「お兄さん!」
俺を追うチャンミンの必死な表情に、肉欲と征服欲ではない動機で求められたかったのだと、知ったのだった。
・
イヌみたいに俺の脇に鼻をうずめ、寝息をたてているチャンミンの頬を指の背で撫ぜた。
俺が放心している間に、チャンミンは寝入ってしまったようだ。
俺たちの行為は回を重ねるごとに、より濃厚にエスカレートしていっている。
今夜のものも、受け手のチャンミンの負担は相当だっただろう。
体液まみれの身体を洗い流したかったが、俺に頭を預けているチャンミンを起こしたくなかった。
その無防備さに胸をつかれ、まぶたの裏が熱くなったことに慌てた。
俺たちの下でくしゃくしゃになったシーツを引っ張り出したとき、
「...お兄さん」
眠っていると思っていたチャンミンが、俺を呼んだのだ。
俺を見上げていた。
覗く者などいないからカーテンもブラインドも必要ないが、寝室だけは分厚い遮光カーテンを取り付けている。
そのカーテンも開け放ったままだった。
高層の俺たちの住まいから、眼下のイルミネーションは遠い。
せいぜい、赤く点滅する航空障害灯だけだ。
それでも、チャンミンの顔も形も、俺にははっきりと見える。
丸っこい眼で...俺の何もかもを信じ切った犬みたいな眼で、俺を見上げていた。
「寝たふりしてた?」
「...はい。
寝てしまうのが勿体なくて。
...だって、お兄さんと仲良くしたのに...いろんなお話したいです」
降り注ぐ陽光で真っ白になった寝室で、真っ白なシーツの上で抱きあった。
色味は俺たちの肌と髪だけで、そこは無音の世界。
どれほどみだらな行為であっても、その性交は神聖なものに思われる...大袈裟な表現だけど。
「...どんな話をしようか?」
チャンミンを負の過去を刻みつけた『あの店』へ連れていってから2か月程が経過していた。
季節は初冬へと移り変わっていた。
その間、『あの店』についての話題が出ることは一度もなかった。
多くを占めていたのは、後ろめたさ、罪の意識だった。
「お前にきちんと説明していなかったね。
なぜ、あの店に行ったのか。
忌み嫌っていたあの店なのに、軽蔑していたあの店なのに。
そのワケを俺は曖昧にぼかしていた。
知りたいだろ?
『どうして?』って思っていただろ?」
「...ちょっとは。
怒らないでくださいね。
お兄さんはもしかして、お客さんになってみたかったのかな?って。
どんな気持ちになるんだろう?って。
知りたかったのかな?って。
...僕はそう思っていました」
チャンミンはガラスケースに閉じ込められ、世間も正常な人間関係も知らずに生きてきた。
にもかかわらず、いつの間にか他人の気持ちを探る術を得ていたとは。
俺と共に暮らしたからって、思っていいよな?
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]