~チャンミン~
ユノは大切な人だ。
ユノとは守るべき人で、その為に10年前ユノの元へと送られた。
僕はユノの成長をつかず離れず見守るために存在するアンドロイドだ。
初めてまぶたを開けた時、僕はユノの部屋にいて、それ以前の記憶は真っ白だった。
でも、僕を覗き込む、好奇心でキラキラさせた目の持ち主がユノであることを...彼に仕えることが僕の任務であることだけは、意識の奥底に植え付けられていた。
ユノは名無しだった僕に『チャンミン』という名前を授けてくれた。
僕は愛情希薄な家庭で育っているらしいユノの、絶対的な味方となった。
上下関係など最初からなかったかのように、ユノは僕と対等に接したがり、何度も何度も「俺はチャンミンのご主人ではない」と繰り返してきた。
そんなユノの好意に甘えた僕は、こうしてユノの腕に抱かれている。
ユノのもので突かれたことで、お尻の奥に鈍痛がある。
入口は熱をもってヒリヒリしている。
この痛みはユノに可愛がられた証、僕らがひとつになった証。
もっと痛くても構わなかった。
・
僕は月に一度、屋敷の裏山を下りたところにある工場併設の施設へ通っていた。
僕はそこで造られた。
ユノを一人ぼっちにしたくないため気づかれないよう、彼が習い事(例えばピアノやダンス)を受けている間に、僕は屋敷を離れた。
洋服を全て脱ぎ、脇の開いたガウンだけを身に付けて検査室へと進む。
僕を点検する検査員もアンドロイドだ。
人間じゃなくても出来る仕事...数値を計測し、マニュアル通りに検査をし、その後不備があってもなくても調整を行う部屋へ僕を連れていく。
僕はベッドに寝かされ、頭と胸、手足に機器を取り付けられ、目を閉じるとあっという間に眠りについてしまう。
その間、僕の何かが調整されているらしいけれど、その詳細は僕らアンドロイドには知らされていない。
分かっているのは、僕の身体も精神も、生身の人間とほとんど変わりがないタイプのアンドロイドであること。
人間と違うのは、年をとらないこと。
これについては、考えだすと哀しくなってしまうから、今は棚上げしている。
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僕はユノだけをずっと見続けている。
ユノの背が伸び、細いばかりだった身体の厚みが増し、声変わりをし、週に一度寄宿舎に迎えにいくと、5日前より大人っぽい顔つきになった彼にドギマギした。
それから...もともと優しい子だったのが、より深みのある優しさを兼ね備えた人物に育っていった。
運ぶ荷物の重さに四苦八苦している僕、絨毯の端に足をひっかけて転びそうになる僕...さっと伸びるユノの腕。
その腕は長く、逞しい。
僕の中に『見守る』とは違う感情が宿り、膨張していった。
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検査調整の度に、ヒアリングがある。
人間に従う前提で作られているアンドロイドは嘘をつくこと自体あり得ないから、嘘発見器にかける必要がない。
『あなたにとってユノさんとはどんな存在ですか?』
僕は毎回、こう答える。
「僕の使用者です」
不具合が生じたからと、ユノと引き離されてしまうのが怖かった。
どうやら僕は、嘘がつけるアンドロイドのようだった。
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『あなたにとってユノさんとはどんな存在ですか?』
「恋人です」
『あなたはどうあるべきですか?』
「恋愛において、ユノと僕は対等です」
と、答えるのが本心だからだ。
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今日、ユノと僕は街に下りて、『デート』をした。
用事があって街に下りることはあっても、遊び目的は初めての経験だった。
ユノのお世話はしたいし、はしゃいでしまうしと、両方の気持ちがおしくらまんじゅうをして僕の心は破裂しそうだ。
ユノの部屋でバスタオルを詰めながら、ユノと『そういうこと』をするだろうなと予感はしていた。
ユノへ与える側から与えられる側に、ユノを守る側から守られたい側へと、僕はどんどん子供っぽく甘ったれになっていた。
ユノの乳母兼家庭教師を卒業した僕は、見守りアンドロイドに役目を移し、今じゃ愛玩アンドロイドになってしまっている。
僕らの間にあった上下関係の壁が壊れかけていた。
屋敷の窓に映る僕らは友人同士に見えた。
手を繋いだ。
ハグをした。
人目を忍んでキスをした。
まるで恋人のようだった。
ユノと接近した時だけじゃなく、彼を想う時、ぎゅうっと身体の中心に熱と力が集中する感じ。
この感覚を人間も同じように感じているのなら、僕は嬉しい。
人間と同じような行為ができるということじゃないか。
僕の身体に不具合が生じたのではないかと、最初は怖かった。
でも、ユノのことを想っていない時はなんともないし、検査の時に何も指摘されないから異常ではないらしい。
ユノと僕の心は繋がっている。
思いやりで溢れていると信じている。
次は、身体と身体で繋がりたい。
ハグやキスでは足りない。
身体の中心の火照りはおさまってくれない。
ユノに内緒にし続けるのも、そろそろ限界だ。
僕はどうすればいい?
「性奴として造られるアンドロイドも多いことだし...」と、ユノと抱き合いたい欲求を肯定していまう自分が嫌になってしまうけど。
「そういうことか...」
僕にも『行為』について、多少の知識があったのだ。
(つづく)