(4)僕らが一緒にいる理由

 

「くしゅん!」

夫は大きなくしゃみを1つすると、再び歩き出した。

「なんだ、くしゃみか...」と、僕は胸を撫でおろした。

柔らかで温かい僕のマフラー(マーキングのつもりで貸した)があるから、夫が風邪はひかないだろうけど。

 

(その完璧は後ろ姿は僕だけのものだったはずなのに、今は浮気相手と共有しているのか...)

 

(やだなぁ、どうして自分を落ち込ませるような自虐的なことを思ってしまうんだろう?)

 

(きっと、最悪のパターンを想定しておけば、いざ現実のものとなったときのショックを和らげられる、と逃げているんだろうな)

 

(僕に内緒で野良猫の世話をしているとか?

猫より犬派の僕を気にして、「飼いたい」と言い出しにくく、こっそり餌をやっているとしたら?)

 

(もし野良猫を引き取りたいと言われたら、確かに僕は渋るだろう。

でも、飼うのは難しいとしても僕らのことだから、引き取り先を真剣に探すだろうに。

内緒にする必要はないじゃないか。

野良猫ではない)

 

(男かな?

それとも女?

どちらであっても、嫌だなぁ。

どこで知り合ったんだろう?

えっ!?

 

まさか同じ町内会の人とか!?)

 

町内会メンバーを思い浮かべながら、そのほとんどが既婚者であることから、W不倫を疑う必要がありそうだった。

 

(早合点するなよ。

そもそも、夫が浮気するハズがないじゃないか!

浮気を疑ってしまう僕にこそ、心にゆらぎがある証拠だ。

疑心暗鬼な僕に問題が大ありだ!)

 

(それならば、どうして夫は中途半端な時間に、中途半端な外出をするんだ?

嘘が下手なのは、罪悪感を生じさせるような行為=浮気などしていないから巧妙な嘘を用意する必要がないんだ。

...ではなくて、平和ボケした僕ならば気付かないだろうと、甘く見ているだけなんだよ)

 

頭の中は、言い争いをしている天使と悪魔で興奮状態にもかかわらず、夫を見失わないよう 適切な距離を保てる冷静さが僕には備わっていたようだ。

 

「!」

 

悶々と考え事にふけっていたせいで、夫の姿が消えたことに気付けなかった。

「そういうことか」

夫は道沿いのコンビニエンスストアへ入店していったらしい。

まさか、店内まで追いかけるわけにもいかず、店先で待っていたいところだけど、通りは店頭と店内の照明で昼間のように明るいため、やっぱり見つかってしまう。

「どうしよう...」

コンビニエンスストアに近づくこともできず、ぐずぐずとしていたところ、自動ドアが開いた。

「!」

僕は慌ててしゃがみこみ、スニーカーの靴ひもを締め直すふりをした。

(つま先が茶色く汚れていた。先週末、夫と近所を散歩したんだっけ。その時、テイクアウトしたココアをこぼしたんだっけ)

スニーカーから前方へ視線を戻した時、夫が店から出てきた。

夫は飲み物の紙カップを手にし、パンパンに膨らんだ買い物袋を腕にぶら下げていた。

紙カップの中身がコーヒーなのかカフェラテなのかは興味がない。

甘党の夫のことだから、たっぷり砂糖を入れているだろうこともどうでもいい。

大問題なのは、紙カップを両手にひとつずつ持っていたことなんだ!

 

買い物袋の中身は推測するしかないけれど、量感から判断するとお弁当とペットボトル飲料(野良猫説はこれで消えた。野良猫にあげるのなら、ホットコーヒーや弁当ではなくキャットフードだから)

夫はつい15分前に夕飯を終えたばかりだ。

 

...じゃあ?

 

苦しい。

 

苦しい、胸が苦しい。

 

このまま廻れ右して自宅に急行し、布団にもぐり込んで泣きたくなった。

けれども、2つ目のカップは誰の為のものなのか見届けたい。

泣くのなら、夫の目的地まで追い、黙ってその場から立ち去るのではなく、2人が一緒にいるところを押さえ、さらに夫の頬をビンタして、泣きわめいてからでも遅くはない。

「よし!」

僕は自身を励まそうと大きく頷き、夫の尾行を再開した。

 

 

コンビニエンスストアを通り過ぎたあたりから登坂になる。

幾度か通った道のりらしく、夫の足取りに迷いはない。

彼の影となってひたひたと追っかける僕の存在に全く気付く様子がないあたり、罪悪感の欠片も感じられない。

1歩1歩、僕の心は暗く冷たい沼に沈んでいった。

「はあはあ...」

万年運動不足の僕の呼吸はすぐに荒くなってきて、でも夫に聞かれるわけにはいかないから、出来る限り息を殺さないといけなかった。

 

 

どれくらい歩いただろうか。

家を出てから20分くらい?

電信柱の住所表記板は、ここが隣町であることを示していた。

坂道の勾配がぐんと急になった。

さすが、夫の歩くスピードは変わらない。

ピカピカの革靴は、ドーナツ型の凹みが規則正しく付いた地面をリズム乱さず踏んでいる。

見失わないよう、追いかける僕は必死だ。

「!」

目的地は飲み物が冷めない距離のはず...と予想した通りだった。

夫の姿はある建物の中に吸い込まれていった。

そこは、窓の数をカウントすると各階5部屋ほどの2階建てのアパートメントだった。

 

(つづく)

 

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